第29話「幕間・ルミとアヤカ前編」

 ルミはアヤカが煙幕代わりの爆発を引き起こした際、彼女の意図を一瞬で理解し、その小柄な体を担いで戦場を飛び出した。アヤカは「…自分で歩ける」と言いつつも下ろす様子のないルミにされるがままで、せめて敵をまけるように無軌道な爆発を何度か起こし、相手の気配がなくなったところでだらんと腕を下げる。魔力を使い切ったのだ。

「よし、ここまで来ればいいか…うっ、いてて…あいつ、やっぱりかなり強いみたいだな…攻撃がまったく見えなかった」

「…下ろして」

「へいへい」

 魔力のこもったランチャーメイスという質量と魔法の暴力をその身に受けたルミであったが、日頃の鍛錬と対魔法少女に特化したポンチョが功を奏したのか、全身に伝わる激痛から目を逸らせば動くことはできた。身に纏っていた炎もある程度の防壁として機能しただろう。

 それでも逃げ切ったことを理解すると痛覚が正確なダメージを全身に伝え、人間であれば即死もあり得たほどの威力に顔をしかめつつも愉快な気分になった。

 あいつ、甘ったれかと思ったんだが。やればできるじゃないか。

 それはルミにとって『自分に対して全力を出した証拠』であり、敗北の悔しさを上回るほどの充実感と…やっぱり、物足りなさも覚えさせた。

 そう納得しつつ、相棒の無愛想な声に従って無造作にその体を放り出す。そこでルミもひとまずの限界を迎え、大きく息を吐きながら腰を下ろした。

「あー、くそっ…久々に負けちまった。しかも決着もついたような感じはしないし、不完全燃焼だな…」

「…どうでもいい。でも、あいつは…多分、厄介」

 ルミは足を放り出して座り、アヤカは仰向けでお互い空を見る。現在地は『拠点』からもさほど遠くない里山の中で、自然が生み出す魔力を二人で噛み締めていた。もう少し休めば、拠点に戻るくらいの力は取り戻せるだろう。

「だろ? お前が『過激派』に混ざって戦ったときの話を聞いたときは、そうでもないと思ったんだが。もしかしたら、あいつにもでかい『目的』ができたのかもなぁ」

「…でも、私の目的の邪魔はさせない。次は、確実に仕留める…」

「おい、あいつはあたしの獲物だぞ。すぐにくたばられたら不完全燃焼のまま終わっちまう…それは勘弁してくれよ?」

「…この戦闘マニア…」

 アヤカは会話が得意ではなく、そもそも必要な内容以外は不要だとすら思っている。一方で組むことが多いルミは戦いに関係ないこともしばしばしゃべっていて、それがわずかに不愉快であった。

(…ルミと話していると、余計なことを考える。それは、不要な会話だからだ…)

 自分の目的とだけ向き合えれば、どれだけ楽だろう。

 そしてそれを達成できれば、どれだけ嬉しいだろう。

 いや…嬉しくは、ない。

(…たとえ目的を達成できても、私には何もない。それが私の選んだ道…『復讐』なのだから)

 今も痛みを忘れたかのように楽しげなルミの話を聞き流しつつも、やはりその声音はアヤカの忌まわしい過去を掘り返していた。


 *


『…お父さん、お母さん、私はいらない子なの…?』


 アヤカは昔から引っ込み思案で、家にいるときが唯一の安らぎだった。だから彼女の趣味は読書、ゲーム、パズルとインドアなもので占められており、それだけあればよかったのだ。

 ただし知能指数も高いと評価されたことから、ふと「将来は学者になれば引きこもって働けるかな…」と感じ、そのためには勉強だとようやく目的を見つけた直後だった。

 アヤカに魔法少女としての適性が認められ、両親は喜んで彼女を…送り出してしまったのだ。彼女の両親の名誉のために補足するならば、父親も母親もアヤカを愛してはいた。

 しかし、その愛はどこまでもすれ違っていた。両親は友人を作らず家と学校の往復しかしないアヤカに新しい世界を見せたくて、そしてかけがえのない友人を作ってほしくて、そのためにアヤカを魔法少女学園に預けたのだ。

 それが、どれほど彼女を苦しめるのかも知らず。


 *


『…何が、魔法少女だ…結局、どこでも、どの学校でも、同じ…』


 魔法少女学園は高度に管理されており、一般的な学校にありがちな風紀の乱れはない…それは人間の本能的な醜さを知っていれば、あまりにもお粗末な夢絵空事だった。

 魔法少女学園でも一般的な教育機関が抱える問題…『いじめ』はたしかにあって、それはかつてから今に至るまでアヤカを苦しめていた。話すのが苦手な引っ込み思案、いじめのターゲットにはちょうどよかったのだ。

 そして魔法少女学園には戦闘能力や魔力といった明確な上下があり、それがいじめを生み出さないはずもなく。さらには『派閥』という学園公認の対立すら容認されていて、アヤカは早々に絶望した。

 突出して優れているわけでもなく、コミュニケーション能力も低いアヤカ。そんな彼女は魔法少女になってもいじめのターゲットにされ、彼女は世界ではなく自分の内側を爆発させるかのように、影奴の討伐任務の最中に…初めての自爆攻撃を行った。

 自分の全魔力を込めて、目の前で爆発を引き起こす。それは影奴どころか自身にも凄まじいダメージを与え、この扱いにくく忌々しい能力もろともやっと消えられる…そう信じて、彼女は耐えがたい痛みを受け入れた。

 そこで彼女の意識はシャットダウンし、世界への怨嗟をつぶやいて生涯を終えた。

 終えた、つもりだった。


 *


 次に目を覚ましたとき、彼女は知らない天井を見つめていた。魔法少女学園の無機質な天井と違い、整備が行き届いていないことを感じさせるやや古い色合い。

 横を見るとサイドテーブルがあり、その上には自分では取り外すことができないはずのチョーカーが置かれていて、ふと首に触れると久々に何もない素肌の感触に驚いた。

 そのままぼうっとしていたら近くにいたと思わしき白衣を着た女性がやってきて、ぶっきらぼうに「やっと起きたか…まったく、ルミのやつはいっつも面倒ごとに首を突っ込む」なんて言い放ち、それでもアヤカの体に触れて「まだ痛むだろう? 追っ手は来ないから、安心して休め」と言われ、アヤカは一切の返事ができないまま…ひとまず、目を閉じた。


『…天国にしては、汚い…多分、地獄かな』


 そんなものがあるとは思えない、だけど。

 自分のような人間がこれまでの世界よりもマシなところにいけるなんて思えなかったので、ひとまず誰にも聞こえないよう小さな声で毒づいた。

 しかしあの女性は耳がいいのか、カーテンの向こうからすぐに「地獄とは失礼なやつだ…まあ、天国ではないがな」と返事をされて、これ以上はなにも言うまいと痛みと疲労に身を委ねた──。


 *


 そしてアヤカはそこが『武闘派』の拠点であることを理解し、拾われた恩を返すべく戦うことにした…わけではなく。

(…別に、あそこで死んでいてもよかった。でも、生きているのなら…復讐しないと。ほかの誰でもない、私のために…!)

 アヤカはわかっていた。自分がいじめられていたのはただ単にいじめやすいだけではなく、こうした自分勝手さがあったからこそだと。

 だけど、認められない。誰かに危害を加えたいなんて思っていなかった自分が被害者になるなんて、きれい事を並べ立てて利用し、それでいて自分たちを守らなかった学園なんて、認めるものか。

 再度の憎悪をたぎらせていたアヤカの思考を中断させたのは、実にお節介な体温を伝えてくる手が頭に置かれたときだった。

「ほれ、そんな顔すんなって。あたしが見つけたときもすごい顔をして倒れていたけど、そのときにそっくりだぞ?」

「…悪かったね。これは、生まれつき…」

 こいつは、いつもそうだ。アヤカの心はかき乱される。


 死のうとしていた私を勝手に拾って。

 私の意思なんて気にせず仲間扱いして。

 挙げ句の果てに一緒に戦うなんて。


「…ルミは、自分勝手だ」

「当たり前だろ? あたしたちは魔法少女で、力があるんだから。自分の意思を通せる力があるんなら、やりたいことをやらなきゃな」

「…私も、同じか…」

「ああ、おんなじだ。似たもの同士、これからもよろしくな!」

「…ふん。よろしく…」

 ぽんぽんと無遠慮に頭を叩いていた手は握りこぶしを作り、上半身を起こしたアヤカの前に差し出される。

 アヤカも同じように手をぐっと握り、そのままルミの手にコツンと当てた…ガントレットを取り外した後に。

 その何度も繰り返した意思疎通にルミは笑い、アヤカはやっぱりジトッとにらみ返していた。

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