オーカミ
黒澤伊織
序章
序
むかしむかし、これは人という動物が誕生した頃のお話です。
人が生まれた大地は豊かで、その大いなる恵みに育まれた人々は、小さな集団を作り、食べ物を分け合い、互いに助け合い、仲良く暮らしていました。
一つの集団ごと、数にすれば百人ほどでしょうか。
それくらいが人にとって心地の良い、関係性を保つことのできる人数なのです。そして、その集団の中で、人は男や女、大人や子供の別もなく、生きることができました。なぜなら、豊かな人々は、人を属性ごとに分別する必要がなかったからです。
しかし、そんな生活が何千年か続いた頃でした。
ある年、突然、日照りが続き、食べ物がいままでのようにたくさん取れなくなってしまいました。しかも、それはその年だけのことではありませんでした。次の年も、また次の年も日照りは続き、森は枯れ、泉は消え、小動物たちまでもが、姿を消してしまったのです。
人々は、困り果てました。いままでのように、皆で分けられるほどの食べ物を得ることができなくなったからです。けれど、そのうちに、困っていることもできなくなりました。食べ物がなければ、人は死んでしまうからです。
そして、それが悲劇の始まりでした。飢えた人々は、少なくなった食べ物を求め、分け合うのではなく、奪い合うようになってしまったのです。
そうして奪い合いになってしまえば、勝つのは力の強い人でした。その上、奪い合ったり、他人を傷つけたりすることに、より、ためらいを感じない人でした。
反対に、負けたのは、力の弱い人でした。他人を傷つけることを恐れる人でした。だから、そうした弱い人々は――弱い集団、弱い人々の遺伝子は、次々と滅びてしまいました。
さて、そうして生き残った強い人の多くは男でした。それも小さな人ではなく、ある一定以上に育った、大きな人でした。そのため、争いを重ねれば重ねるほど、残酷な大人の男の地位は高くなり、それよりも弱い女や子供は、彼らを助け、従う存在になりました。
こうして、この大地には争いが好きな、力の強い人たち――大人の男たちに率いられた集団だけが生き残っていったのです。
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