第24話

『じっくり話し合った方が良い』

デービス様の言葉を頭の中で繰り返す。


私とフェリックス様の会話……うん……あまり思い出せない。私が喋ろうと口を開くと、フェリックス様が睨むからだ。

でも私達に会話が足りないのは本当の事だ。この前も意を決して話をしたが、言い逃げの様な形になってしまったし……。


そんな事に気を取られていたからだろうか、


「あ!いけない!ペンを忘れたわ!」

私は図書館に忘れ物をした事を思い出した。


まだ図書館からはそこまで離れていない。今直ぐに引き返せば、夕飯までには家に帰れる筈だ。


私は今来た道を引き返すべく後ろを振り向き……

ある人が目に入った。私が振り返った途端、その人物は物陰に身を隠す。あれは……


「ハウエル家の使用人の方……?」

私は見覚えのある顔を良く見ようと足を踏み出した。


彼が隠れた物陰に数歩近付いた時、その人物はその物陰を飛び出し、私から逃げる様に走り去る。


「あ!ちょ、ちょっと……待って!」

明らかに私から逃げている。そっちがその気なら……


「ちょっと!!待って!!」

と私はその人物の後ろを全速力で走って追いかけた。


逃げる男、追う女。

街ゆく人が振り返る。


すると、その男性の前に、ちょうど図書館から出て来たデービス様が驚きながらも立ち塞がる。


「メ、メグどうした?大丈夫?」

デービス様は理由はわからないながらも、その男性を捕まえて私に尋ねた。


「は、離して下さい!」

まさか、デービス様がそんな行動に出るとは思っていなかっただろう男性は慌ててデービス様から逃れようとするが、デービス様はがっちりホールドしている。


「ハァ、ハァ、ハァ、デービス様……あ、ありがとうございます」


やっと追いついた私は、膝に手をつきながら息を整える。


「こいつが何かしたのか?」

デービス様は捕まえた腕をねじ上げた。男性は少し痛そうに顔を顰めるが、


「何もしていませんから!」

とまだまだ、もがいていた。


「あ!手荒な、真似はしないで、下さい!……あ、貴方……ハ、ハウエル侯爵家のか、方ですよね?」

息が切れているが、何とか私はその男性に問う事が出来た。


その男性はバツが悪そうに俯いた。デービス様は目を丸くして、


「え?ハウエル家の使用人?何でメグがそんな人を追いかけてるのさ」

と驚きながら、その男性の顔をまじまじと確認する。すると、彼は、


「クソッ!!だから俺には無理だって言ったのに!」

と吐き捨てる様に言って、諦めた様にもがくのを止めた。



「さて……話を聞こうか」


近くのベンチに捕まえた男と、がっちりと腕を組んだまま腰掛けたデービス様が問ただす。

私はその逆に座り、


「貴方……ハウエル侯爵の家で働いている方よね?見覚えがあるわ」

と優しく尋ねた。男は観念した様に、


「はい。ハウエル侯爵家で庭師をしております。……こんな事、俺の役目じゃなかったんだ……」

最後の言葉は独り言に近い程の小声だった。


「何故、メグの後をつけていたんだ?」


「怒っているわけではないの。理由を知りたくて……」

私達からの問いに、彼は、


「いつもなら護衛の仕事なんですよ。そいつがどうしても外せない用があるからって……。きっと女との逢い引きです。……クソッ、やっぱり断れば良かった」

悔しそうに膝を叩く。


「いつもなら……って。いつも、私の後を?」


「後をつけていた訳ではなくて……見守っていたんです」


「「見守る?」」

私とデービス様の声がハモる。


「はい。姫……じゃなくて、マーガレット様は学園に通うようになってから、帰りに図書館に寄る様になりましたよね?しかも歩きで。ですのでロビー伯爵家に着くまで、ハウエル家の護衛がいつも見守っていたんです」


『姫』という言葉に少し引っかかるが、この際そこはスルーして……


「ずっと?毎日?」


「そのようです。学園のある日は。俺は今日頼まれたんで偶々ですけど」


……知らなかった。いや全然気づかなかった。


だが、大きな疑問が一つ残る。しかし私が尋ねる前に、


「それを依頼したのは……」

とデービス様が庭師に尋ねる。


「フェリックス様です。でも、俺が言ったって言わないで下さい!!」

と庭師は私達に懇願した。


「フェリックス様が?」

驚く私とは裏腹に、デービス様は大きく頷いて、


「なるほど。……彼も中々素直じゃないね」

と呟いた。


「フェリックス様はお仕事で忙しいので、自分の代わりに見守る様にと仰られて……」

庭師は隠すことを、諦めたのかペラペラと喋り始めた。


「それで護衛を使っていたという訳か」

デービス様の言葉に、私は、


「フェリックス様は何故そんな事を?」と首を傾げた。


すると、デービス様は驚いた様に言う。


「まだわからない?彼は心配だったんだよ、君が」


……心配?私を?何故?

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