生まれ滑るドットナックス

墨色

第0話 戦場跡地


「しッ、ハァァァッ!」


 ごう、と振るわれた★4のレア武器[銀蟾円匙ルーナショベルト]の一撃で、レベル3の死霊骸骨は仲間を巻き込みながら吹き飛んだ。

 焼け野原のような広い空間。

英雄の古戦場サンミケーレ]。

 骸骨たちが地面から蘇り、自分たちと同じようにパーティとして襲ってくる、戦場跡地。

 脱初心者の最初の関門といわれている第三層。その守護者ボス戦だ。

 単独行動していた骸骨が、以降の階層では当たり前のようにソロVSパーティとなっていく。

 その最初の試練がまさにここから始まる。

 

「うおりゃぁぁあッ!」


 右から左へ、左から右へと振り回される銀色のショベルが、まるで乾いた枝を叩き折るようにして骸骨を粉砕していく。

 金属の塊である重たいショベルを自在に操れる膂力は、[戦士ウォーリア]の能力を使い熟している証だった。

 特に魔法武器はオドを捧げることでその効果を何倍にも引き上げるが、今日はギルメンの付き添いだ。

 玉砕覚悟で挑むわけにはいかないと、心愛は冷静さを心掛けてボス戦に挑んでいた。


 今日は四層攻略に挑む前に、まだ三層を突破していない仲間をクリアさせる為にレイドシステムを使ってパーティを組んでいた。


「ウゼぇんだよ、テメぇらあッ!」


 いくら強化ポーションを服用してるからといっても、疲れを知らない細波のように押し寄せる死霊骸骨は厄介だった。


 銀塊の一振りで薙ぎ倒せる相手だとしてもオドを少しずつ削り取られていく。

 例えレベルで勝っていたとしても、数の暴力は容易に状況を覆す。

 そんな事は一般人にはわからない。

 形のいい顎のラインまでの明るい金髪を振り回すその浅黒い肌には大量の汗が滲んでいた。

 それでも心愛は、みんなを心配させまいと、鼓舞するように笑顔と怒声で骸骨を薙ぎ倒していく。


「すごい……」


 革製表紙の魔術書を手にした萌音が言葉とは裏腹に顔を歪める。

 ガチャのの強いルミカから借り受けたこの★4[赤威プロメテウスの断章]は、オドがあれば自由に火を操れるというレアなアイテムだ。

 起動に必要なオド消費が少ないのが魔術書系アイテムの特徴とはいえ、自在に扱うには萌音のレベルはまだ低い。

 絶え間なく追加される骸骨の物量を物ともしない心愛に頼もしさを感じる反面、圧倒的な無力感と焦燥感に駆られていた。


「ルミカちゃん…なんで…!」


 しかも、ギルド[戦乙女Z《ヴァルキリーセブン》]のパーティリーダーでもあるルミカの姿がここにはない。

 今日は購入者との交渉だと事前に聞いていた。

 その後レイドに参加する約束だったが、一向に現れない。

 しかも何故か一緒にクリアするはずの三層ではなく、四層を突破していた。


「え、援護くらいならっ!」


 純戦闘クラスには劣るが、魔術書を扱える[術士マギ]は、対死霊骸骨には特効とも呼べる有用なクラスだった。萌音の指先からポゥと放たれた小さな火の玉のいくつかが、起きあがろうとする骸骨を焼いていく。

 だが、レベルが低くオドの容量が少ないため、彼女はすぐに膝をついた。


「萌音!? 無理すんなっ!」

「でもっ!」

「心愛ぁっ! もうっ、限界っ!」


 骸骨をトレインしながら引き付けていた芽衣子が、萌音の言葉を遮りながら心愛の横を走り抜けて後ろに回る。

 萌音と共に第三層の攻略に手間取っていた彼女は[盗賊シーフ]だった。[戦士]以外のクラスは、碌な物理攻撃手段を持っておらず、しかも大器晩成型だ。

 芽衣子は攻撃力のなさを素早さとアイテムのみでカバーして戦ってきたが、彼女達はそののせいで契約できない。

 その為、軒並み彼女達の攻略は進んでいなかった。


「よっし! 喰らいなっ! [流れ月]ィッッ!!」


 銀蟾円匙を全面に突き出した心愛は、全身を淡く光らせ、まるで彗星のように光の尾を靡かせながら真っ直ぐに骸骨達に向かって飛んでいく。骸骨はバラバラになって空に散乱して崩壊した。


「流石心愛先輩っすね…! けどっ、ごめんなさいっ……わたしも…限界、みたいっすっ…!」


 ★3のブロードソードと青銅の盾で戦っていた[剣士ソードマン希夢のぞむも、オドの枯渇から崩れようとしていた。

 死霊骸骨の爪で身体中をざっくりと切り裂かれ、布の服は真っ赤に染まっていた。

 肉体にダメージを負うということは、ヒットポイントバリアを超えた一撃を受けた状態を示している。

 それでも何とか回復薬で紛らわせ、倒れずにタンクを務めていたが、スキルを多用したせいでオドの限界が近い。倒れる前に宣言だけはしておこうと、まだ戦える仲間に声を掛けた。


「希夢もかっ! くそ…!」


 すでに真咲、日由子のギルドメンバーは、地面に倒れ伏していた。

 誰も死亡して[不帰の水晶トイカプセル]になっていないのは、オドを使い果たして気を失っている故だ。

 ソロの時はこのまま死霊骸骨に引きちぎられ屍体ゾンビとなるのが既定路線だったが、レイドシステムによるパーティプレイのおかげで残機を減らさずゾンビ化を免れていた。

 本日、彼女達は、生還と安全を優先して、地下世界第三層の攻略に乗り出した。

 同じギルドに所属している女子六名は、ここにいないルミカも含めて見栄えがする上位の美少女ばかりだった。

 それはつまり、あの残酷天使による平等で差別的で配慮的な能力差配により、レベルアップは遅く、いまだ三層もクリア出来ていない最低辺の少女達と言える。


「イギぃッ!? くそっ死ねよッ! つか何してんだよ! あのアホ女はッ!」


 そんな少女達を集めたのがギルド[戦乙女Z]だ。サブリーダーである心愛はルミカ、希夢と並んで、すでにこの第三層をクリアしていた。その為、そこまで悲観的に感じていないボス戦だった。

 だが、人数を増やしたことで生じた骸骨の物量は予想外に手強く、自身と希夢だけのアタッカーでは荷が重かった。


「しかも何で分捕りやがったぁっ! あのクソ女あぁぁ!」


 ショベルを強く握り締め、リーダーであるルミカに悪態をつきながら、彼女のメインウェポンをぶん回す。

 頑張って抑えていた怒りが死霊骸骨による一撃を受けたことでついに爆発した。

 

「スコップは要らないんだよ! チェーン返せやこらぁぁぁっ!」


 オドを捧げれば自在に伸ばせる★5のレア武器、[不可避の縛鎖アトロポスチェーン]があれば、貧弱なレベル3の骸骨共を纏めて一撃で葬る自信はあった。

 それを攻撃のメインに据えて作戦を練って挑んでいたのに、戦闘中、突如として消失したのだ。

 しかも連絡無しで無断欠席で四層攻略済みだ。そんな記録だけがインベントリに記載されていた。


「くっそ…!」


 絶対後で殺してやると誓いつつ、心愛は戦況を眺めた。

 元々戦いの苦手な希夢と萌音はオドが尽きそうで、走り回る芽衣子の空元気も怪しい。日由子、真咲は倒れたまま。

 今日、チェーンが消える前から何故かみんな調子は良かったのに、このままではまずい。

 無限にも感じられるくらい涌き続ける死霊骸骨の物量と倒れた二人。既に彼女達のパーティは破綻したといっていい。


 だが、諦めることは認められない。


「ちっ、こうなったら奥の手を使うしかないなっ!」

「ちょっ! それはダメだって言ったよねっ!?」


 ポーションを飲みつつ、必死に死霊骸骨を引きつけていた芽衣子には答えず、心愛はショベルを床に突き刺し骸骨達を怯ませ、その隙に前線から下がった。

 ボスを攻略すると稀に武器が手に入る。

 そのドロップアイテムである[銀蟾円匙]は、攻撃力の高さに加え、スピードとジャンプ力が増すのが魅力だが、他にも特殊なスキルが宿っていた。

 およそ武器らしく無い見た目のため騙されるが、最高等級の武器であり、特に月銀とも呼ばれる魔法金属は骸骨達に抜群の効果を齎し、一定時間寄せ付けない。


「みんなぁっ! 絶対にクリアしてくれよっ…!」

「心愛っ! ダメッ!」


「文句はルミカに言えっ! おらぁ! この命持ってけ! スキルッ! [死別淫魔リリートゥ]!!」


 焦る萌音の静止を聞かず、心愛は両腕を天に掲げ、ユニークスキルを発動した。

 心愛の身体から青白いオドの煌めきがメンバー全員に放たれる。

 魔神攻略の最低辺代表として知られている彼女達は、非常にユニークなスキルをそれぞれ持っていた。


「ぐうッ……!」

「きゃあ!」

「う、ぁ?」

「こ、これは……ユニークスキル? ココッ…! ぐっ!?」


 死霊骸骨との戦いの最中に倒れたパーティメンバーは、突如として目を覚ました。


 心愛が使用したスキル[死別淫魔]は、自身の命の残機を削り、オドを分け与えるレアスキルだ。

 パーティメンバーの同意も必要なく、拒絶もできない仕様で、ソロの時は契約者がいないと少しも役に立たないゴミスキルだったが、レイドが始まった今、他ギルドにとっては喉から手が出るほど欲しい人材となっていた。

 心愛にとっては二度と使いたくない思いも少なくなかったが、ここで負けるわけにはいかないと躊躇なく使用した。

 そのまま地面に倒れ伏した心愛は、水晶にならないことに疑問を浮かべた。


「かはっ、な、なんで……?」


 命を無くしたはずなのに、意識は深度II程度はある。それはオドも残機も減っていない証拠だった。


「まさ、か…失敗…かよ…! くそっ!」


「「ウオォ、オオオオーッッ!」」


 だが、心愛の願い通りスキルは発動していた。パーティメンバー達は彼女の献身を無駄にしまいと気勢を上げて骸骨に向かっていった。


「嘘…なんで…?」


 眩いほどに光を放つ銀蟾円匙ルーナショベルトと両刃のブロードソードを片手に一本ずつ握り締めた希夢が、芽衣子に向かって突っ込んでいく。


「希夢っ、宜しくっ!」

「やってやるっすぅぅっ!!」


 希夢は芽衣子がトレインした一塊の骸骨の群れにショベルのスキルでスピードを増しながら[突撃ダッシュ]で踏み込み、振りかぶったショベルで[強打バッシュ]を放ち、流れるように剣の平で薙ぎ払った。

 その衝撃で骸骨達は、空に吹き飛ばされた。


「真咲さんっ!」

「は〜い〜! 風石〜っ!」


 萌音の声に反応した真咲も彼女と同じく術士のクラスだ。インスタントに使い切るタイプの★3[風の呪石]を使って大きな風を生み出しそれを空に向け、希夢が吹き飛ばした骸骨を一塊に纏めた。

 そこに丁度、萌音が火の魔術を放つ。

 骸骨は黒の灰になり、まだ残る風に攫われ地下の空に溶けた。

 さっきまでとは見違えるようにみんな動きが良くなっていた。

 オドの枯渇が起きていないことに疑問を感じるが、勝機が見えたならどうでも良かった。

 

「よ、よくわかんないけど…良かった…」


 心愛がパーティメンバーに捧げたのは残機のみではない。

 スキルや能力値補正、そしてその[戦士]としての技能と経験も付与したのだ。

 [戦乙女Z]のギルドメンバー達は次々とスキルを放ち、大量に湧く骸骨達を葬っていく。 

 ただ、他人の魂でもあるオドをまるで蠍の毒のようにぶち込むのが[死別淫魔]。

 萌音たちは、狂ったようにスキルを放っていたのはその[強制発情バーサク]の効果でもあった。

 骸骨たちは次々と消えていき、これ以上新たな骸骨が増えることはなくなった。


「これで終わってくださいっすよぉっ!!」


 そうして残り一体、希夢が繰り出したのは下からカチ上げるようなショベルの一撃。真ん中からバラバラになりながら真上に打ち上げられた死霊骸骨の身体が輪郭を崩しながら崩壊する。

 希夢もまた、心愛、ルミカと同じ第四層攻略中でレベルは4だった。攻撃力だけならルミカと並ぶ。

 

「これで最後っすっ! [両断]っ!!」

 

 ショベルを投げ捨て、最後は[剣士]らしく、希夢は空中でいやらしく笑う骸骨を真っ二つに切り裂いた。


 全ての死霊骸骨達が消えるとボス部屋は何も無い、白い空間になった。

 そして足下にチャリンチャリンと報酬であるニビルが音を立てて散らばり落ちた。

 それは勝利を意味する鐘の音だった。


「やり遂げたよ。ココ。君の命のおかげで、ボクたちの勝利さ」

 

 心愛にゆっくりと近づいたのは、[狩人アーチャー]の日由子だった。矢はすでに尽きていたため、芽衣子と同じように骸骨を誘導していた。物資不足ではやはり活躍できないなと、日由子は自身のお荷物具合に苦笑いを浮かべていた。

 

「死んでねーっつーの…あははは…」

「みたいだね…? ふふ、なんでだろ。新ルールかなぁ…」


「かもな…」


 何故かオドは枯渇せず、死んでいない。

 だが、今はそれより、これで日を改めてログインすれば問題なく第三層を通過できることに、心愛は安堵のため息を吐いた。


「はぁぁ…。でも生き残るなんて微妙だよな…少し恥ずいわ」

「ふふ、けど…あんまり無茶はしないでくれよ?」


 その日由子の真剣な瞳の意味に、間違えたことはしていないと胸を張って言えるが、心愛は少し怯んで受け入れた。

 もうみんなに遭いたくないし、遭わせたくないのは同じ気持ちだ。


「あ、ああ、わかった。ごめん。でも…これなら…」


 いけるかも知れない。

 ソロよりずっと希望が見える。

 そう思えた。

 次々と心愛の元に集まる彼女達、[戦乙女Z]はみな笑顔を浮かべていた。

 廃棄物に始まり、契約者殺しやら大罪やらの異名を持つ彼女達は、久しぶりに明るい声を出して笑った。


 レベルアップによる身体の疼きを発散すれば、あとは現場を放棄し、一人四層を攻略したあのポンコツリーダーを絞めるのみだと、心愛は薄く笑った。


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