flower

@yujiyok

第1話

バイトが終わっていつもの帰り道。駅を降りてから家までのルートは何通りか試した結果の最短だ。

コンビニやスーパーに寄っても、駅近なので帰り道は変わらない。

駅前の通り沿いに街路樹が規則正しく並んでいるのだが、ある日その一本の根本に小さな花が咲いているのに気付いた。

小ぶりなガーベラのようだが、色が不思議で外側から紫赤ピンクオレンジ黄色とグラデーションになっているのだった。綺麗だなぁとゆっくり歩きながら眺めた。

誰かが植えたのか、種が舞い込んだのか分からないが、花があるのはその一本の木だけだった。

今まで気付かなかったのだから、きっと自然に咲いたのではないのだろう。それともつぼみの状態では見過ごしていただけかも知れない。

心ない人に持っていかれなければいいなと思いながら帰った。


次の日、駅に向かう途中に探すと花はまだそこにあった。街路樹の根本。駅のすぐ前。だと思っていたが、少し手前だったようだ。ちょっと安心して通りすぎる。

帰り、駅を降りて少し進むとまだ花はあった。が、朝見た時より少し離れているような気がする。駅のすぐ前より少し進んだ所、よりさらに進んだ所にある。

まるで駅から少しずつ離れているようだ。

誰かが植え替えているのだろうか。一体何のために。

不思議に思いながらもその綺麗な色に癒されて帰る。


次の日は雨だった。バイトは休みだったので一日家で過ごしたが、あの花のことを少し考えた。

きっと恵みの雨なんだろうな。いつまで咲いているか分からないが、見るたびにちょっと嬉しくなるので、なんならもっと植えればいいのになと思った。

どこかで種を買って、勝手に木の下に蒔いてみようか。自然に育ったら喜ぶ人も増えるかもしれない。


翌日雨上がり、また駅に向かう。あの花はずいぶん手前に咲いていた。

もはや駅前ではなく何十メートルも先の床屋の前だ。

なぜ移動しているのだろうか。誰が何のためにこんなことを。掘り起こすことで花は傷まないのだろうか。

帰り道、花はついに街路樹を離れ、さらに先の公園にいた。歩道に面した植え込みの根本に。最初からそこにいたかのような顔で。

いよいよ意味が分からなくなる。まるでこの花が自ら移動しているかのようだ。

次はどこに行くのか気になる。家までのルートだと、この公園を曲がって住宅地に入るのだが、さすがにこの大通りをまっすぐ進むのだろう。


そして翌朝、花は住宅地に入り込み、人の家の植木の下に居座っている。

少し楽しくなってきた。早く帰りたい気持ちを抑えながら一日を過ごし、待望の帰り道。

花はさらに進み、少し期待した通り自分の家に近付いている。

これはうちのマンションまで来てくれるかもしれない。

わくわくしながら次の朝、やはりさらに家に近付いていた。

一体どこまで行くのだろう。家を通り過ぎてどんどん先へ行ってしまうのか。

もしそうなったら淋しい。いっそのこと部屋まで持ち帰り、自分のものにしてしまおうか。

そう考えながらの帰り、ついに花はマンションの下までやって来た。

ようこそ。にっこり笑いかけてから部屋に戻った。


さて翌朝、花はマンションの下にはいなかった。

綺麗な花の追っかけは終わりか。

誰かが抜き取っていったかもしれない。ずいぶんがっかりしながら一日を過ごした。

代わりに何か花でも買って帰ろうかな。などと考えながら帰宅した。

部屋に入り電気を点けると、テーブルの上に妖精がいた。

手のひらサイズの小さな女の子に、蝶のような羽根が付いている。一般的にイメージするやつだ。ただ、その羽根の色があの花によく似ていた。

驚いて突っ立ったまま見つめていた。

あの花は妖精だったのか。それとも妖精に変化したのか。でも何故少しずつ移動してここへ。


「あの、…あの花だよね?なんでここにいるの?」

こちらを見ている妖精に声を掛けてみた。

妖精はテーブルの上に立ったまま何かを話し始めた。

しかしその声はまるでガラスの風鈴のようで、しかもかすかに響く程度だ。

何を言っているのか分からない。

異種族で言葉が通じるなんてマンガの世界だけなのだ。

残念に思いながら、その耳心地の良い音を聞いていると、妖精はふわりと宙に浮いた。ゆっくり羽根を動かしながら。

まだ何か話し続けているようだったが、何も理解できずにいると、話すのをやめた。

しばらくすると妖精はくるりと背を向け前に進むと、すーっと消えた。


それ以来、私はガーベラの品種改良にはまり、いくつかの賞を取ったのだが、そのきっかけとなった話を誰も信じてくれない。

それでも私はあの花に近付けるため、地方へ遠征してまだ研究を続けている。

いつかあの花が咲くことを信じて。

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