第5話

私達が連れ立ってアイーダ様の馬車へと向かっていると、門の所にフェリックス様が立っているのが見えた。


「あら?あれはフェリックス様ではなくて?」

アイーダ様の質問に、私は眼鏡の位置を直しながら、


「その様ですね」

と答える。彼は今の時間王宮で働いている筈だが?不思議に思っていると、フェリックス様がこちらに近付いて来た。


はて?何か用かしら?私がそう思っていると、


「マーガレット、何処へ行く」

私の目の前に来たフェリックス様はそう私に尋ねた。……彼と話すのは何日……いや何週間ぶりかしら?いや、最後に話たのは一ヶ月以上前の定例のお茶会以来。定例といっても、子どもの頃はひと月に一回だったお茶会もどんどんと間隔は空いていき、今では三、四ヶ月に一度となっていたのだが。


「アイーダ様とカフェへ」

私は簡潔にその問いに答えた。


「カフェ?図書館に行くんじゃないのか?」


おや?私、学園の帰りに図書館へ通ってるなんて……フェリックス様に言った事があったかしら?


「別に図書館に行かなきゃならない訳ではないので」


「そ、それはそうだが。で、護衛は?誰か護衛が付いて行くのか?」

難しそうな顔でフェリックス様が尋ねる。


私はいつも一人で図書館に行っている。しかも歩いて。今更護衛など……そう思っていると、


「今日はうちの馬車で参りますので、うちの従者が。ご安心下さい」

と私の代わりにアイーダ様が答える。


「別に心配など……」

フェリックス様がそう口を開きかけた時、


「フェリックス~!!お待たせ!」

と小走りで駆けてきた、ステファニー様が後ろから私にドンとぶつかった。

よろける私をアイーダ様が咄嗟に支える。


当のステファニー様は、私の方へと振り返り、フッと口角を上げて笑った……様に見えた。


そして、すぐさま前を向くと、そのままフェリックス様の胸に飛び込んだ。


「フェリックス、ごめんなさい。待たせてしまったわ」


「別に良い。それより走るな、危ないだろう?」


「もう!フェリックスったら、心配性ね」



二人の会話が私達にまで聞こえる。甘ったるいステファニー様の声にちょっとだけ胸焼けがした。



「何かしらあれ。ぶつかっておいて謝りもしないで」

アイーダ様はあからさまに不機嫌そうな顔をした。

あれ?もしやアイーダ様ってステファニー様が嫌い?


「私の事なんてお二人共目にも入らないのでしょう。アイーダ様、もう行きましょう。お二人の邪魔は出来ませんし」


「それはそうだけど……良いの?本当に」


「ええ。慣れっこですから」

私は呆れ顔のアイーダ様を促して馬車へと向かう為、二人に背を向けた。


「おい!マーガレット!」

と言うフェリックス様の声が……聞こえた様な気がしたが、


「ねぇ、フェリックス!夏の夜会のことなんだけど……」

と言うステファニー様の声に紛れて、もうそれ以上の言葉は聞こえなかった。



カフェは多くの人で賑わっていた。私は初めての事に、つい周りを物珍しくキョロキョロと見渡してしまう。

その様子にアイーダ様はクスリと笑った。


「あ、すみません。カフェなんて初めてですので」

私は少し恥ずかしくなって、つい謝ってしまった。


「初めて?フェリックス様と来たことは……ない?」


「ええ。フェリックス様はお忙しい方なので」


冷遇されている事は知っているだろうが、それを口にすれば、アイーダ様が困ってしまうだろう。私はそう思って言ったのだが、


「忙しいねぇ……。ステファニー様と来ているのを見たことがあるけど」

とアイーダ様は顔を顰めた。



席に着いて改めて、


「マーガレット様。貴女……本当に良いの?」

とアイーダ様は少し怒った様に私に尋ねた。



「本当に良いの?とは?」


「フェリックス様の事よ。ステファニー様が王太子妃になって……もしフェリックス様を専属護衛として指名したら?騎士の誓いを立ててしまったら?そうなった騎士は……例外なく結婚はしないわ。結婚出来ない訳ではないけど、殆ど家に戻らない夫を待つ妻なんて……辛いだけだもの」


「それがフェリックス様の望みであれば仕方ないですね。元々お二人は幼馴染で想い合っていらっしゃったのに、そこを邪魔しているのは私の方ですから」

私はそっとカップに口をつけた。……美味しい。初めて珈琲なる物を飲んだがお茶とは違う味わいだ。少し苦いがそれもまた良い。


「でも、ステファニー様は殿下の婚約者。そしてフェリックス様の婚約者は貴女よ」


「……お二人共、お可哀想ですよね。望まぬ結婚を強いられて……」

私が眉を下げると、


「ステファニー様は殿下の婚約者って事をひけらかしているわ。望まぬ結婚なんかではないんじゃないかしら?」


「それでも……。心まではどうにも出来ませんから」

そう言った私にアイーダ様は不服そうな顔をした。


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