第23話

「お父様、あの……ハウエル侯爵様から何か言ってこられておりませんか?」


あのお茶会から二日。直ぐにでも婚約解消の話が侯爵側からもたらされる筈だと待っているのだが、一向にその気配がない。


「ハウエル侯爵?いや?今日も王宮で会ったが、殿下が帰国される事をお互い話しただけだったよ」


……なるほど。殿下の帰国の準備で忙しい侯爵に気を使って、フェリックス様も私達の婚約解消を言い出せないのかもしれない。

でも、殿下の帰国を待っていたら私は卒業してしまう。卒業後は直ぐに教師になる為の試験を受けるつもりなのだが、それまでには婚約を白紙に戻してスッキリしたい。

……だが……父や母の気持ちを思うと少し暗くなってしまう。貴族の娘として生まれたのに、その責務を果たせない娘で申し訳ない。しかし少しでも婚約解消された女性が生き易い国になる足がかりになれば幸いだ。


フェリックス様にも心置きなくステファニー様の専属騎士になってもらえる様に、私は勉学に励もう。私はそう思いながら父に背を向け自室へと戻った。




……が、しかし。




「フェリックス様!?どうされたのです?」




学園の門を出た途端腕を掴まれ、私は驚きで大声を上げそうになったところ、慌てたフェリックス様に、


「俺だ!俺!大声を出すなよ……気づかれる」

と口を大きな手で塞がれた。


フェリックス様にそのままズルズルと引きづられる様に脇道へと連れて行かれ、やっと私の口が自由になったという訳だ。


「この前は話が途中だっただろう?きちんと話し合う為に来たんだ」


「私はもうお話する事はないのですが……。フェリックス様には何かありまして?」

首を傾げる私の目の前には顔を赤くしたフェリックス様が居た。……怒っているのかしら?


「あ、あるに決っているだろう?!」


「私が婚約解消を言い出したのは不味かったでしょうか?もしかして……私の、有責……とか?」

私はそれを口に出してから、青くなった。

……どうしよう……慰謝料を払えと言われたら。でも、私としてはフェリックス様の気持ちを最大限に配慮した結果だったのだけど……。


「は?お前の有責な訳ないだろう!」


私はフェリックス様のその言葉にホッとした。


「あ~良かったです。両親に顔向け出来なくなる所でした」


「何が良かったんだ?!どっちの有責でもない!!というか、俺は婚約解消なんか……」

とフェリックス様が言いかけたその時、


「おーい!!フェリックス!!どこだ?!」

と誰かの呼ぶ声がした。



「フェリックス様、どなたか呼んでいらっしゃいますけど……?」


「チッ!!クソッもうそんな時間か。……いや、交代にはまだ早いだろ!!」

とフェリックス様は独り言でブツブツ文句を言っている。……どうも仕事中に抜け出して来た様だ。


「フェリックス様、お仕事中だったのではないですか?」


「そうだが……休日まで待てなかった。いいか、良く聞け、俺は婚約解消なんか……」

フェリックス様が真剣な顔で、私の両肩を掴みそう言いかけた時、


「あ!!居た!!フェリックス、探してたんだぞ?!」

とフェリックス様と同じ近衛騎士の格好をした男性が走ってきた。


「ロン……交代まではまだ時間があるだろ?」

フェリックス様はその男性にイライラした様子で話す。


「そうじゃないよ!緊急招集だ。殿下の帰国が早まる」


「は??じゃあ、準備が……?」


「全て計画練り直しだ!ほら行くぞ!!」


フェリックス様にロンと呼ばれた男性はフェリックス様の腕をグイッと引っ張った。


「フェリックス様、直ぐに行かれて下さい」


私はそう言って、フェリックス様を見送る。


すると、フェリックス様はロンという男性に引っ張られてながらも、私に振り返り、


「マーガレット!俺は婚約解消なんかしないからな!!!!」

と叫んだ。


私はその言葉に呆然とする。


そして思った『え?なんで??』と。


「解せない……」 

呟いた私にデービス様は語学の勉強をしながら、


「ん?どうしたの?」

と尋ねてきた。


あのお茶会から一週間。学園で待ち伏せされてから五日。もちろんうちにハウエル侯爵から婚約解消の『か』の字もない。


「実は……フェリックス様に婚約解消していただいて構わないと言ったんですけど……」


「え?とうとう言っちゃったの?本当に?」


一週間ぶりに会うデービス様は目を丸くして大きな声を出した。周りから冷たい視線を浴びる。

デービス様は改めて小声で、


「で?フェリックス殿は何だって?」

と更に尋ねてきた。


「それが……『婚約解消はしない』……と。だからどうしてもそれが解せなくて」


私の答えにデービス様は深く頷く。


「まぁ……君には解せないだろうけど、僕としては『だろうね』としか思わないかな」


「ど、どうしてです?私は良かれと思って……」


「うーん……。フェリックス殿は本当にステファニー嬢の専属騎士になりたいのかな?」


「多分……。ステファニー様は『フェリックス様が専属騎士になりたがっている』と、そう仰っていました」


「じゃあ、フェリックス殿は?」


……そう言えば、フェリックス様から直接言われた事はない。いや、婚約者には言いにくい話だろうと、私はそう思い込んでいた。


「直接言われた事はありませんが……子どもの頃『近衛になってステファニー様を守る』と仰っていたので、そういう事だと……」


「でもさ。それって矛盾してないかな?専属騎士って近衛に勤めてるままでなれるものなの?近衛は王宮や王族を護衛するものだろ?担当はあるかもしれないが、仕えるべきは国王陛下だ」


確かに。そう考えると矛盾しているが。


「でも……子どもの頃のお話ですし。フェリックス様が言い間違たのかも……」


「でも……ハウエル侯爵は近衛騎士団副団長だろ?その息子のフェリックス殿が近衛を辞めるなんて……良く考えたら有り得ない様な気がするけど」

とデービス様も首を捻った。デービス様と話していると、確かにその通りだとも思える。


「……デービス様。もっと早くに気付いて欲しかったのですが……」

自分が気付けなかった事を棚に上げ、私はデービス様にチクリと言った。一緒に旅行するって話の前に気付いて欲しかった……とはいえ、今更だ。私は教師になるという夢を得た。フェリックス様は頭が固いので、結婚相手が働きに出るなど、到底許せないだろう。


「ハハハ。確かに。落ち着いて考えると矛盾してるなって思ってさ。でも……メグ、君とフェリックス殿に圧倒的に足りないのは『会話』だよ。もっとじっくり話してみたら?」


「確かにあまりゆっくりとフェリックス様とお話した事はありませんね……いつも途中でステファニー様の御用が入るんですよね……何故か」


「なるほどね……。フェリックス殿は女心に鈍感とみえる。きっと君とのお茶会の日がステファニー嬢にバレバレなんだろうなぁ……態度で」

と何故かデービス様は独り言の様に呟いた。

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