われわれのみみず宇宙

かもめ7440

第1話


蚯蚓。

大多数の人から嫌われてやむをえない虫だが、

土壌の健全性を維持する上で恵みをもたらしてきた生き物だ。


じゃんかじゃーんと地球上に人間が登場したのは、

約一四〇〇万年前。

けれどまったくのノー・マークだった、

ダーク・ホースですらなかった、

競馬の話やめろよ、蚯蚓が地球上に登場したのは、

北米で発見された暁新世後期の化石から計算されたところによると、

人の一〇〇倍以上にあたる約四.六億年前。

ちなみに六〇〇〇種類もの蚯蚓がいる。


またミミズは土の中で暮らす動物の総重量の、

五〇~八〇パーセントを占め、

日本国内の最も多い報告では一平方メートルの土地に、

一二〇〇匹以上いたらしい。

みすず、といえば可愛いのに。

みみず、それは宇宙だ。


それはたとえば蚯蚓に小便をかけると陰茎が腫れる、

と言われるようなものだ。

いわずもがな迷信ではあるが、

これは雑菌が尿を伝わって陰茎に付くかも知れないという説や、

田畑に養分を与えるミミズへの尊敬と感謝に由来する説がある。

しかし一部の種では、体腔液と思われる毒のある液体を、

刺激された際に放出するものがいて、それが原因の可能性もある。

それはさておき、農家にとって蚯蚓は益虫である。

蚯蚓は一日に自分の体重と同じくらいの有機物を食べるため、

当然その分排泄の量も多く、

一日に自分の体重の半分~二倍排出される。

その有機物や微生物を消化吸収して粒上の糞こそが

野菜にとって重要な栄養素となる。

カルシウム、マグネシウム、カリウム、リン酸などが含まれ、

フカフカな団粒構造の土を作る。

蚯蚓が住み着くことにより土壌が耕され栄養が循環するため、

農作物の生育に適した環境が整えられる。

また良し悪しはあるだろうけれど、

蚯蚓を餌とする様々な生物を集める役割を持っている。

生態系とは様々なバランスの中で成り立っている。

進化論で有名なダーウィンも、

この小さな虫のことをべた褒めしているぐらいだ。

けれど死ぬ間際まで研究していたとなるとこの発言も、

斜に構えてみるべきかも知れない。

ダーウィンは蚯蚓マニアであった可能性がある。

ダーウィンとファーブルが話し合ったらと想像するのが、

ロマンというものだろ―――う。

けれど機械の構成体の一部をなす歯車の一回転も、

その全組織の構造の欠くべからざる一要素。

単純な生き物こそ様々なものの写し鏡になる。


ただ、貧弱でありながら毒に対する耐性が強い蚯蚓は、

しばしば毒蚯蚓と化して様々な中毒を引き起こす。

プラスチックを食べた魚のたとえ話さながらに、

毒蚯蚓を食べた鳥がめぐりめぐって、

人間へと災厄が降りかかって来ることも―――ある。

逆にイギリスでは、この生物濃縮を逆に利用して、

重金属に汚染された土壌の浄化を行っていたりもするが。


とはいえ、蚯蚓はうねうねしているし、

深海生物さながらグロテスクである。

率直な言い方をすれば―――醜い。気持ち悪い。

ごくごく、一般的な人間の評価だろうと思う。

ただ、醜さというのが差別や迫害の動機ともなっているように、

無意識的な心理の方面ではもしかしたら、

恐怖を促すためにその姿に進化したのかも知れない。

その方面ではやはり蛇が思い浮かぶわけだけれど、

蚯蚓にいたっては手足どころか、

頭、触角など目につく顕著な器官が体表に何もない。

弱いということを体現しているともいってもいい姿だ。


こういうのを食べようと思う人がいるというのも変だが、

まあ、栄養価の高い蚯蚓はいるし、蝸牛だってエスカルゴだろという具合で、

アメリカのカリフォルニア州などでは、

蚯蚓を使った料理コンテストなども行われている。

ただ、蚯蚓なんて何処にでもあるという人にとっては信じがたいだろうが、

食用の中でも上質なものは、六〇〇〇円とか八〇〇〇円する。

もしかしたら店が特注で頼んでいるような場合なら、

もっと値段は高いかも知れない。

ちなみに都市伝説のミミズバーガーは、手間やコスト上からも、

一般人に何のうかがいもなく入れる事自体すでに有り得ず、

フェイクニュースならいざ知らず、世間一般のイメージが、

事実だとわかった瞬間、

店にとってどれだけの大打撃になるだろう。

ただ、幸か不幸か、それゆえにユーチューブでミミズバーガー作ってみた、

という動画を楽しく眺めることが出来る。


ただ、下等な生物と思われがちであるが、

むしろ顕著な頭部器官や疣足を持つ同じ環形動物門の多毛類のような、

複雑な形態を持った祖先から、地中生活への適応として、

二次的に単純化を起こす方向で進化したものとみるべきもの。

いわば存在価値にかかわるような機能の出現によって、

その形成をうながされ、

固まり、成長してきたと考えられる。

その戦略も間違っているとは思えない。

とはいえ―――とはいえ、である。

日本でも数十センチの蚯蚓がいるが、

アフリカや南アメリカでは二メートルを超える種類があり、

オーストラリアに住むメガスコリデス・アウストラリスは、

三.三五メートルまたは三.五メートルと言われる。

分かり易く大きくしてみるわけだが、

こんなのが夜中に傍で眠っていたら、

それは恐怖でしかないだろ―――う。

気持ち悪いとか、怖い、なんかすごく嫌は正義である。

そんな時にふっと思い出して欲しいのだが、実は蚯蚓大権現とかいう、

蚯蚓の神社というのがある。

ネタを話せばすぐにわかるのだが、大流行したコレラや腸チフスが、

非科学的きわまりないが蚯蚓の祟りだと噂され、

蚯蚓の供養のためにお堂を建立し、蚯蚓を祀っている、というものだ。

迷信だって何だってそれで気が鎮まれば儲けもの。

霊感詐欺は一切オススメしないけどね。


また蚯蚓を煎じた生薬もあり、

その腸内細菌の力は東洋医学の世界でも認められている。

こんな時、僕等は中国っていう国の底知れない漢方というものを思い知る。

というか、僕が。

どうして僕は、奥さんに頼んで、

中国で漢方の店を拝見しようと思わなかったのだろうか、

僕はデパートで安いお菓子をお土産に買い、川を見、

奥さんの学校の同級生の経営しているらしい店でビールをしこたま飲んだ。

色々間違っていた、いつも後になって思うんだ。

犬食の看板の向こう側にはついぞ、

吸い込まれたくないと心には決めていたけど。

けどね、何で僕がこんな胡散臭いエピソードを話してるかっていうとね、

簡単だよ、犬はね、蚯蚓の死骸の臭いが好きで、

時には食べることもあるらしい。

犬の飼い主全般、腕組み、眉間に皺寄せ、何やってんだと思うだろうけど、

犬が死んだ飼い主の顔を食べてしまうという話さながらに、

犬って腐った肉、猫の糞なんかも匂い的に結構イケるみたいなんだね。

それを気持ち悪いと捉えるのも真っ当なんだけど、野生時代の名残。

トイレをする前に、ぐるぐる回転するのも、

地球の磁場を感じ取って南北の方角軸に沿って身体の向きを揃えるため、

という話もある。別にどんな向きでもする犬もいるんだろうけど、

重力とか磁場ってあんまり馬鹿にできたものじゃない。

有名な神社も磁場の上に立ってたりする、まるで風水みたいに。


ところで、蚯蚓が釣り餌として優秀だという話は、

釣りをしない人は知らなくとも、

「蚯蚓はよく使っている」ということは知っているはず―――だ。

僕なりに調べてみてわかった限りではだが、

昭和二十年代の釣りの本には蚯蚓の餌は最上のものということが、

きちんと謳われているし、渓流釣りとも縁がある。

ちなみに日本で一般的に二種類が売られていて、

「キジ」と呼ばれているツリミミズ系と、

「ドバミミズ」と呼ばれるフトミミズ系になる。

しかしそんな蚯蚓がアメリカでクレイジーワームと呼ばれている。

その一つの要因が、釣りの餌として、

アメリカの釣り人界隈で蚯蚓が脚光を浴び、

次々と持ち込まれるようになったかららしい。

蚯蚓を欲しがるなんてどう思うとか近所の人に聞いてみなよ、

「ゴキブリの研究機関みたいなものの親戚ですか」

と偏見丸出しで言われるよ。まったくね。その通りだよ。

でもそれはね、多くの人が釣りをしないからだ。

知らないことに想像力はまったく働かないように出来ているからね。


でも時折には、一コマ一コマの構図を考えてみるのもよい、

心はより多くの関心を、レンズの絞りと光線に配られている。


けれど他にも輸入された土壌や植物に混入して、

蚯蚓が意図せずに持ち込まれることもある。

蚯蚓の卵はとても小さいがゆえに、

付着していても気付かない場合が多い。

ハイキングシューズの底や、マウンテンバイクのタイヤに、

卵が付着して持ち込まれる。ゾッとするような話だ。

そして回数ではないが、結局は回数といったところもある。

一回や二回ならまだいいが、

何十回、何百回ともなれば深刻の度合いは増してゆく。

僕はヒアリやブルーギルなんか話とあわせて想像している。


蚯蚓は弱い生き物だけれど、繁殖能力は高い。

そんな風に最初は餌として運ばれた蚯蚓が森に放たれ、

どんどん増加の一途を辿った。

蚯蚓は日本では主に落葉を食べて糞をして豊かな土壌を作って来た。

しかしアメリカの落葉樹林では落ち葉が水の過剰な蒸発を防いだり、

病原菌を遮断するという役割を果たしている。

落葉はその環境にとって大切な存在。

だが日本の蚯蚓は落葉を食べる速度が尋常ではないぐらい速い。

蚯蚓がいない森林では土の分解がゆっくりと行われる。

地表には何年分もの腐葉土が溜まっていて、

それによってゆっくりと芽を出して成長する植物たちが沢山いるのだが、

蚯蚓はどんどん食べて繁殖し、ついには多くの植物が育たなくなった。

その結果、たった二種類の植物しか育たなくなった森林もあり、

当然ながらその植物たちを食べていた生き物達も食糧がなくなる。

こうして次々と在来種を追い込み、

生態系が大きく崩れることになってしまったのだ。


ちなみに蚯蚓の繁殖力を示す面白い実験があり、

それは火星で蚯蚓が生きられるかを試したものだ。

これを行ったのはオランダの大学なのだが、

火星の土で蚯蚓がが生き延びられるか試したのだが、

ミミズは生き延びただけでなく、子作りにも成功していた。

とはいえ、語弊や注釈はつく。

あくまでも火星のような土を使っただけで、

その環境を正確に模倣したわけではないから―――だ。

とはいえ、この実験は将来的に人間が火星に移住する

テラフォーミングの可能性を示唆したものになった。

またミミズ型ロボットの話もある。

僕等の科学技術は動物や昆虫や植物を模倣したもので、

バイオミメティクスという。

カワセミの嘴が新幹線のノーズになったり、鮫の鱗が競泳用水着、

蜂の巣の構造が航空機などの構造材、靴のクッション材になる。

そしてそのように、ミミズ型ロボットである。

月の重力は地球の六分の一しかないため、

重力を使って進む通常の掘削機は月面ではうまく掘り進められない。

だが、ミミズ型ロボットは掘った壁の側面を支えにして進むため、

低重力の環境でも安定した力を出せる。

さらに蚯蚓のように掘った土をお尻から出せば、

より深く掘り進むことができる。

そんな風に、二十二世紀は蚯蚓の時代だ。

見る意味はかぎりない急転回と、躍進と、測りしれざる未来。

その新しき視線への崩るるごとき没入。

溶接の一関連体とする巨大なる溶鉱炉さながらに、

僕等はもしかしたら宇宙を蚯蚓のようだと考えるかも知れない。

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