第3話

「前にも話したけど、跡継ぎ問題で揉めたって言ったろ?僕は別に跡なんて継ぎたくないんだけど、うちの国は嫡男に継がせるのが原則なんだ。だけど、両親は僕の腹違いの弟に継がせたいと思ってる。で、僕が国を出てルーベンス子爵を頼ったって訳。もう既に僕は実家とは縁を切られている。所謂廃籍されたって事」


私は驚いてしまった。廃籍とは……。ならばデービス様は平民として生きていくって事なのだろうか?

私が何も言えずに黙っていると、


「あ、可哀想とか思わないでよ?これは僕の望みでもあるんだ。僕の国は堅苦しくってね。祖国ながらあまり僕とは合わないんだ。僕にはこの国の方が合ってるし、いずれ色んな国を旅しながら、その体験を本にしたいとも思っててね」

とデービス様は微笑んだ。私は本にしたいと言う言葉につい反応してしまう。


「本を?!ではデービス様は作家に?」


「あぁ。大物になってみせるよ」

そうウインクしたデービス様に、


「でも、夜会は……貴族しか……」

と私は躊躇いながらそう言った。


「あぁ、そこは大丈夫。ルーベンス子爵は僕の亡くなった母の弟なんだけど、今、僕は子爵の養子になってる」


「まぁ!そうだったのですか?」


「うん。だから安心して。それに僕はいずれ旅に出る身。もちろんパートナーも婚約者もいない。ルーベンス子爵の養子とはいえ、継ぐ訳でもないからね」


「でも……」

私が答えを決めかねていると、


「ならば正式に君の家に手紙を送るよ。それならどう?」

とデービス様は首を傾げる。


「そ、それは困ります。……私には一応……」

婚約者が居る身で……と家族に叱られるのは嫌だった。


「婚約者が居るんだろ?知ってるよ」

私はその言葉に、改めてデービス様の顔を見た。


「知っていらっしゃったのですね……」


「一応、子爵だけど貴族の端くれ。貴族間の事は噂ぐらいは」


噂……。きっとそれは『婚約者に冷遇されている本の虫令嬢』の噂に違いない。

私は少し気持ちが重くなり、俯いてしまった。図書館……一番大好きな場所なのに、そこでも私は皆の好奇の的なのか……。


「勘違いしないで。僕は今目の前にいるメグを知っている。噂程度でしか君を知らない人より、きっと君に詳しいはずだよ」

デービス様は私を安心させる様に微笑んでくれた。

きっと私とフェリックス様が上手くいっていない事を知っていながら、私が夜会で惨めにならない様に気を使って下さっているのだろう。ここはあまり固辞するのも良くないのだろうか。

私が悩んでいると、


「僕はメグが恋愛物より戦闘物が好きな事を知っているし、推理小説に夢中になる事も非現実的な物語にワクワクする事も知ってる。それって僕は勝手に友達だからだって思ってるんだけど、違う?」

と首を傾げた。


「違いません。デービス様は私の数少ない友人のお一人です……と言うか、他に友人と呼べる人が居ないので、唯一の友人と言うべきかもしれません」


『本の虫令嬢』は本が友達。それで十分だと思っていたのだが、こうしてデービス様に『友達だ』と言われて擽ったいが、素直に嬉しかった。


「あまり重々しく考えないで。友達同士で参加する人がいるんだから、僕達だってその仲間に入ろうよ。軽い気持ちで良いじゃないか」


そう言われて、私があまりにも堅苦しく考えている事に自分自身で苦笑してしまった。


「そうですね。なら……ご一緒いたします。夏の夜会に出席するのは初めてなので、ドキドキしますが……」


「僕も初めてだから大丈夫だよ!いや~良かった。本を書くにも経験していない事を書くのは難しいからね。一度体験してみたかったんだ」

そう笑うデービス様に『私を誘ったのは所謂取材の一環か!』そう思うと妙に合点がいった。



私達は夜会に参加する事を約束して、その日は図書館を後にした。


さて……参加を決めたは良いが着ていくドレスはどうしよう。


私が自前のドレスを並べて頭を捻っていると、そこに母親がやって来た。


「あら。ドレスを並べてどうしたの?」


「今度の夏の夜会に着ていくドレス……どれにしようかと思って」


父と数回参加した時のドレスはどれも落ち着いた色合いだが、これぐらいしか持っていない。


「まぁ?!フェリックス様に誘われたの?」

驚く母親に私は淡々と答えた。


「いいえ。デービス様に誘われたの。お互い一緒に行く相手もいないし、問題ないと思って」


「相手が居ないって……貴女には一応婚約者が……」


「でもきっとフェリックス様はステファニー様をエスコートするわ。それが問題ないなら、私がデービス様と行ったって問題ないでしょう?」


「それは……確かに」


取材の一環だと思えば、私も後ろめたい気持ちなど全くない。母には『まぁ……貴女もまだ若いのだから、本ばかり読んでいるより、そうやって社交を学んだ方が有意義ね』と言われ、納得してもらった。

夏の夜会まであと一ヶ月。私の関心はどのドレスにするのかの一択に絞られた。



翌日。

学園は休みだが、私には借りてきた本を読むという大切な予定がある。

ワクワクとしながら、本を開いた途端にメイドから声を掛けられた。


「お嬢様、仕立て屋がお見えになっております」


仕立て屋?はて?私は不思議に思いながらも、仕立て屋が居るという応接室へと赴いた。


「どうもはじめまして。街で仕立て屋をやっております、ローレンと申します」

そこにはニコニコとした恰幅の良いおばさんが待っていた。


「はじめまして、マーガレット・ロビーです。あの……今日はどんな御用で?」


「ルーベンス子爵のデービス様より頼まれましてね。夏の夜会に出席されるとか。もうひと月しかありませんけど、私に任せて下されば、きちんと仕上げて見せますよ。先ずは採寸から始めましょうか」

ローレンと名乗ったおばさんは相変わらずニコニコしながら、私にそう言った。

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