2-2

「あれは偽物だ」

 古館が断言した。明神は深く肯いてみせる。

「明神さんは2hillに直接会ったんですよね」


「ええ、インタビューしましたので」


 直接会ったといってもレコーディングスタジオのガラス越しにではあったが。


「その時に何か気づきませんでしたか?」

「そうですね……」


 インタビューの時の2hillの様子を思い出す。とにかく薄気味悪いという印象だった。その時にも思ったが、濃い化粧のせいで偽物であったとしても本物との判別はつかなかった。例の特番によれば、あれが「本物」の2hillであったわけだが。


「感情の動きに乏しいなあと。でも、無表情というか、クールさが2hillの売りではありましたけども」

「整形するとね、表情がつくりにくくなるんです。明神さん、私はあの2hillは本物そっくりに整形した偽物だと考えている」

「それは私も考えました。でも……」

「例のテレビ番組、ですか」


 編集できない生放送中のテレビ番組で、声紋と指紋が転落事故前の2hillのものと一致した。すなわち、本人であると証明された。


「何かトリックがあるのだと思いますが」


 明神の考えに賛同するように古館がゆっくりと頷いた。


「整形は確実です。私は、整形をした医者を知っている」

「誰です、それは」


 思わず大きな声が出ていた。


「確証を得る前に死なれました……。私は口封じにあったと思ってますがね」

 古館が悔しそうに唇をかんだ。


「口封じとは穏やかではないですね」

「推理小説の読みすぎだと思いますか?」

 そう尋ねる古館はいたって真面目な表情だ。


「よみがえったという2hillが整形した偽物だという説をいったん脇に置いてみて、仮に、2hillが転落事故前の2hillであるとしましょう。だとすると、転落事故は本当に起きたのかどうかという疑問がもちあがる。だって、そうでしょう? 古館さんも確認した通り、このビルの屋上から落ちたら助かるはずがない。助かったというのなら、そもそも事故が起きていなかったことになる」


「これを見てもらえますか」


 古館がスマホを取り出した。指先が軽やかにスクリーンの上を滑る。差し出されたスマホの画面には動画が映し出されていた。


 画面いっぱいに映りこむ2hill。スタンドマイクに手をかけ、口が動いている。背後に従えたバンドメンバーたちはドラムを叩いたり、ギターをかき鳴らしたりしているから、2hillは歌っているのだろう。聞こえてくる歌声と楽器の音の質は荒く、遠くから聞こえてくるようだ。場所は……カメラが2hillに寄りすぎていてわからない。


 音が聞き取りにくいなと顔をしかめていると、2hillがニタリと笑った。悪だくみを思いついたといった風で、本人は愉快だろうが、見ている明神は不愉快な気分になった。


 2hillはスタンドマイクを前に蹴り倒し、カメラにむかって走り始めた。走ってくる2hillにぶつかるまいとカメラが右方向にずれる。ずれながらも、走り去っていく2hillの後ろ姿をカメラはとらえていた。


 黒いロングコートの裾を翻しながら2hillはスピードを落とさない。そのままビルの屋上の端まで駆け抜けたかと思うと、ふっと姿を消した。


 「落ちたぞ」という怒鳴り声、間髪入れずに悲鳴、叫び声があがる。ひっくり返ったカメラは地面に横たわったまま、スモッグがかった夜空を映し出している。


 映像はそこで途切れた。


 明神の心臓は激しく鳴った。飛び出しそうな心臓を抑えながら尋ねる。


「何ですか、これ」

「転落事故の様子をとらえた映像です」


 古館がこともなげに言ってのけた。


「インターネット上に出回っているんです。人がビルから落ちる瞬間をとらえているとあって、すぐに削除されるが、削除されたそばからまたアップロードされる。きりがない。ご覧になったことは?」


「いいえ、今、初めて見ました」


 心臓はいまだに落ち着かない。明神は、背後を振り返った。黒いロングコートの裾を翻して駆け抜けていく2hillの姿を追うかのようにしてフェンスへと視線を動かしていく。


「本当に事故の様子をとらえた映像ですか? 誰かのいたずらとか、加工とかいった可能性はありませんか?」


「それは調べてみないと何とも言えません。だが、この映像をみる限り、2hillはビルの屋上から転落している。この高さから落ちて生きていられるはずはない」


 古館がフェンス越しに地上へと目をやった。


「なら、今、よみがえった2hillだといっている奴は偽物だ」

「生きていられたはずはないんだ……」


 明神は何度も繰り返してきた台詞を口にした。


「ねえ、明神さん」と、古館が振りかえった。

「ここはひとつ、手を組みませんか」


「手を組むとは」

「私は自由のきく身だ。どんなところにでも入っていける。文字通りの意味です。このビルにもちょっと鍵をいじって勝手に入ってきました」

「不法侵入……」

「明神さんは新聞記者として大手を振って取材できる場がある、入手できる情報がある。私にその情報をいただけませんか。もちろん、ただでとはいわない。こちらが入手した情報をお渡しします。情報交換といきましょう」


「情報交換……何のためにです?」

「あなたは2hillの後を追って死んでいったファンの無念を晴らしたいと思っている。記事を読めばわかります。私もマスコミの端くれですからね。私は私で奴には借りがある」


 新聞記事に自分の感情を表現してはならない。分かっていながら無意識に妹、舞の無念を晴らしたいという思いが籠ってしまったのかもしれない。


 新聞記者としては公に晴らすことのできない私怨を、古館を利用して、というと語弊があるが、古館の筆をもってしてすれば晴らすことは可能だ。


「いいでしょう」

 明神の承諾を得、古館が満面の笑みを浮かべてみせた。商談成立とばかりに古館は右手を差し出した。


 悪魔との取り引きなのかもしれない。


 ふとそんな考えが頭をよぎった。


 かまうものか。


 明神は古館の手を強く握り返した。

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