神さまたちの剣

転生者A

第1話 転生するわけには!

 今日は警察官試験の第二試験、その内の一つ、面接の日だ。少し緊張するが足取りは軽い。

一次試験は無事に通過し、残すはこの面接と体力試験だ。

 

 正直試験には自信があった。勉強は好きな方で努力はしっかり実を結んだ。運動だって小さいころからじいちゃんの道場で剣道の稽古をつけてもらってた。

精神を極限まで集中させ、肉体は限界を超えて鍛え上げ、同じ道場の仲間と切磋琢磨し更に上を目指す。心技体を鍛えられる最高のスポーツだ。


 警察官になりたいと努力できたのは家族の影響も大きい。じいちゃんは今でこそ引退して道場で師範をやっているが、現役時代はかなりの敏腕刑事で大活躍だったらしい。俺が警察官を目指すきっかけにもなった。父さんは警備会社を経営していて、手広く町の平和を守っている。厳格とは真逆で、家族のためによく旅行なんかも連れて行ってくれる。母さんはとある動画サイトに趣味の料理動画なんかを投稿していて、今では人気インフルエンサーである。妹のユイは高校三年生でとてもかわいい。うん、とてもかわいいのだ。それで充分だ。

そう、我が家は傍からみたら恨まれても仕方がないほどの、本当に順風満帆な生活を送れている家族だ。


 尊敬できる素晴らしい家族に育ててもらって、俺は幸せだ。だからこそこの幸せに胡坐をかくことなく、この大好きな家族を、そして暮らしているこの街を、警察官になって守って、皆に恩返しをしたい。


 と、カッコいいことは思っているが、一つ不安があるとしたら、趣味のアニメを見たり漫画を読んだり、ゲームをしたりする時間は警察官になってもとれるだろうか?

決して半端な覚悟で警察官になりたいわけじゃない。ただ息抜きはどんなヒーローにだって必要だと思う。


 小さい頃から大好きなのはいわゆる『異世界転生系』の作品で、主人公たちは二度目の人生で、転生特典のチートを使って異世界で大活躍する。もし同じ力があったら自分はどう使うかなどと、よく考えたものだ。いや、今でもそれは考えているしなんなら魔法が使いたいと未だに念じてみたりしている。これは誰にも話せない秘密だ。


 あの手の作品の主人公は、大体が親しい人たちに恵まれなかったり暗い過去だったりがあって、一度目の人生に未練があまりないことが多い。だからこそ次こそはと努力し、過去を乗り越えていけるものだ。

だけど俺は素晴らしい人たちに囲まれて、一度しかないこの人生で努力して、ついにここまで来たんだ。そしてこれからもこの幸せを護るために努力をしていきたい。家族を残しておちおち転生など、その前に未練で成仏できるかも怪しい。


 (二度目の人生かぁ~)


 つい、会場までの道中の緊張をほぐすために、決意を固めてみたり余計なことを考えてみたりしていると、あっという間に会場前の最後の横断歩道だ。

今一度気を引き締める。緊張が高まった。


 もうすぐ信号が青に変わりそうな時だった。


——コロコロ…


 目に映ったのはサッカーボールだった。ボールが車道に転がり、それを追いかけるように少年が信号に目もくれずに飛び出す。

進行方向の信号はまだ青に変わっていない。そして黄色く光る信号の方向からは、それが赤に変わる前に走り切ろうとトラックが加速してくる。このままだと—


 「危ない!!」


 子供を守りたい一心で俺も飛び出す。


 (これ転生系で何回も見てきたお約束じゃん!それともこれも警察官の試験の一つか何かか!?)


 何よりも咄嗟の出来事過ぎて意味の分からないことを考えてしまったが体はしっかり動いている。


 (助けなきゃ。誰も死なせない。運転手にだって人殺しになって欲しくない。)


 大きなクラクションが鳴り、驚きと恐怖で動けなくなっている少年を勢いよく反対側の歩道に突き飛ばす。怪我はするかもしれないが命あってこそだ。守るとか言っといてごめん。後でちゃんと謝ろう。

同時に大きな衝突音がした。きっとトラックがハンドルを切って電柱か何かにぶつかって止まれたのだろう。一件落着。そんなはずがなかった。






 美しい草花が広がっている。横断歩道も、そびえたつビルも無い。とてものどかだ。


 「おーい!マモル君!」


 声の方を向くと少し離れたところに3人いる。いかにも中世の貴族様が、優雅なティータイムを嗜みそうな東屋に座ってこっちを見ていた。

 この人たちが試験官なのかな?それにしてはあまりにも状況がおかし過ぎる。

ひとまず声の主の元に向かおうと足を進める。足元にはそれはそれはかっこいい紫色の魔法陣がある。きっとこれは転移の陣だ。何故かそう思う。


 (これじゃまるで異世界転生の—)


 そうだ。あまりにも異世界すぎる。面接会場に向かう途中、トラックから少年を守ったはず。そして俺だって無事に…いかなかったようだ。あの瞬間が脳裏をよぎる。

今この状況が現実としてはありえないはずなのに、散々アニメや漫画で経験しているからか何故か落ち着いていた。俺、死んだのかな。


 辺りを見渡しながら3人がいる場所へと向かう。木陰からはシカやウサギなどの動物が様子を伺っている様に見えた。遠くにはウマが走っている。古代ローマ遺跡のような景色に囲まれて東屋に到着すると『座りなさい』と言わんばかりの視線をもらう。

 

 綺麗な彫刻が施された丸いテーブルを囲うように、椅子が4つある。空席に大人しく腰を掛ける。テーブルにはショートケーキが4つと、紅茶が4杯がそれぞれの席の前に置かれている。


 「紅茶、温め直しますね。」


 1人がそう言って人差し指をそれぞれのカップに向けて順に振ると、紅茶に湯気がたった。いい香りだ。


 「紅茶とケーキ…何で—」

 「俺だって別に好きじゃねーけどコイツが用意したんだ。俺は肉が食いたいんだ。お前もそうだよな?」

 「あらあら、別にそういう意味で言ったんじゃないと思うのよ。」


 両隣の男女がお互い言葉を交わす。左手側にいるいかにも『あらあら系』な女性はその手がタイプなら一目惚れ間違いないだろう。さっき紅茶を温め直してくれたのは彼女だ。あとできれば露出は控えてほしい。

 

 右手側にはこれこそ『THE 異世界』な歴戦の高ランク冒険者であろう深紅の鎧に包まれた大男が座っている。腕が4本でそれぞれで腕を組んでいる。少し強面な感じだがとても優しい雰囲気だ。


 そして、俺に対面する形でさっきから静観しているこの初老の男性は…なんというか本当に見事なナイスミドルだ。俺のじいちゃんより少し若いようだ。俺もこんなオジサマになろう。

 

 感覚で分かる。きっとこの方たちは神様なんだ。


 「おい!返事してくれ!お前も肉がいいよな!?」


 ハッと我に返って質問に答える。


 「ケーキ…好きなので…大丈夫です。お気遣い感謝します。」


 3人は少し困ったような顔をした様だった。


 きっと俺はこれからこの神様たちにすごいチートをもらって異世界の貴族の末弟あたりに転生して、学園でみんなを驚かせて、なんだかんだで自由にスローライフを送るんだ…。ゆくゆくは最愛の人なんかも見つけて—


 (そう、これからは二度目の人生。大好きな人たちに別れも告げずに。まだ一度目だって何も成し遂げてすらない。俺の答えは決まっている。)


 遂にナイスミドルが何かを言いかけた。聞きたくない。認めたくない。

 

 「お主は死ん—」

 「元の世界に戻してください!」


 遮るようにおれは言う。


 「神様こんなのあんまりです!俺の人生これからって時におちおち死んでなんかいられません!もしこれが神様の手違いとかだったら今すぐ元の世界に戻してください!まだ守りたいものも守れてないしやりたいことだって沢山あります!未練しかありません!転生なんかしたくない!…面接、受けさせてくださいよ…」


 気づけば泣きじゃくりながら必死に訴えていた。悔しさと無念で涙が止まらない。


 少しして俺が落ち着いた頃、3人が口を開く。


 「落ち着いたか。まったく、話は最後まで聞かんか。」

 「それにちゃんと守れてたぜ。」

 「立派な新米警察官さんでしたよ。」


 呆然と3人を見上げる。皆優しい顔をしていた。また涙が出る。初めて知ったが案外俺は涙脆いのかも知れない。


 「お主はまだ死んではいないぞ」


 それは俺が思っていた言葉とは真逆の言葉だった。

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