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 料理がどうかしたのかと慌てて自分の皿を見るナミレチカ、だけど『あら』と呟くようなものは見つけられない。なにがあったのか訊こうと思ってジュリモネアを見ると窓の外を見ていた。


「どうかなさったのですか?」

遠慮がちに問いかけると、窓から目を離すことなく

「ほらあそこ、ネルロがいるわ。また何か花壇に植えているのかしら?」

と答えた。ナミレチカ、食事の途中だというのに立ち上がりサンルームに行った。

「ネルロって、こないだ目の前の花壇に何か植えていた? 確か魔法使いですよね。魔法使いって庭師の仕事もするんですね」


 ジュリモネアがクスリと笑う。

「庭いじりは趣味らしいわよ。生き物が好きなんですって」


「生き物って、植物だけでなく?」

「そうね、動物とか鳥とか? あ、でも、魔獣は苦手らしいわ。怖いって震えあがってたから」

ん? と首を傾げるナミレチカ、

「思い出しました。ベッチン村で薬草袋を作っていた細っこい人ですね」

と言えば、

「ベッタン村よ」

とジュリモネアがまた笑う。


「今日は何を植えているのかしらね」

「気になりますか?」

「見に行ったら迷惑かしら?」

「まだお食事が済んでいません」


「食べ終わるまで、あそこにいるかな?」

「ジュリモネアさま……まさか、キャティーレさまよりネルロさまが?」

ナミレチカは心配そうだ。 


「キャティーレさまよりネルロって?」

不思議そうにジュリモネアがナミレチカを見上げた。


「いえ、まぁ……キャティーレさまといるよりネルロさまとご一緒の方が楽しいのかなと思いまして」

本音では、ネルロが好きなのか訊きたいところだがさすがに訊けないナミレチカ、

「うーーん。どうだろう?」

考え込むジュリモネアを見てホッとする。この様子では『好き』とまではいかないようだ。


「まぁ、似たようなもんかな?」

ケロッと言うジュリモネア、

「キャティーレがダメならネルロでもいいかなとは思ってる」

ナミレチカに言わせれば恐ろしいことを簡単に言い切った。


「はっ? ネルロさまでもいいって?」

「うん。ネルロには好きだって言われたの。結婚したいって」

「えっ? あっ? はぁ?……」

言葉を失したナミレチカをジュリモネアが笑う。


「心配しなくって大丈夫よ。どうせネルロには、わたしにプロポーズするような度胸はないから」

「ジュリモネアさま、いったいネルロさまとどうなっているんですか?」

「どうもなってないって。わたしと結婚したいなら、プロポーズしてねって言っただけ。そしたら考えるからって――あぁ、そうそう。キャティーレさまと婚約してるってこともちゃんと言ったわ」


「あぁ、そうなんですね。ネルロさま、ジュリモネアさまがキャティーレさまの婚約者だって、ちゃんとご存知なんですね」

ナミレチカ、少し安心したようだ。次期領主の婚約者に横恋慕するはずがない。


「でも、ジュリモネアさま。そう言うことでしたら、あまりネルロさまと気安くなさってはいけませんよ」

「あら、どうして?」

「だって、ネルロさまはジュリモネアさまを思っていると仰ったんでしょう? 気を持たせるようなことをしてはネルロさまが気の毒だし、それにキャティーレさまが誤解なさいます」


「そっか、なるほどね……でも、キャティーレさまは本当にわたしと結婚する気があるのかしら? ねぇ、ナミレチカ。先にプロポーズしてくれた方にしちゃダメ?」

「ジュリモネアさま! ダメに決まってます。そんなふうに考えたら、キャティーレさまに失礼です。婚約者なんだって自覚をお持ちください」


「キャティーレさまにもわたしの婚約者だって自覚はなさそうだけど?」

寂しげにジュリモネアが笑んだ。そして、ナミレチカにも聞こえないような小さな声で

「一度もお手紙のお返事、いただいたことがないもの」

と呟いた――


 庭のネルロ、ダンスで踏み荒らされた花壇を修復していた。二本のオレンジの木の下に背の低い草を植え、気が向けばピクニックできるようにしたエリアだ。キャティーレと夢見るジュリモネアがダンスする前は、この辺りはラッキークローバがたくさん花をつけていた。それが踏み荒らされ、見るも無残だ。まぁ、コイツは放っておいても茎を立ち上げ、また花を咲かせる。だからこのままでいいか。


 今年はもうランプランサスはダメだ。これからじゃ蕾をつける暇がない。折れた部分を綺麗に刈り取っておこうかな……


 どうしてわざわざここでダンスなんかしたんだろう? ほかにいくらでも場所はあるじゃないか。そもそも何時間、踊ってたんだ? この広さを滅茶苦茶にするにはかなり時間がかかったはずだ。


 溜息を吐いて立ち上がったネルロがオレンジの木を見上げる。よくよく見ると小さな実がたわわに実っている。摘果するにはまだ早い――キャティーレは『花が減っている』とか『なんでせっかくの果実を取ってしまった』と怒っているらしいが、アイツは馬鹿か? 不要な花を除き果実を木の大きさに程よい数にしてやっただけだ。そうすることで大きく甘い実になると、アイツは知りもしないで文句ばかりだ。


 でも、まぁいいか。大好きなオレンジを無駄にすることなくアイツは使う。それがなきゃ、わざわざ梯子はしごを運んできて、木のてっぺんまで手入れなんかしたくない。しかし……アイツはなんでマーマレードなんかが好きなんだろう? 香りはいいけど苦みがあって、僕は嫌いだ。断然イチゴジャムがいい――ふむ、イチゴの温室を見に行こうかな。食べごろの実を集めてスレンデに持って行こう。ジュリモネアにって言ったらヘンに思われるかな?


 近づく気配にネルロが振り返る。

「ネルロ、ここで何してるの?」

立っていたのはジュリモネア、ニコニコとして……なんて可愛いんだろう――

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