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 庭に踏み荒らした痕跡を見つけたネルロがリザイデンツに詰め寄っていた。

「どれほど僕が庭を大切にしているか、知らないリザイデンツじゃないだろう!?」

庭のこととなると、すぐにカッカするネルロに、何を言っても無駄だとリザイデンツは平謝りだ。


「どうせ犯人はキャティーレだ。アイツ、嫌がらせのつもりか?」

嫌がらせのつもりはないと、判っていながらネルロが爪を噛む。昨夜キャティーレはこの庭で踊った。相手はもちろん眠りの世界を彷徨さまようジュリモネアだ。ところどころ記憶に残るキャティーレの意識、向こうに僕の意識はどれくらい残るんだろう?


「リザイデンツ、アイツ、僕のことを何か言ってたか?」

「えっ? あ、いえ。いつもと同じようなことしかおっしゃっていませんが?」

「いつもと同じでいいから詳しく聞かせろ。特にジュリモネアに関することを重点的に」

やはりそう来ますかと、リザイデンツが溜息を吐く。


「ネルロさまが妻にお望みだと申し上げたら『ネルロのヤツ、ジュリモネアに一目惚れした』と仰っていました」

ムッとしたようだが、ネルロは何も言わない。リザイデンツがチラリとネルロの様子を窺う。


 臆病者のふりをして本質は傲慢で自信家なネルロ、傲慢で自信家なくせに臆病で意気地なしのキャティーレ。二人は『異質』ではなく『真逆』なのだ。まったく同じと言うことだ。まさしく昼と夜、前と後ろ、表と裏、右と左……対となって完全なるものなのだ。


 もっとも少しばかりキャティーレのほうが不足がちか? キャティーレは次期領主、いつでも昼間は不在というわけにはいかない。どうしても昼間、キャティーレとして誰かの前に出なくてはならない時もある。例えば……国王の誕生日の祝賀パーティー。


 誕生日なのだから、もちろん年に一度きり、招待されたら生半可な理由で欠席できるものじゃない。場所は王都、馬車で三日ほどかかる。昼間は馬車の中だから人目につくこともないし、王宮でのパーティーももちろん夜間に催される。しかし問題は、個々に王と謁見し祝辞を述べること……これは昼間だ。 


 ドルクルト侯爵が寝込んでから二回ほど、キャティーレが名代を勤めている。その際、昼間はネルロがキャティーレを演じた。リザイデンツとしては『演じた』と表現するのは複雑なものがあるが、ネルロ自身がそう言ったのだから仕方あるまい。


 果たしてネルロにキャティーレ役が勤まるのか? 国王との謁見の作法をこなせるのか? 貴公子然としたキャティーレと違って普段のネルロ、粗暴とまではいかないが庶民寄りの言動だ。


 リザイデンツの心配は杞憂だった。どこからどう見てもあの時のネルロはキャティーレだった。まぁ、そりゃそうか。ネルロはキャティーレなのだから。ただ、髪の色はどうにもならず、リザイデンツが用意したウイッグを使っている。


 だがそれは、見た目だけじゃなかった。国王への口上も立ち居振る舞いも、非の打ちどころが見付けられない。国王からも『こんな立派な跡取りが居るのなら、ドルクルト侯爵家は安泰だな』とお言葉をいただいてる。


 だがそれも人目のあるところだけ、与えられた私室に戻ると『なんで僕がキャティーレなんかに!』リザイデンツ相手に癇癪を起し、宥めるのに苦労した。ともすれば能力を使いそうなのだからたちが悪い。


 そうだ、リザイデンツがキャティーレとネルロの入れ替わりを目にしたのも、国王の誕生祝いのために王都に初めて行った時が最初だった。


 ブリブリ怒っていたネルロがいきなりストンと倒れ込み、リザイデンツが慌てて抱き起そうとすると眠り込んでいただけだった。そしてリザイデンツの目の前で、琥珀こはく色の髪が、あっという間に白銀しろがね色に変わった。

『心配するな。それよりパーティーに行く準備をしよう』

すぐに目覚めたのはキャティーレ、取り澄ました物言いにまたも複雑な思いがした。


 パーティーでもキャティーレは完璧だった。大勢の貴族たちに囲まれようと、臆する事なく堂々と構え、美しい顔にはうっすらと笑みさえ浮かべていた。美しいのは顔だけではない。すらりと姿勢よく伸び伸びとした身体は、立っていても歩いていても見惚れたくなる。


 当然、お近づきになりたいと、男女を問わず群がる貴族たち、まぁ、それはドルクルト侯爵家の次期当主というステータスもあるだろう。だがキャティーレは様々な誘いを

『わたしは田舎に引っ込んでおります――お誘いは嬉しいのですが、領民を守る務めを最優先に考えたく思っております』

この一言で断っていた。


 貴族たちの大半は己の領地ではなく王都の別邸に住む。自分は領地に戻るから、あんたたちと遊んでいる暇はないという意味だが、そんな嫌味を感じさせたりしないキャティーレだ。


 きっとあの対応はネルロにはできない。国王との謁見は、事前に口上も行いも打ち合わせ済みのものだ。誰がどう接触してくるか判らないパーティーではどんなに事前に知識を詰め込もうと、応用力がなければ切り抜けられない。


 そう考えると、どちらか片方となったならやはりキャティーレ、でもキャティーレは昼間は動けない。だからネルロが必要だ。どちらかを消す方法を模索したこともったが、消すことはできない。だからリザイデンツは融合させる方法を探している。


「他にも何か言ったんだろう? け過ぎだ、イライラする」

黙り込んだリザイデンツを、ネルロがジロリと睨んだ。慌てて物思いを中断させたリザイデンツ、背筋に寒さを感じながら答えた。


「えぇ、しかし言い難く……もしもジュリモネアさまに手を出したりしたらネルロさまを亡き者にするとか?」

「僕を殺すって!?」

ハン! とネルロが片頬で笑う。


「アイツに言っておけ、できるもんならやってみろ、返り討ちにしてやる」

その様子、ぜひ見物けんぶつさせてください、とは、思ってたってリザイデンツが言うことはない。


「ほかには!?」

ネルロのイライラは募ってきているようだ。


「そうですね……コンテス村の牧草地に咲く花がジュリモネアさまを夢の世界にいざなうのではとお考えのようでして」

「うん?」

少しネルロのテンションが下がった? 目を左右に動かして何か考え込んでいるようだ。


「キャティーレが浅知恵で考えそうなことだな。うん、なんだかそう言えば、あの花畑の景色をヤツが見ていたような気がする。夜の早い時刻? 花束を作ろうとして巧くできなくて……」

ふとネルロが自分の手を見た。

「クソッ! 手がひっかき傷だらけだ! アイツのせいだ、キャティーレの手もずたずたにしろ!」


 しかしネルロさま、その手、キャティーレさまの手でもありますから。何も言えないリザイデンツが溜息を吐いた。

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