第42話「ハルカの目的」
「あなたたちの活躍により当該の反社会勢力はほぼ壊滅、違法な兵器の研究者も拘束完了、さらにはテロリストとして活動していた魔法少女も捕縛した…それなのにここへ呼び出されている理由、もちろんお分かりですわよね?」
「…はい」
派閥任務を達成した翌日、私はインペリウム・ホールの応接間に呼び出されていた。机を挟んだ目の前には悩ましげな表情のハルカさんがいて、ふうっと疲れたような吐息を漏らす。いつも通り怒気こそ感じないものの、疲労を感じさせる程度には面倒そうな表情をしていた。
部屋の空気は明らかに『任務達成を褒めるために呼んだ』という感じではなく、これからお小言が降り注ぎそうなとげとげしく冷たいムードが漂っている。
その理由なんて、一つしかないだろう。
「トミコが拘束した魔法少女はほとんど外傷もなく、すでに目を覚ましました。ですが、あなたが相手をしたと思わしき魔法少女は現在も意識がなく、命こそありますがしばらくは治療も必要でしょう…はっきり言います。やりすぎです」
「…すみません。ですが」
やはりというか、トミコは私なんかよりも優秀だと思う。普段は若干おどおどしているのに、任務に挑む際は冷静さを失わなくて、言われたことを完璧に成し遂げようとしていた。
一方で私は激情にあっさりと流されてしまい、それこそ…トミコが止めるタイミングがわずかにでも遅かったら、確実に息の根を止めていただろう。
それに対しては申し訳ないと思いつつ、自分でもわかる程度にはすさんだ私の心は、通用しないと分かっている言い訳を吐き出していた。
「以前、マナミさんにも『逃がすくらいなら確実に仕留めろ』みたいなことを教わりました。思いのほか敵が強かったので、手加減をしたら殺されていたのは私です」
「…マナミは優秀な子ですが、そういう部分に関しては参考にしなくて結構です。たしかに多少腕に覚えのある相手だとは思いますが、明らかにあなたのほうが格上でしょう? それなのに過剰とも言える攻撃を加えていた、その理由を教えなさい」
「…買いかぶりすぎです。私は所詮一期生です、油断が死につながるのくらいは理解しています。それに…もしも私が負けていたら、学園に対して被害が出ていたかもしれません。なら、別に一人くらい…いいじゃないですか」
ハルカさんは基本的に弱点を感じさせないけど、マナミさんには弱い気がする。だからその話題を持ち出すことで露骨に気まずそうな顔をして、一瞬だけ言い負かせたような満足感…というほどじゃないけど、現体制派に対して的確に歯形を残せたような納得があった。
もちろんそれで引き下がるようなら現体制派の重鎮にはなれるわけがなくて、あっさりと気まずさを引っ込めて正論を提示してくる。相変わらずその瞳には心の奥を覗かせないヴェールが広がっていて、それを突破するほどの理論的な作戦を私が考えつくわけもなく、いじけるように目を逸らしながら言い訳を重ねた。
…こういうとき、カナデが相手なら見逃してくれそうなんだけどな。
「…なるほど、そういうことですか。学園に被害が出ればあなたの友人…カナデにも危害が加わる、それで我を忘れた…違いますか?」
「っ…ち、違います。カナデとはもう、友人でも相棒でもありません。彼女は、私が守らなくても…大丈夫、ですから。新しい仲間もいます、だから関係ありません」
やっぱり、この人は苦手だ…そう思わざるを得なかった。
自分のことは見抜かれないようにするくせに、他人のことはこうもあっさりと見透かす。きっとこの調子で怪しい魔法少女を何人も拘束して、そして学園の秩序とやらを守ってきたんだろう。
今もわずかにカナデのことを考えていたのがバレたような気がして、自分でも呆れるほどに動揺していた。
「…あなた、普段は冷静で肝も据わっているのですが…親しい相手のことになると、本当に弱いんですのね?」
「だから、違います…! カナデのことは無関係です、彼女には一切の非がありません。私が勝手にしたことなんです…!」
「安心なさい、この件でカナデに何らかの追求がされることはありません。報告書にも『相手が激しく抵抗したのでやむなく全力で撃破を狙った』とでも書いておけばいいでしょう」
いつぞやのように自分だけが疑われるのはいいけれど、カナデが私の暴走に関与していたと思われるのだけは…絶対にダメだ。
だから唯一とも言えるウィークポイントを攻められた私はなんとか話題を逸らそうとしたけど、幸いなことにハルカさんのほうから理想的な回答を提示してくれた。
その顔は、部屋に入った直後よりもわずかに緩んでいる。
「ヒナ、あなたは優秀な魔法少女です。そして優秀な人間はそうでない人間を導かないといけません。力があるものは常に余裕を持ち、必要に応じて加減せねばならないでしょう…でないと、現在のこの国の中枢部のように腐敗が横行してしまいます」
「…すみませんでした。ですが、私は人を導く立場にありません。そうなりたいとも思えません」
この国の中枢部に近づくほど腐敗が広がっている、そんなのはすでにわかっていた。そういう人間たちには何らかの力があって、与えられた力を好きに使えばもっと弱い誰かが犠牲になる…それもわかる。
でも、それは私には関係のない話だ。私はただ魔法少女としての任期を終えて、そして以前のような日常に戻れたらそれでよかった。
そこに明確な『力』は必要なくて、家族さえいてくれたら…そして、あとちょっとだけ、大切な人もいてくれたのなら。
だからハルカさんの話は突拍子がなく、説教にしてももうちょっと内容を選んだほうがいいんじゃないかと緊張が抜けそうになった。
「そうですわね、あなたならそう言うのでしょう…ですが、力を持って生まれた以上は相応の責任も背負っています。だからあなたは現体制派に選ばれ、やがて訪れる『魔法少女による管理社会』に必要だと判断されました」
「…魔法少女による…管理社会?」
私にとってその責任とやらは『大切な人と物別れさせられた呪い』でしかなくて、若干熱を込めて語るようになってきたハルカさんとは対照的に、ひんやりとしたまなざしと気持ちを彼女に向けてしまっていた。
その一方でどこかで聞いたような言葉は私の記憶のライブラリを刺激して、どんな場面だったのか、どんな意味だったのか、それとなく思い出そうとする。
「ええ、我々…わたくしの一族の悲願とも言える目的です。あなたも知っての通り、大衆は愚かです。愚かだからこそ同じように愚かな為政者や権力者に踊らされ、目先の利益のために搾取されることを選び続ける…そんな環境で理想的な統治なぞ夢のまた夢です。だからこそ、わたくしたちが生まれました」
そうか、この人の目…あの日のマナミさんに似ている気がする。
ようやくヴェールが消えた瞳には遙か彼方の夢への憧れが消しきれなくて、年齢相応かそれ以下の少女みたいに輝いていた。
私はそれをきれいだと思うと同時に、その全容を教えてもらう前に心は熱源から離された金属のように冷たくなっていた。
「魔法少女はありとあらゆる悪意に立ち向かい、滅私奉公を体現してきました。そんな我々こそが国家運営のすべてを管理し、この国で暮らすあまたの人間を『最善』に導くのです。政治、警察、軍隊…それらを魔法少女に置き換えること、これこそが最善だとは思いませんか?」
「…すみません、私には少し難しすぎて答えられません」
多分見抜かれているだろう、そうは思っていても私は嘘しかつけなかった。
いろんな意味で難しいと感じていること、それ自体は事実なのだけど。
正直に言うと…どうでもいい。
(…どうして私は、こんなことにばかり巻き込まれる…? 私はただ、大切な人たちと静かに暮らしていたかった…)
魔法少女がこの国のすべてを管理できるようになれば、たしかにこれまで虐げられてきたインフラの子たちも少しだけ幸せになれるかもしれない。それは回り回ってカナデの心を安らぎに導くのかもしれないけど、彼女が望んだ結末だとも思えなかった。
あの子は、自分の身の丈を知っていた。だからささやかながらも強く抵抗していて、独善的に変えることは望んでいなかった。
同時に、私もそれを望んでいない。きっと私はただカナデの味方でいられて、お互いがこの環境から自然と脱することができたのなら…満足していた。
冷たいと思われるかもしれないし、私だってこんなことなら魔法少女システムの真相なんて知りたくなかった。
けれど。それでもカナデのそばにいられたのなら、きっと私は納得できていた──。
「そうですわね、今のあなたにはまだ重すぎるかもしれません。ですが、忘れないでください…あなたにはそのための力があります。そして時が来れば、きっとその力を世界のために振るうことになるでしょう。その日までは私たちが支えますので、今は着実に任務を」
「失礼いたします! お茶とお菓子をお持ちいたしました!」
ハルカさんは珍しくマナミさんに向けるような目で私を見てきたかと思ったら、馬鹿にすることもなく無難に締めくくろうとして…そんな言葉は、突如として入室してきたマナミさん本人に打ち消された。
その手には三人分のお茶とお菓子が載せられていて、先ほどまでの会話内容なんて知ったこっちゃないと言わんばかりにご機嫌な笑顔を浮かべていた…私と目が合ったら無理矢理口元を引き結んだけど。
「んんっ…本日はカステラとバニラアイスがあったので、『カステラのアイス添え』にしてみました。どちらもすごくおいしくて…あれ? 姉様、どうしてそのような顔を…? あっ、もちろん姉様はいつでもお美しいのですが」
「…いえ、なんでもありませんわ。それにちょうど話も終わったところですし、お茶とお菓子を楽しんでから解散といたしましょう…ヒナ、時間は?」
「あ、大丈夫です…その、マナミさん、ありがとうございます…?」
「な、なんだ急に…それに、なぜか疑問形でお礼を言われたような気がするぞ…」
ハルカさんは呆れようか文句を言おうか迷った末に口の端をひくつかせて無理矢理笑い、強引に話を切り上げた。もちろんマナミさんはその意図に気づきかねていて、姉の見たことがないようなリアクションに首をかしげつつもお茶とお菓子をテーブルに置く。
そして私は…この人にそんな意図はないとわかってはいたものの、それでも空気も内容も重くなっていた会話を打ち切ってくれたことにお礼を伝えられた。
マナミさんはハルカさんの隣に座るまではずっと不思議そうにしていたものの、お菓子を食べ始めた瞬間から「甘くておいしいですね姉様!」と顔をほころばせ、ついに私がいても本性を隠さなくなった。
それを見ているとわずかに自分が日常に戻ってこられた気がして、もう一度心の中でお礼を伝えておいた。
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