殺人の動機

かもめ7440

第1話



殺人の動機は「憤怒が41.7パーセント」と最も多く、

以下、「恨みの15.5パーセント」「痴情の11.9パーセント」

「暴力団抗争の5.4パーセント」と続く。

凶器準備の有無では、

55パーセントの事件で凶器の事前準備が認められている。


紐解くまでもないことだが、殺人の動機に高尚な要素、

人間の美学のようなものが入り込む要素は一切ない。

ミステリーにおける大量の殺人の実例を引いて、

人殺しをしないネガティヴ人間の憂さ晴らしと言えば、

ミステリ好きや作家は怒り出すかも知れないが、

「人を殺すこと」がいまだかつて、

正当な権利を持っていたことはないし、勝ち得ることもない。

戦争は別だって? 戦争終わった瞬間から、夢から醒めただろ、

恍惚状態の時間よりその後の方がずっと長いもの、これは鉄則。

あるとすれば、それは情報規制下の、

あるいは国家や宗教の、統率上の迫害や暴力というものだ。


殺人の三大動機と言われているものは、

「金銭トラブル」「恋愛トラブル」「普段からの恨み」だ。

近年は、介護疲れなどによる介護殺人や介護心中も増えている。

そういうことをわからないという人がいたら、

いくらなんでも病気である。

綺麗な世界を夢見過ぎ。

空は青色じゃない、それだけは言っておいてやりたい。

矛盾するが、この矛盾こそが、「人を殺すこと」であり、

「殺人者に同情する余地を見出す理由」にもなる。

たまに常識とか道徳と言うが、ニーチェも認めている、

殺人は起こるだろうと堂々と述べておられる。

ニーチェほどではなくともごくごく一般的な物の見方をする、

大人ならば、「殺人は普通の方法法ではなくならない」

ということを知っているだろう。

それをして人間の動物の部分と捉えることもできるが、

たんに、人間というのは複雑な生き物と説明してもよい。

何故ならば、同族殺しの生き物はいれども、

人間のように社会生活を営んでいく上で様々なことをする生き物である以上、

何処からだってこういう禍根の種子は潜入していく。

社会を病気の予備軍と捉える専門家がいるように、

社会生活自体が犯罪の温床である。


「ドラえもん、道具だして」

「のび太くん、いいよ、はい、

“じどうさつじんきかい、ジャポニカ学習帳”」

「これ、すごい、デスノートのパクリなの?」

「のび太くんは、馬鹿だなあ、

ここに殺人の動機を書き込むだけで勝手に殺し合うんだよ、

デスノートは耽美に欠けるね、ぼくなら殺し合うワルツを説くね、

もっところそう、のび太くん、どら焼き、殺そう」


閑話休題。

ドラえもん好きです。

さて、交通事故なら自動運転化、オートメーション化で、

鉄則として犠牲を払いながら、賠償金を支払いながら、

いつの日にかはその死亡者数を減らすことが出来るだろう。

けれど「殺人」はそうはいかない。

あるいはもっと複雑な手続きを必要とする。

それはもっぱら、SFによる洗脳、無力化の方が話が早い。


けれど、それゆえに「殺人」というのは研究の対象にもなる。

世の中において、国家転覆罪とか、偽札を刷るなどの例外を除いて、

まずこれ以上のことはないと思われるからだ。

人を殺すのが日常となった場合、

適応できるかできないかの選択を迫られる。

不可能な殺人ゆえに、その動機について知りたいと思うものだ。


ちなみに犯人が誰なのかを扱う、フーダニットや、

密室、アリバイ物のように、

犯行方法の解明が焦点となるハウダニットに対して、

この動機のことをホワイダニットと呼ぶ。


たんなる殺人動機ではもちろん物語にならない、

「何故被害者の乳 首に洗濯バサミして、

大根をあらぬところに入れてしまわれたのか」

非常に難しい問題である、いま適当に作っておきました。

プロファイリングの捜査官は仰られる。

多分、ヘンタイなんでしょう。

遺憾ですよ、本当に、あと、縛りプレイも追加しておいてもらえますか、

紐じゃなくて、あの新体操でつかうやつで、あーいい感じいい感じ、

神絵師すてき、ウーン、背徳的で、すこぶるつき―――(以下省略)

「何故遺体の首を切断し、あまつさえ、

つけもの石にしていたのか」

それは多分、平井堅の『1995』のPVを見たか、

外国のパン屋で、人体の頭部を再現することを思いついたらしい、

店主の話を知ったかのどちらかだろう。

下らないことだ、つけもの石にはやはり人間の頭部。

この重さがやっぱりいいんだよね。

しっくりくるよね、たまらんぜ。

ただ、一番の問題は腐って来るのでたびたび人を殺さなくちゃいけないこと。

名探偵コナンの殺人の動機といえば爆笑のものが多いが、

どうしてその設定がないかを訝しむ。


冗談はさておき、この動機探しは大抵においては謎であり、

物語が真相に迫ってゆくタイミングでこの謎が明かされる。

といって警察が冤罪ばかりやらしている理由が、

動機による捜査だからというわけではないだろうが、

社会派推理小説が事件捜査で動機を重要視する一方、

証拠からの理詰めでの解決を重視するフィクションの名探偵は、

時に犯行動機を度外視することもある。

場合によっては動機を探っていく中で事件が解明されかねない、

というリスクを減らしているのかも知れないが、

大丈夫である、テレビを観て俳優から事件の謎を解き明かしたり、

声優から犯人を見つけ出すのが現代のテレビ捜査官の実情である。

あと、最初からわかってたよ、とか、知ってた、

は愚か者の言葉である。

ちなみに僕はすべての殺人事件の犯人が誰なのかを知っています。

キリッ、アァーンド、ドヤァ。


動機に命を賭けてくると、

常識の垣根を越えて異常なる世界へ真っ逆様である。

ちなみに異常な殺人の世界は精神病理の世界でもある。

悪魔というのが憑依いているのか、と疑いたくなるような、

躊躇いなどない驚くべき普通さで、常識が焼き切れている類で、

人を殺してしまう人達が一定数存在する。

ちなみに口先の場合は中二病と呼ぶ。

通常はやはり、十数年に一人のような割合だろうが、

世の中には模倣犯や、影響を受けた人もいる。

「血が欲しかった⇒吸血鬼」であったり、

「この女の服を着てみたかった⇒女装癖⇒ヘンタイ」であったり、

「骨でアートを完成させたかった⇒イミフ」である。


そもそも、人を殺す事自体お約束になっていて、

別にすべての人と言っているわけではなく軽く考える傾向のある人が、

麻薬や不倫と同じく、場合によっては踏み越えやすい、

いい感じの段差になっているのかも知れない。

「ミステリでシミュレーションして無事人殺しができました」

とファンレターを送ってくる人もいるかも知れない。

最高にいかれたファンだ。

こうなってくると、サイコホラーの文脈へ一直線である。

もちろん作家は仰られる。

「人を殺せなんて言っていない! むしろ、お金欲しい。

万札送れ、金の亡者なんだよね、本屋で本を買え、

金が欲しい、編集者ころしてやるー」

これが正しいミステリ作家の姿です。

おー、生きる亡者。

自分以外のすべての人が殺し合っていても拍手して見ていられる、

というサイコパスな人も大丈夫、ミステリ好き、といえば成立する。

すごい世の中だろう、アメリカでは血しぶきが出ないらしい、

それはそれで大丈夫なのかと思ったのは僕だけではないだろう。




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