しゅらららば08/あるモノとないモノ



 Tシャツなんて、古くなって着なくなった物を含めて十あるかどうかだ。

 当然、全て覚えており、無い物があったのなら気づく筈だが。


「どれだ? さっき見たけど変化ナシだったが??」


「ホント? じゃあアタシが知らないうちに捨てたか選択中なだけか、去年の冬頃買ってた変なゆるキャラがプリントされてるヤツ着たかったんだけど……」


「…………去年の冬? うん? 俺、そんなもの買ってたか?」


「え、覚えてないの? カケルちゃんが選んだにしてはファンシーというかかわいい系というか、――――待って、覚えてないって言った?」


「…………まさか俺、事故前後の記憶だけじゃなく……もっと前の記憶も忘れてる??」


 すぅっと、己の顔から血の気が引くのをカケルは感じた。

 今までも思い出せない事が少しばかりあったが、まさか己の衣服のことすら忘れていたなんて。

 そんな彼の表情を見て、深刻な事態かもと彼女は真剣な顔になった。

「取りあえずこれ借りるね、他にもなくした物とかある?」


「それが……全く異変がないんだ、俺の目には何もなくしてないしいつも通りに、当たり前に見えたっていうか。Tシャツだってそうだ、この状態を普通だって俺には見えたんだよ」


「…………お医者さんの話だと脳に異常はないし後遺症もないって話だったよね、でもカケルちゃんは事故の前後も含めて忘れてる事がある、と」


「いつかは戻るかもって話だ、けど……最近、色々と思い出せない事が偶にあるんだ、――すまんキョミ、俺の部屋の中を探して以前と違う所を指摘してくれないか?」


「記憶を取り戻す手伝いをしろってことね、うん、カケルちゃんの為だものやってみせる!」


 そうして、今度はキョミも加わり深夜の家捜しが始まった訳であるが。

 一時間もせずに、彼女はいくつも変化を見つけて。

 頼もしい限りであるが、日常生活に関係している物が多くカケルとしては己が怖くなっていく。

 ――一先ず、彼女が見つけた変更点を纏めることに。


「マジかよ……今使ってるこの財布、お前もいつ買ったか知らないのかよ!」


「目立たないデザインしてるけど、これブランド物だよ? しかも女性が多く使ってる類いの……しかも数万するはず、カケルちゃんのお小遣いやバイト代で買え――全部合わせたら買えると思うけど、そもそもカケルちゃんの趣味じゃないし、買う筈がないんだけど」


「……新しい感じはするけど、昨日今日買ったって感じじゃないよなこの財布」


 そんな代物を、当たり前に使っていた自分が怖いとカケルは冷や汗を流した。


「服も半分ぐらいになってる、……制服の予備もなくなってるよね」


「暗証番号の分からないスマホも出てきたな、しかもお高いゲーミングスマホ」


「カケルちゃん絶対買わないわよねぇ、そもそもゲームそんなにやらないし」


「そーいや、卓ゲ部に入った理由も知らないんだよな。しかも俺さ部長だったらしいんだよ……何か知らないか?」


「ええっ! アタシも初耳だけど!?」


 幼馴染みの彼女がこれだけ知らないとなると。


(……もしや俺、キョミ達に隠し事してた? リアや菫子にも秘密の何かがあった?)


 だが何のために、理由がさっぱり見えてこない。

 手掛かりがあるとすれば、キョミが発見した異変で。


「――携帯ゲーム機もソフトごとなかったよな、何年か前に誕プレで貰ったお気に入りの万年筆も」


「カケルちゃんの記憶にあるけど、この部屋にない物。記憶にないけど、あるもの……さっき見せてくれた謎の鍵と、あとは……部長の件と卓ゲ部の入部理由も関係してる??」


「分からない、他に気づいたことはあるか? 何でも言ってくれ……ッッッ」


 彼の縋るような必死な眼差しに、京美は頷いて真剣な顔で考え込み。 事故の前後で違う点を考えようとし、ふと気づいた。

 卓上ゲーム部への入部は事故より半年以上前だった覚えがある、むしろその前後で彼の様子が変化していた記憶があって。


「…………卓ゲ部に入った少しあとぐらいかな? その少し前かもしれないけど、カケルちゃんちょっと変わったよね。それは覚えてる?」


「すまん、心当たりさっぱりない」


「それまでカケルちゃんは、可愛くて巨乳の子なら誰でもって感じで。ぐいぐい行って良くて友達にしか見れないって断られてたじゃん?」


「ふぐっ!? ま、まぁそれはよーく覚えてる、うん、それは忘れていたかったなぁ…………」


 どうして都合の悪い記憶は残ったままなのか、カケルは遠い目をして悲哀をおぼえた。

 キョミは呆れた目をしながら。


「ドンマイっ、女の子達からは巨乳好きな割におっぱいとか変な目で見ないから好感触だったんだからっ」


「でも良くて友達止まりって」


「まぁ、女の子達の間ではリラちゃんがカケルちゃんのこと好きって周知の事実だったし、在賀ちゃんも実は狙ってるんじゃないかって」


「あ、そういう?」


 安心感がありすぎる顔が異性として見れない、という悲しい理由が一番多かったのを伏せる優しさがキョミにはあった。


「――でも、多分だけど、ある時期からカケルちゃんは落ち着いた。女子に声をかけなくなって、リラちゃんと遊ぶことも少なくなって……まぁ少なくなったって言ってもリラちゃんから声かけてたから比較して少なくって感じだけど」


「ある時期……もしかして、卓ゲ部に入部した頃?」


「そう、その時からカケルちゃんは誰にも言えない秘密を持っていた……」


「その頃の詳しいことが判明すれば、忘れた記憶が取り戻せる、戻らなくとも秘密が分かるって事かッ!」


「――協力する、カケルちゃんが忘れてしまった記憶が戻るようにわたしも協力するよ! …………あ、でもリラちゃんの事は味方しないからそのつもりで」


「それはしゃーないか、ま、幼馴染みより愛する人の味方よなぁ」


 という訳で、己の気づけない事を埋めてくれる大事な幼馴染みを味方にし。

 カケルの己の過去探しが、次の段階に進んだのであった。


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