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ナイトクラブの花道を、花魁風に着飾った若い女が行く。その両隣には派手な身なりのドラアッグクイーンが控えている。若い女が小柄なのか、ドラアッグクイーンたちが長身なのか、アンバランスな三人だ。
音楽にあわせながら花魁たちは歌い踊る。どこもかしこも原色の光が溢れかえっている。
「カット!」
大音量の音楽にも負けない声が飛ぶなり、音楽が止んだ。
「オッケーイ!」
男がディレクターズチェアから立ち上がった。両手を高々とあげ、男は手を叩き始めた。周囲からも拍手が沸き起こる。と共に「お疲れさまでした」の声。
花魁風に装った若い女、ドラアッグクイーンたちはスタッフの手を借りてステージから降りた。
「お疲れさまでしたぁー」
簪を数多くさしたまるで針山のような鬘を抑えながら、女が男の脇を通り過ぎていく。
今だと古館は男に声をかけた。
「井上さん」
男が振り向いた。三十代前半くらい、ふっくらとした上半身にくらべ、下半身は細く、まるでりんご飴のような体形だ。太い黒ぶちの眼鏡をし、顎は無精ひげに覆われている。顎にくらべ、頭部の具合はさびしい。
男の名は井上ホッパー。井上ホッパーという名は本名ではない。映像ディレクターという職業が彼の肩書で、古館がいる場所は憂歌里というアーティストの新曲のプロモーションビデオの撮影現場だ。
井上ホッパーは、転落事故当時、2hillのプロモーションビデオを撮影、監督していた。すなわち、転落事故の目撃者である。
「これ、見てもらえますか」
名刺代わりに古館はスマホを差し出した。画面には動画が流れている。2hillがビルから落ちたその瞬間をとらえた映像だ。
井上は一瞥をくれただけで、すたすたと歩き始めた。古館は慌てて後を追った。
「井上さん、あんたが撮影した映像ですよね。転落事故のあった時、あんたは2hillのプロモーションビデオを撮影していた――」
「撮影していたからといって、ネットにアップしたとは限らないだろうが」
ナイトクラブのドアを開けようと井上が歩みをとめた。後を追っていた古館はつんのめって井上の分厚い背中にぶつかりそうになった。
ドアの向こう側には夕闇が迫っていた。撮影は開店前のナイトクラブを貸切って行われていた。井上に取材を申し込んだものの、なしのつぶてだったため、古館は強行手段に訴えた。井上がいるだろう場所、撮影現場に乗り込んだのだった。
「そうですが、映像データはあんたが管理していたはずだ。それが世に出回っているってことは、何らかの関わりがあると考えてもおかしくはないでしょう」
「お宅、週刊誌の記者?」
「フリーの記者です」
大股で街を行く井上に置いていかれまいとして自分も速足で歩きながら、古館は名刺を差し出した。とたんに井上が足をとめ、古館の手から名刺をひったくった。勢い、古館の半身は井上より前に出て止まった。歩くスピードといい、立ち止まるタイミングといい、井上とはあわない。
「2hillのこと、調べてんの?」
「今一番のネタですから」
「聞かれる前に言うけど、2hillなら死んだぞ」
「でもよみがえったって言ってますよ。本人だと証明されもした」
「エンターテインメントだよ。あんた、死んだ人間がよみがえっただなんて本気で信じちゃいないだろうね」
「むしろ化けの皮を引きはがそうとしている方です」
その時だった。どこからともなく現れた野良猫が古館の足にじゃれついてきた。野良猫は散々古館の足に体をすりつけた後、満足したように、尻尾を高々とあげ、意気揚々と去っていった。
「化けの皮を引きはがす、ね。それで例の映像の話を俺に聞きたいってわけだ」
「そうです。井上さんはあの転落事故の目撃者です。事故の時の話を聞かせてもらえませんか」
「いいだろう」
即答だった。取材を申し込んでも無視され続けてきたのは何だったのか、古館は拍子抜けする思いだった。
「カミさんに挨拶しがてら、話をしよう」
「『カミさん』? 奥さんにですか?」
「違う」
井上は豪快に笑った。
「『神様』って言ったんだ」
そう言って井上は顔をあげた。その目線の先に赤い鳥居がみえた。足早に歩く井上を追っていつの間にか、神社にたどり着いていた。新宿の繁華街に位置する花園神社だ。
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