3分で読める話

彩峰コウジ

フィルターバブル

 泡は儚い。

 たとえばシャボン玉は、少しの衝撃ですぐに割れてしまう。

 たとえば政治の世界では、数議席をかろうじて維持する程度の国政政党のことを「泡沫政党」と謂う。

 そのように、場に存在しながら、刹那、消えうる。

 だから、泡は儚い。そう、銭湯から吹き出す泡の温泉に浸かりながら思っていた。


 湯から出ると、ビール缶を開けた。プシュ、と乾いた音が響き、暗黒から泡が溢れ出す。

 ビールを呑みながら、青い鳥のさえずりを聴く。ある鳥は世を憂いぬ、またある鳥は日常の一コマを切り取りぬ。今日も、『多様性に富む言論空間』がそこに広がっていた。

 ふと、物理学者らしき鳥の声が聴こえた。「マルチバース」などと言っている。はて、伊達さんと後藤ちゃんがどうしたのかと思ったら、どうやら違ったらしい。


 ――マルチバースとは、宇宙が複数あるという物理学の学説である。

 我々の星、地球は太陽との絶妙な距離によって、生命体が生まれる条件を満たしている。また、素粒子の質量も、あまりに生命体――人類にとって都合の良い値でありすぎる。

 このように、都合の良いことばかりの我々の宇宙。それを説明するには、宇宙が無数にあり、その中に偶然我々にとって都合の良い宇宙があったとするしかない。

 泡――バブルに包まれている宇宙が無数に並び立っている、そして、泡が消えずに膨張し続ける。それが「マルチバース」なのだそうだ。


 泡が膨張し続けるというのは、直感に反する。だが、あながち間違いではない。

 我々の見ている世界は、日々膨張し続ける。知識を蓄積することで、飛び込める世界が増えるからだ。

 俺も中年に似合わず、小さいおともだち向けの魔法少女モノなんかを見ている。

 少年老い易く、学成り難し。もう少年はとっくに過ぎたが、まだまだ研鑽の日々を送りたい。


 ――だが、一つの疑問が生まれた。

 俺たちの見られる世界は本当に増えているのか?とんでもない、むしろ人々は世界の開拓を放棄する傾向にあるとさえ思う。

 今では、検索一つとっても、自分に興味のある情報しか出てこない。青い鳥も、自分の好むこと、興味のあることしか推してこない。

 皆は自分の正義に閉じ籠り、相手の正義に耳を傾けようともしない。かくある社会は、本当に多様性に富んでいると形容して良いのだろうか?

 そう思って、検索サイトで「多様性とは」とクエリを飛ばしてみた。


 ――多様性とは、男女が『平等』で、マジョリティとマイノリティが『平等』で、自国民と外国人が『平等』で、富裕層と貧困層が『平等』な社会のことです。


 俺は安心して、青い鳥の世を憂うさえずりにハートマークを押下した。

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3分で読める話 彩峰コウジ @ak_ayamine

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