第7話
「いえ。日頃の運動不足のせいです。意外とここまで遠くて。自分の考えが甘かったのです」
「は?歩いて来たのか?」
「は、はい。いつも学園からは歩いて帰っているので……」
図書館に寄ると時間を忘れてしまう私だが、流石に馬車で御者を待たせていると思うと、ソワソワして本に没頭出来ない。
「馬車ぐらい使えば良いだろう?お前は一応伯爵令嬢なんだ。そんな所でケチるなんて……」
『一応』ね。普通の伯爵家だと思うのだが、フェリックス様はどうも身分で人を格付けしたり判断するきらいがある気がする。最初に会った時も侯爵令息だ、伯爵令嬢だと言われたものね。
「はい。申し訳ありません。以後気を付けます」
「何度も謝るな。謝罪が軽く感じる。さっさと座れ」
私は不機嫌そうなフェリックス様に促されて向かいの席へと腰掛けた。
歩いて来て喉も渇いたので、冷たいお茶を頼むために給仕に声を掛けようと探してキョロキョロしていると、
「おい。俺は時間がない。この後ステファニーを宝石店に連れていかねばならんのだ」
と言われて、私は思わず
『ならば今日お茶会をしなければ良かったのでは?』
と口から出そうになるのを我慢した。
「左様でしたか……」
私は給仕を呼び止めるのを諦めた。向こうが気がついてくれたらその時はお茶を注文しよう……そうしよう。
フェリックス様は腕を組んだままイライラしている様子だ。
この後のステファニー様との約束が気がかりなのだろう。
このまま無言でいても間が持たない。私は意を決して口を開いた。
「あの……今日はどういった御用で?」
私はいつもより早く開かれたお茶会の意図を確認した。
「用とは?婚約者同士がお茶会を開くのは、常だ」
「は?……確かに普通の婚約者同士なら、そうでしょうけど……」
私が口を開く度に、フェリックス様に睨まれて私の言葉尻はどんどんと小さくなっていった。
「何だ?俺達が普通ではないような言い方だな」
普通じゃないと思っているのは私だけなのだろうか?フェリックス様の普通が分からない。
「いえ……決してその様な事は……」
「モゴモゴと喋るな。下を向いて話すから声が聞こえないんだ」
いちいち怒られていては、顔も上げられない。
私は飲み物も注文せず手持ち無沙汰なまま、この地獄の様な時間をどうにかやり過ごせないかと、そればかり考えていた。
「…………で過ごせば良い」
そればかり考えていたせいで、フェリックス様の話を聞いていなかった。はて、今なんて言ったのだろう。でも、聞き返すなんて怖くて出来ない。
「は、はい」
と、一応返事だけはしておく。何の事だかさっぱり分からないけど。
「俺からの話は以上だ。時間がないので失礼する」
フェリックス様はカップに残った珈琲をグイッと飲み干すと、席を立った。私も慌てて席を立つ。
「お前、何も頼んでいないじゃないか?せっかくカフェに招待したというのに。俺は時間がないからもう行くが、お前は何か飲んでから帰れ。カフェが好きなんだろう?カフェが。支払いは済ませておく」
物凄く早口でフェリックス様をそう言い残すと早足で去っていった。
出口付近で私の方を見て店員に何かを言っていたので、支払いは本当に済ませてくれている様だ。
……しかし。何とも勝手な人だ。結局、何の用だったのだろうか?それすら全く分からなかった。
私は改めて椅子に腰掛けて、ゆったりとした気分で給仕に声を掛けた。フェリックス様が居ないと空気が美味しい気がする。
「二日も顔を見なかったから、病気かと思ったよ」
図書館で私の顔を見たデービス様は開口一番そう言った。
「いえ、体調は問題なかったのですが、街のカフェにお誘いいただきまして」
「カフェか。僕も行ったことはないなぁ。ルーベンス子爵の子ども達はまだ幼いしね。カフェなんて誘う相手も居ないし」
肩を竦めるデービス様に、
「別に男性同士で行っても良いのですよ?」
と私は何も考えずに答えた。
「ほら……僕って訳ありだろ?学園にも通ってないし、友達と言える人物は君しか居ないんだ」
少し寂しそうなデービス様に私は自分の言葉を後悔した。しかし、口から出た言葉はもう飲み込めない。するとデービス様は、
「そうだ。じゃあ、メグ一緒に行かないか?」
と少し首を傾げてそう言った。
「私?」
もう二日連続で同じカフェに行った。正直『また?』と思わなくもないが、さっき私は不用意な発言を後悔したばかり。
「そう。僕には友達は君しかいないしね」
と言われてしまえば私に断るという選択肢は無かった。
そうして私は三回目となるカフェ訪問を約束する事になってしまったのだ。
翌日、さっそく私とデービス様はカフェに行ったのだが……まぁ、それは普通に楽しかった。私達の会話の内容は殆どが今読んでいる本について。
図書館ではお喋りは控えめにしているが、カフェではお喋りが中心。私達の会話は尽きることが無かった。
カフェでデービス様と別れる。送っていくと言われたが、この前の反省を踏まえ、今日は馬車を用意していた。
こんな短期間で三回もカフェに行くとは思っていなかったが、気の合う人とお茶をするというのは、こんなにも楽しいものなのだと、私は初めて知った。……フェリックス様とのお茶会では味わった事がない経験だった。
今日もまた楽しい気分で家に帰ってきたのに……
「メグ大変よ!!」
母がノックもせずに私の部屋の扉をバーンと開ける。
「お、お母様?!どうされました?」
着替えの途中だった私は面くらう。
「は、早く着替えてしまいなさい!!き、来てるのよ!」
「来てる?何が来たのですか?」
私はそう言いながらも着替える手を止めずに、ワンピースのボタンをとめる。
「フェリックス様よ!!」
私はその名前に思わず手を止めた。……フェリックス様が?何故?一昨日カフェで慌ただしいお茶会をしたばかりなのに?
フェリックス様が私を訪ねてくるなんて珍しい。いや……お茶会以外で来たことなどない。
「な、何の用でしょうか?」
「分からないわ。とにかく『マーガレットはいるか』って」
あぁ。せっかくの楽しい気分が台無しだ。
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