約束の絵本 Another Side

異端者

『約束の絵本 Another Side』本文

「将来……私の絵本に、絵を描いてほしいの」


 私は勇気を出して、彼にそう言った。

 当時、私は人付き合いが苦手で教室の隅で本ばかり読んでいた。

 同級生は、そんな私をさげすんで笑った。子どもは無邪気……大人たちはいつの間にか自分たちが子どもだった頃を忘れてそう言うようになるが、現実は残酷だった。

 子どもは残酷だ。自分たちの仲間でないなら、何をしても許される。殴っても、盗んでも、水をかけても――知っていても、誰も注意しない。

 私は来る日も来る日もそれに耐え続けた。なるべく彼女たちと関わらないように、教室の隅で本を読んでいた。そんな私が、作家になりたいと思ったのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 私は絵本作家になりたいと思った。しかし、私は絵が得意ではなかった。他人に話すと、皆、無理だと言って馬鹿にして笑った。

 そんなある日、ふとしたことからある男の子の描いている絵を見た。その子はいつも絵ばかり描いているようだった。

 ――うわあ。すごい。

 彼の絵には「夢」があった。見たこともない景色に、空想上の生物――単純に上手いとか下手ではなくて、彼にしか描けない絵だった。

 思わず、私は彼に言った。

「私の絵本に、絵を描いてくれない?」

「絵本?」

「うん、そう! 私、絵本作家になりたいの!」

 私はできるだけ自信ありげに言った……が、内心は拒絶されたらどうしようかと不安だった。

 彼は他の人と違って、笑わなかった。


 それから、私は学校の休み時間に彼と話すようになった。どんな絵本にするかを。

 それは楽しい一時ひとときだったが、きっと時間にしたらほんのわずかだっただろう。

 私は学校から帰ると、母に連れられて塾に行った。塾のない日でも、勉強するようにと執拗しつように迫った。私が絵本にするため物語を書いているのを知ると、見つけ次第それを捨てた。

「私はあなたのためを思って――」

 それが母の口癖だった。私はちっとも幸せではなかった。

 そんな母を避けるかのように、父の帰りは遅かった。仕事が忙しいとのことだったが……本当のことは分からなかった。

 小学校高学年になると、彼とも少し距離ができた。それでも、私は機会を見つけては彼に会おうとした。

 彼といずれ作る絵本の話をしている間だけ、救われる気がしたからだ。そこには「夢」があった。私は彼の描く絵も彼自身も好きだった。


 しかし、中学の時の父の転勤での引っ越しによって、それも終わりを迎えた。

 最初の頃は連絡を取っていたが、徐々に疎遠になっていった。

 好きだと一言伝えればそれも変わったのかもしれないが、私にはどうしてもその一言が言えなかった。

 母の熱心な教育は続いた。それは苦痛でしかなかったが、本気で私のためだと思っているようだった。私は母の勧めるまま、高校、大学へと進んだ。

 それでも、私は物語を書き続けた。彼が約束を覚えてくれていると、どこかで期待していた。いや、そう思わなければ耐えられなかった。

 そんなある日、私は体の不調を感じた。体が酷くだるくて、何をするのも辛くなった。

 母は最初なまけていると言っていたが、いつまで経っても治らないので私を病院に連れていった。

 そこで診察を受けて、もっと大きな病院で精密検査をするように勧められた。その病院の精密検査で、私は難病だと告げられた。

 母は泣き崩れた。だが、私はそれを冷めた目で見ていた。

 この人が泣いているのは私のためじゃない。一生懸命育てた娘が不良品だった、そんな不良品をつかまされた自分をなげいて泣いているのだ――そう感じたからだ。

 私は入院することになった。

 最初のうち、母はどうすれば早く治るとか、こうした方が健康にいいとか、やたら口を出してきた。父も暇を見ては会いに来てくれた。

 そのうち、母はそんなことを言わなくなった。書く物を渡して、好きなように物語を書いても良いと言うようになった。医師も私の病状について詳しく言わなくなった。

 「その時」が近いのだと察した私は、物語を書くことにした。


 努力すれば報われる――嘘だ。何一つ報われなかった。

 頑張った分返ってくる――嘘だ。何も得られないまま私は……。

 それでも「夢」を――


 私は最後の物語を書く。そして、彼への最初のラブレター。

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