僕は悪役令嬢《推し》の死亡フラグをへし折りたい!

乾羊

プロローグ

0. 雨の日のホームにて

 人生が終わるときというのは、思ったほど劇的ではない。


 その日は雨だった。友人から三限目が休講になったというメールを受け取ったのは、ちょうど正午。最寄り駅のホームで、バイトまではまだ時間があって、どうしたものかと思案した。


 いつもより人の多い駅で、なんとはなしに辺りを見回すと、ふと一人の女子高生に目がとまった。彼女が何かに気を取られたかのように足を止めたから、一瞬知り合いなのかと思ったけど、見覚えはなかった。


 彼女の手にしていた青色の傘の先っぽが、ホームのタイルにかつん、と引っかかり、小さなしずくがはじけ飛んだのが、何故か鮮明に焼き付いている。


 だらりと垂れた少女の手にはスマホ。手首にかけていた傘が外れて、ホームの外に倒れていく。少女が慌てて傘を見た。その時、彼女とすれ違う誰かの身体がぶつかって、少女も一緒に駅のホームに押し出されるのを、僕は見た。


 その日は雨だった。きっと、いつもより足元が滑りやすかった。

 線路側に投げ出された少女の姿は、まるで映像をコマ送りしているかのようにゆっくりで、驚愕に見開かれた少女の目をはっきりととらえた。


 こちらに手を伸ばしてくる少女を助けようと、僕は身を乗り出した。たぶん、晴れていたら問題なかった。女子高生を助けた、と夕方のニュースに流れるくらいのちょっとしたヒーローになれたかも。残念ながら、僕にはそこまでの運がなかった。


 足が滑って少女と一緒にホーム下に転落――くらいで済めばよかったのに、電車が来てしまった。鳴り響く警笛の音。甲高い悲鳴。


 死に際には、走馬灯のように過去の人生を振り返るって聞いてたけど、残念ながらそれはなかった。代わりに一切の感覚が全部、切れたように真っ暗になる。停電みたいだ。


 ああ、痛くなくてよかった……とかそんな緊張感のないことを考えていた。

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