36
ナミレチカの姉は別のお屋敷で、やっぱり令嬢のお世話係をしている。
「姉のところのお嬢さまがスイスイトンのコンポートがお好きで。ご相伴に預かったらしいんですけど、甘過ぎないしサクッとしてるのにトロッとしてて、とっても美味しいらしいです――今年の冬にはピーチが新発売だって聞いてて、とっても楽しみにしてました」
「そうなんだ? それじゃあ、デザートに出してって頼んでみようかな?――リザイデンツが言うには、キャティーレさまが居ればドルクルト侯爵家は安泰だって」
「コンポートの売り上げは侯爵家に?」
「ううん、作った領民ですって。リンゴを育ててコンポートにして瓶に詰めてって、全部領民の仕事。販売先への運送もね。侯爵家が上前を
「やっぱりドルクルト侯爵家はお金持ちなんですね。そんな儲かりそうな商品に税を掛けないなんて。他で収益が見込めるってことね」
「あっ……」
「あっ?」
「そうそう、リザイデンツが上前は撥ねないって言った時、キャティーレさまがリザイデンツの耳元で何かポツンと言って、リザイデンツが『まだまだ先のことですよ』って笑ってた」
「それって、将来的には上前を撥ねるってことでしょうか?」
「かもしれないわね」
「でも、どうしてキャティーレさまはジュリモネアさまに言わないで、リザイデンツに内緒話みたいに話したんでしょうね?」
「あぁ、それは、キャティーレさまがとんでもなく照れ屋だからよ」
「照れるような話でしょうか?」
「うん。コンポートを販売できるまでになった時には侯爵さまは病床、利益はすべて領民にって決めたのはキャティーレさまだって聞いて、わたし、彼を褒めたの」
「なるほど。それでキャティーレさまが照れてしまわれた? なんてお褒めになったんですか?」
「キャティーレさまったら太っ腹! って褒めたわよ」
「太っ腹? えっと、もう少しいい言葉を思いつかなかっのですか?」
「もっといい言葉? よっ! 太っ腹! って言ったほうが良かったかしら?」
「いや、そうじゃなく……ジュリモネアさまは貴婦人なのですから、なんて言いましょうか?」
もっと上品にできないのかと言いたいが、それではジュリモネアを下品だと言っていることになる。どう伝えればいいのか悩むナミレチカ、しかしジュリモネアは全く気にする様子もない。
「キャティーレさまったら真っ赤になってたわ。リザイデンツも馬鹿よね。なにもジュリモネアさまがキャティーレさまのお
「はい……」
ジュリモネアもジュリモネアだが、リザイデンツの言葉を考えると、キャティーレはきっと勘違いしている。その勘違い、ジュリモネアが気が付かなくって良かったと、胸をなでおろすナミレチカだ。
居間と控室の間のドアは開けっぱなしだ。閉めてしまえば、エングニスが控えの
「食事が運ばれてきたのかしら……ジュリモネアさまが起きたって、厨房に報せてきてって、さっきエングニスに頼んでおいたから」
逃げるようにナミレチカが席を立つ。
ナミレチカが控えの
「エングニス、こっちに運んで。三人で一緒に食べるわよ」
居間でジュリモネアが声を張り上げる。頷いたエングニスがガラガラとワゴンを居間へと押していく。
ジュリモネアは、今日もサンルームで食べるらしい。サンルームの椅子に座り、カフェテーブルに料理が並べられるのを待っている。
「ジュリモネアさま、このカフェテーブルでは三人揃っては無理そうです」
「そう? だったらナミレチカとエングニスはそっちで食べたらいいわ」
「だって、ジュリモネアさま、お一人でそちらで?」
「そうね、一人で庭を眺めながら静かに食事がしたい気分なの」
サンルームの窓ガラス越しに庭を見たままジュリモネアが言った。視線の先にあるのは花壇、昨日ネルロが植えたペンタスだった。
居た堪れないのはナミレチカだ。ジュリモネアは宣言通り、庭を見たまま黙っている。ナミレチカの前に座っているエングニス、こっちも黙ったまま食べている。もっとも、エングニスが何も言わないのはいつものことだ。仕方ないのでナミレチカも黙っているしかない。
お陰でいつもは賑やかなのに、まるで部屋には誰もいないかのような静けさだ。いいや、下手な食べ方をしたら咀嚼音が聞こえてしまう。そんな恥ずかしいことになったら堪えられない。いつもの何倍も気を使って静かに食べた。
ジュリモネアはきっとそんなこと、考えてもいない。だけどさすがご令嬢、食器をぶつけて音を立てるようなことは絶対しないし、スープを飲むのにずずずーーっなんて音を立てるはずもない。まぁ、そのあたりはナミレチカだってマスターしてる。それこそエングニスだって、そんな音をたてたりはしない。
でも、でも、でも! 静かすぎる。ひっきりなしに喋っているジュリモネアが、黙ってただ食事している。ずっとお喋りしているジュリモネアの相手をするのに慣れてしまったせいか、黙っているのが苦痛に感じる。この際だから自分から話しかけてみようか? 食事しながら話すには少し離れすぎだが、ジュリモネアも自分で言い出した手前、黙っているしかなくなったのかもしれない。そう考えたナミレチカが、思い切ってジュリモネアに話しかけようとした時だった。
「あら……」
ジュリモネアが嬉しそうに呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます