第28話「ヒナVSルミ&マナミVSアヤカ」

「今日のお前は余力がありそうだからな…本気でいくぞ!」

「っ…私は…!」

 影奴がいなくなったゴミ捨て場では、新たな戦いの火蓋が切って落とされた。

 ルミは先日の私との約束──ただし私は守りたいわけではなかった──を守るべく、マナミさんではなく私をターゲットに選ぶ。斧という見るからに鈍重そうな武器を構えて突進してくる様子は、カナデほどではないにせよ速かった。

 対する私は戦いが避けられないことを理解しつつも脳が応戦を迷っており、その直線的な動きに射撃を加えるでもなく、結局は打撃モードに持ち替えて斬撃を受け止めるしかなかった。

(…やっぱり、重い…!)

 ランチャーメイスの本体はバトルアックスの攻撃にも欠ける様子は見せないものの、伝わってくる衝撃はわずかに私の体を後退させる。間近に迫ってきたルミの顔には憎悪も憤怒も含まれておらず、八重歯を覗かせながら物騒に笑っていた。

 先日の共闘でもルミは笑っていたけれど、それとは明らかに性質が異なる。今の彼女は『ようやく獲物を見つけた』とでもいわんばかりの野性的な本能を隠しておらず、無抵抗のままでは屠られるのが明白だった。

「ルミ! 私たち魔法少女には共通の敵がいる! だからこの戦いに意味なんてない!」

「いいや、あるね! お前もあたしも目的があって、そのためには戦わないといけないだろ! 違う目的を目指している、それだけで今は十分ってな!」

 ここで屠られるわけにはいかない、だから私は相手が向かってくる以上は戦いをやめないだろう。

 だけど、戦いたいわけじゃない。私にとっての戦いは生きるためで、いつか家族と再会して…そして、カナデを守り抜くことが目的だった。

 その目的がルミと衝突することにつながるとはどうしても思えなくて、私は自分の無力から目を逸らして無意味を説いた。もちろんそれはルミに届くわけがなく、さらなる斬撃によって切り捨てられる。

 力は非常に強いものの、やっぱりスピードでいえば速すぎるわけじゃない。だから大柄な武器である私もなんとかそれを受け止められて、防戦一方ではあるもののすぐに突破されるようなことはなかった。

 ただ、気になることがある。

(…なんだ…急激に気温が上がっている…?)

 熱い。暑いというよりも、熱い。

 先ほどまではマナミさんの冷気が広がって寒いくらいだったのに、ルミと渡り合っていると急速に周辺気温の上昇を感じる。彼女が持つ斧の両刃の中心には赤い宝玉が取り付けられており、その中で揺らめく光はまるで暖炉の炎のようで…?

「いいぞいいぞ、乗ってきたぁ! こんなに燃え上がれるのは久々だ!」

「…くっ」

 この制服は全気候向けに作られていて、日本の蒸し暑い夏でも快適に過ごせるようになっている。そんな中でも汗が噴き出しそうなほど熱く感じるということは、魔法を纏った衣類ですら耐えられないほど周辺が熱されている証拠だった。

 そして熱は集中力だけでなく体力も若干奪い始め、ルミの攻撃もさばくのが厳しくなってくる。ただ単に力任せというだけでなく、鍔迫り合いの最中にキックを放ってきたり、私の打撃を回避しつつ斧を地面に突き立ててアクロバティックな体術を披露したり、こと近距離戦においては明らかに彼女が上だった。

(…仕方ない、仕切り直すか)

 一方、ぱっと見のルミは斧以外の武器を所持しておらず、搦め手を使ってくるようには感じられない。

 それならばと私はメイスを振りかざして一瞬だけ距離を取り、すぐさま腰にぶら下げていた球状の物体…『ミラーグレネード』を投げつけた。

「おお? そっちはそんなヘンテコなモンがあるのか!」

 もちろんルミに直撃するわけではなく、彼女は斧で斜め上へと打ち払う…けど、それも織り込み済だ。

 私たちの上空でグレネードは弾け、わずかな爆風と同時に周辺を浮遊するミラーボールと鏡が出現した。これでルミにダメージがいくわけじゃないけれど、彼女は意外と用心深いのかわずかに距離を取って斧に炎をまとう。このまま放置していると相手も飛び道具を使ってきそうな雰囲気があったため、私はそうなる前に通常モードに持ち替えて…そして、空中に浮かび続けるミラーボールに向かってビームを放った。

(ランチャーメイス、『リフレクターショット』…これなら!)

 ミラーボールに命中したビームは四方八方へと拡散し、ほかの鏡に複数回反射しながらルミめがけて降り注ぐ。

「うおぉぉ!? お前、こんなこともできるのかっ」

 このミラーグレネードもリイナが開発したサブウェポンであり、単体では攻撃力に乏しいものの、ランチャーメイスのビームを反射することで軌道予測が難しい射撃を可能にしてくれた。

 単調な動きの多い影奴相手ではさほど有効でないものの、今のような…複雑な回避や防御を行う魔法少女相手には効果があると踏んで設計したらしい。私のマジェットを調整していたときに思いついたとのことだけど、たしかに役立っている。

 現にルミはビームをかいくぐるのに必死で、飛び道具を使うようにもこちらへ突進してくるようにも見えない。一応直撃しても致命傷にはならないように威力は調整しているけれど、できればこれで撤退して欲しい…そんな若干甘っちょろいこと考えつつ、私はミラーボールを撃ち続けた。

「…おいおい、こんなことされたら…」

 私ですら軌道予測が難しいビームは確実にルミを追い詰めていて、彼女も攻めあぐねているから根負けしたのだろうか…そんな期待は。

 今日一番の楽しそうな笑顔と、彼女が起こした『噴火』によって吹き飛ばされた。

「私も、奥の手を出さなきゃなぁ!!」

 噴火、それは人間に対する適切な表現じゃないかもしれない。だけど、私の眼前で起こった光景はそうとしか言えなかった。

 周辺を浮遊していた鏡を巻き込むような火柱がルミから燃え上がり、私にまで先ほど以上の熱波が届く。その鮮烈な炎に一瞬目を閉じ、開くと…そこにいたのは、異様な姿に生まれ変わった彼女だった。

「ふー…あっちいな。でもまあ、お前はもっと熱いだろ? こいつがあたしの奥の手…迦具土」

 ベリーショートの短い髪を覆うように、ルミの頭には炎が宿っていた。その形状はボリュームのあるロングヘアのようにも、獣の尾のようにも見える。

 そしてその炎の温度は間近で浴びる太陽よりも熱く感じて、体が危険な気温に対応するかのように汗を噴き出させた。無論、それで間に合うレベルじゃない。

(…そうか、ルミは炎を操る魔法少女…炎に耐性のない相手では耐えられないほどの温度まで上昇させて、それで体力を奪っていく…)

 彼女には似つかわしくないような、遠回りな攻め方。けれどもそれは逃れることができないほどの範囲攻撃でもあって、こんなことならスポーツドリンクでも持参すべきだったと本気で考えてしまった。

「もちろん、これだけじゃないぜ?…『火産霊』。これがあたしの武器の真の姿。それじゃあ、仕切り直しだぁ!」

「…!? うっぐっ!」

 ついには持ち手まですべて炎で覆ってしまった斧を構え、暑さによって反応が鈍くなった私に肉薄してくる。炎の軌跡が揺らめく斬撃をメイスで受け止めることはできたとしても、間近で感じる彼女の炎は…熱すぎる。炎が肌に触れていないというのに、全身に火傷を負ったかのような痛みが走った。

「お前、射撃は強いけど…格闘はいまいちみたいだなぁ! 悪いけど、もうこの距離から逃さない! あっちも盛り上がっているみたいだし、あたしらもケリをつけるぞ!」

「…マナミ、さん…?」

 茹だる脳によって意識が薄れる中、ルミの言葉に反応した私の目はチラリと横を見る。そんな余裕はないはずなのに、どうしてだろうか。

 …心配、してるのかな。マナミさんは現体制派で、私とは相容れないのに。というよりも、私が心配するほど弱くもないだろうに。

 だけど彼女が戦う姿を見た瞬間、その冷気が私にまで届いたかのように…一瞬だけ、頭が冷えた。


 ◇


「存在だけでなく、攻撃までうるさいやつだ…!」

「…口うるさいお前に言われたくないよ」

 アヤカが引き起こす爆発は決してマナミを近づけさせず、二人は中距離を維持しながら攻撃をぶつけ合っていた。

 不規則に引き起こされる爆発はマナミが打ち出すつららを破壊し、その小柄な体を貫くことはない。一方でアヤカの爆発もマナミにクリーンヒットすることはなく、ドンッドンッという爆発音だけが二人のあいだに広がっていた。

 先ほど影奴を捕らえた攻撃も爆発によって阻まれてしまい、決定打を生み出せないことにマナミは苛立っていた。一方でアヤカも渦巻く怒りを小出しにするかのように、幾度となく透明な爆弾を世界に顕現させている。

(こいつの爆発、範囲は広いが…なぜ、私に直接ぶつけてこない?)

 マナミは直情的な性質であり、ハルカはいつも手を焼いていた。敵を見つければ真っ先に攻撃を加えようとするため、一期生の頃はそれが原因で失敗した任務もあった。

 しかし、彼女とて成長はしている。現に『どこからともなく爆発が起こる』という極めて危険な能力に対して真っ向から突っ込むことはなく、牽制のような遠距離攻撃をしながら相手の力を推し量ろうとしていた。

(何度かかすったが、この程度ならいつまで経っても致命傷にはならない…まさか)

 爆発は文字通り範囲が広く、直撃はせずともダメージを受ける。マナミのケープはすでに一部が焦げていて、彼女へのダメージを肩代わりしたことを物語っていた。

 それに対し、焦りはなかった。自分は現体制派であり、負けることはないと心から信じている。

 同時に。この焦れったい攻め方を続けるアヤカに対し、一つの可能性に思い至ったのだ。

「…突っ込んでくる。まるでサイ」

 マナミは自分とここにはいない姉の言葉を信じ、それまでの牽制から打って変わってアヤカへ急接近する。


『マナミ、あなたは優秀な子です。そんなあなたが考えた上で勝てると思ったのなら、私もそれを信じましょう』


 姉様は絶対に私を騙さない、そう考えるマナミに不安はなかった。

 一方でアヤカは『自分の射程距離』に入ったことを理解し、ガントレットに包まれた手で指を鳴らす。すると突っ込んでくるマナミの付近で爆発が起こり、戦闘力を奪えたと爆煙の中で考えていた。

「…はぁぁぁ!」

「…ちっ」

 しかしその煙の向こう側から氷の盾で全身を覆ったマナミが現れ、アヤカの目前で防壁は完全に砕け散った。その勢いは殺さず、再度の爆発が起こる前にレイピアを突き立てようとする。

 一方でアヤカも決して焦る様子は見せず、鋭い剣先を握って突進を止めた。ようやく近くでにらみ合う双方の瞳は、色合いの異なる敵意で塗りつぶされていた。

「やはりな…貴様の能力、相当近くでないと狙いがつけられないと見える。そして、近すぎれば自分すら巻き込む…違うか?」

「…小賢しい女は嫌い」

 確信めいた様子でマナミは口にし、アヤカは面倒そうなのを隠さず一蹴する。それは自分の考えが正しかったことを表しているように感じ、マナミは勝利を確信した。

 そう、アヤカの能力は非常に扱いにくかった。爆発という理不尽なまでの暴力を所有しつつもそれはあまりにも気まぐれで、離れれば離れるほどどこに起こるかわからない。

 そして近ければ自分自身もダメージを負うのは明白で、彼女は自分のこの力を内心で嫌っていた。

「ふん、だが私の勝ちだな…命までは奪わん、貴様らには拠点の情報を吐いてもらうからな」

 そのとき、アヤカが握っているレイピアの剣先から魔力が伝わり、彼女の体を氷で覆い始めた。マナミの能力は攻撃や防御に使えるだけでなく、こうして凍り付かせての拘束すら可能だ。

 魔法少女以外を氷で覆えば完全に絶命させてしまうものの、魔力に耐性がある相手だからこそできる拘束術。すでにマナミの脳内では『自分を褒めてくれる姉様』が浮かび、その慢心は直すべきだと教えられたことを忘れていた。

「…吐くと思う? むしろ、追い詰められたのは…お前だ」

「強がりを…っ!?」

 まだ氷が回っていない手を持ち上げ、アヤカは指を鳴らすそぶりを見せる。そしてそれの意味するところに気づいたマナミは、咄嗟に──。


 ◇


「…マナミさんっ!?」

 マナミさんが凍らせようと肉薄していたら、相手は…あろうことか、自分の目前で爆発を発生させた。

 ドンッ、というひときわ大きな音が地面を揺らす。その響きが耳に届いた直後は本当に熱さどころではなくて、噴き出す汗にはいやな冷たさが含まれていた。

「…き、さまっ…正気か…!?」

「ぐっ…あいにく、お前たちとは覚悟が違う…目的のため、なら…私の命、くらい…だから、くたばれ…!」

 爆発によって吹き飛ばされたマナミさんの体には瞬間的に氷の防壁が覆われていて、咄嗟の防御はできたのだと思う。けれど至近距離の爆発はそれすら貫通して、受け身すら取れなかった彼女は地面を転がる。

 対するアヤカはポンチョに爆発耐性でも仕込んでいたのか、額から血を流しつつも二本の足で立っている。そしてまだ立ち上がれないマナミさんに接近し、再度の自爆攻撃を行おうとしていた。

「おいっ、お前の相手はあたしだ! あたしを見ろ、あたしと戦え!」


「…時間よ止まれ。悪いけど、それどころじゃない」


 これまで温存していた魔力を解放し、私は時間を停止した。この間も暑さは体力だけでなく魔力も奪っていくけど、そんなのは気にならない。

 私はまず目の前のルミにメイスを叩きつけ、すぐさま体勢を立て直して射撃モードに移行する。

「…こんなくだらないことで…命を奪うなぁぁぁぁぁ!!」

 止まった世界では誰にも届かない憤りを叫び、残った魔力をビームに変えて撃ち出す。ターゲットはもちろんアヤカで、その射線にブレはなかった。

「…うぐぁっ!?」

「…あづぅ!?」

 魔力が尽きて時間が動き始めた瞬間、近くからルミの、遠くからアヤカの悲鳴が聞こえる。二人とも魔力のこもった攻撃を無防備なまま受けたものだから、私もびっくりするほどの勢いで吹っ飛んでいった。

「…マナミさん!」

 そんな二人には目もくれず、私はマナミさんの元へ駆け寄る。魔力を使い切った身では回復魔法も使えなくて、ただ息があるのかどうかを確かめることしかできなかった。

「ば、バカッ、私のことは、いい…あいつらをっ」

「…いえ、もう逃げられました」

 あくまでも任務に忠実なマナミさんは感謝するどころか私を叱り飛ばし、やるべきことを弱々しく伝えてくる。

 けれどもあの二人は引き際をわきまえていたのか、私の全魔力を使い切った攻撃に戦闘能力を喪失したのか、煙幕代わりの爆発が起こったかと思ったら姿を消していた。

 今度こそ完全に静寂が訪れたゴミ捨て場に、また「…馬鹿め…」という罵倒が響く。けれど鉄拳制裁は飛んでこなかったため、多分これでいいんだろうと私は自分に言い聞かせた。

「一応救護班にも連絡を入れたので、少し休んでください。担いで帰りたいのはやまやまですが、私も余力がなくて…」

「…私は、魔法少女学園が運営する孤児院出身だった」

「へ?」

 今のマナミさんなら説教もそんなに厳しくないだろう、そう思って甘んじる決意をしていたら…何の脈絡もない告白に、私は間抜けに声を漏らした。

「…そこで、姉様と出会った。姉様は幼い頃から魔法少女になることを義務づけられていて、その一環で学園の関連施設への奉仕活動をしていた…その姿は、私にとって、天使そのものだった」

「…マナミさん」

 仰向けになり、ただ夜空を見上げながら告白を続けるマナミさん。

 その様子は…どうしてだか、年下のように幼気に見えた。

「…この人が望む世界を、私も見たい。そして、いつか…本当の家族になりたい。『姉様』に、なってほしかった」

「…あの、それって」

「…さっき、聞いてきただろ。お前なら、教えてやってもいいって…でも、勘違い、するなよ…お前みたいな、甘ちゃん、私は…認めない…からな」

 そうか、この人は意外と律儀なんだな…そんなことを、ようやく理解する。

 それはまた私に不用意な親しみを芽生えさせ、同時に。

(…自分勝手だ…みんな、自分勝手…)

 自分の目的をかざし、無意味な戦いに私たちを巻き込む。

 そして戦いの中では命が散ることもあり、私はそれがあまりにも愚かだと思う。

(…でも、戦うしかない…私は…)

 戦うことでしか、自分と大切なものを守れない。

 一方的に口にしてから意識を失ったマナミさんを見つめながら、私は終わりの見えない戦いに強い疲労感を覚えた。

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