第8話

応接室に入る前、私は大きく息を吐いた。

……フェリックス様がいったい私に何の用なのだろう。



「失礼します」



部屋へ入ると、長椅子に足と腕を組んだフェリックス様が私を見るなり、


「今日は何処へ行っていたんだ?!図書館に行かなかっただろう?!」

と詰問された。



私は入り口に立ったまま、


「はい?あ?え?」

と目を白黒させる。


フェリックス様はバッ!!と立ち上がると、入り口の私の方へと近付いて来た。……何だか怖い。私は指で眼鏡をそっと直すと目の前まで来たフェリックス様を見上げた。


「何処へ行っていたんだと訊いている」


「あ……あの……カフェへ」


「またか??お前……そんなにカフェが好きなのか?」


「いえ……いや、まぁ好きですけど、あの……」

としどろもどろの私にイラついたのか、


「何故お前はそんなに、オドオドしてるんだ?」

とその原因であるフェリックス様から尋ねられる。……貴方が威圧的だからです……とは言えない。私が答えに困っていると、私の背後から、


「あの……ハウエル侯爵令息様。同僚の騎士の方がお見えです。アンダーソン公爵令嬢様の王太子妃教育がそろそろ終わるから……と」

メイドがそう声を掛けて来た。


フェリックス様は私の背後のメイドにチラリと目をやると、


「チッ!時間か……」

と舌打ちをして、


「俺は行く。いいか?お前は大人しく本を読んでれば良いんだ。分かったな?」

と私の肩をガシッと掴む。私は咄嗟の事に、コクコクと頷くしかなかった。


フェリックス様は嵐の様に来て嵐の様に去っていった。

掴まれた肩が少し痛い。そう言えば……あんなにフェリックス様と至近距離で相対したのは初めてかもしれない。


最近のフェリックス様は何だか変だ。今の今まで私の事など放置していたというのに……私は首を傾げざるを得なかった。

アイーダ様とカフェに行ったあの日……フェリックス様が去っていく私達の背中に声を掛けて来た……様な気がしたが、それを無視してしまったからだろうか?いや……気の所為かもしれないし、そんな事で?と思わなくもない。

だがプライドの高そうなフェリックス様だから……と色々考えてもフェリックス様の事は理解できそうも無かった。


「メグ!ドレスが届いたわ!それにお誘いのお手紙も」


何故だか、母がウキウキしていた。何故かと尋ねると『だって……せっかく女の子を産んだのにドレスをプレゼントされたのが初めてなんだもの。母親だって、何だか嬉しくなっちゃったのよ』と笑顔で答えた。


そうか……よくよく考えなくてもフェリックス様にドレスをプレゼントされた事など無かった。

いや、ドレスだけではなく、プレゼントされた事自体殆ど無い。

フェリックス様から贈られたもの……遠い昔、婚約して間もない頃に贈られた一冊の本。

今思えばあれが私が本の虫になるきっかけだった。

ある魔法使いのお話。落ちこぼれの魔法使いが名を上げる為に悪いドラゴンを倒しに行くのだが、その道中で色んなハプニングが起こる。それを乗り越えながら、主人公の魔法使いは少しずつ成長していく……そんな物語。

とても面白くて、私は夢中になって読んだ。

きっとフェリックス様の年齢に合わせた本だったのだろう。あの時の私には少し難しい言葉が多かったけど、それでもワクワクしっぱなしだった事を覚えてる。


「でも、それをフェリックス様に伝えてお礼を言ったのに……何故か顔を赤くして怒ったのよね。あれ?あの時私、何で怒られたのかしら?怒られる様な事をした覚えはないのだけど。あの時、フェリックス様って……何て言っていたかしら?」


私が独り言を言っていると、


「何をブツブツ言ってるのよ。ほら、早く開けてみましょうよ!」

と私より目を輝かせた母に促されて、私はドレスの箱を開けた。


「うわぁ……素敵」「まぁまぁ!!なんて綺麗なレースでしょう」


私達二人はそのドレスに一瞬で目を奪われた。

ゴテゴテとした飾りはないが、広がりを少し抑えたスカートには綺麗なチュールレースが施され、淡いグラデーションを描く。ホルターネックになった背中は大きく開いていた。だけど、その背中を隠すように大きなリボンが付いているが、それがまたアクセントになっていて、可愛らしい。


「こんなの……あまり見たことはないわ」


「本当ね。でも凄い素敵。きっとメグに似合うと思うわよ」

と母はうっとりとそのドレスを眺めていた。





「デービス様、ドレスをありがとうございました」

私は図書館でデービス様を見かけると、急ぎ足で近付いて小さく頭を下げた。

本棚で本を物色していた彼は、私の姿を認めるとバラバラと捲っていた本を閉じ、私に微笑んだ。


「届いた?良かった。間に合ったね」


「はい。こんなに早く出来るなんて驚きました」


「あのローレンは腕が良いんだ。有名な店ってわけじゃないし、あまり貴族相手の商売はしていないが、僕は信頼している」


「あのドレスを見た人は皆欲しがると思います。

たちまち有名になってしまうかもしれませんよ」


「そうなったら、ローレンが困ってしまうかもしれないな。彼女はあまり商売っ気が無くてね。僕はもっと話題になってもおかしくないって思っているんだが、彼女は彼女のペースで仕事がしたいらしい」


「なら……お店のお名前は内緒にしておいた方が良いかもしれませんね」


「あぁ、そうして貰えるとありがたいよ」


私とデービス様は微笑み合った。


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