ヒロイン全員を幸せにするラブコメ

ガビ

プロローグ

「ねぇ、私のこと好き?」


「もちろん」


 あぁ。

 また、この夢だ。


 高校の昼休み、あの人の所属する軽音部の部室。

 俺はコンビニで買ったカレーパンとチョコクロワッサン。あの人‥‥‥江田先輩は自分で作ったらしいお弁当を食べていた。


 白ご飯と卵焼き、あと唐揚げも入っていた。

 そんな美味しそうな弁当を見る度に、いつか俺にも作ってくれるのではないかと期待していた。


 しかし、その望みは叶えられることなく、この関係性は終わりを告げる。


「じゃあ、私の頼み事。何でも聞いてくれる?」


「うん。先輩の頼みだったら何でも!」


 そんな軽はずみに返答した過去の自分を殴ってやりたい。

 人生初の彼女に浮かれていたことを差し引いても、簡単に「何でも」なんて言うべきではなかった。

 これさえなければ、あの人のお願いを断ることができたかもしれないのに。


「ありがとう。じゃあ、今すぐ私と別れて」

\



「‥‥‥」


 最悪の目覚めだ。

 今日は午前中から、印刷会社の面接に行かなければならないのに、気分はガタ落ちだ。


 とりあえず、顔を洗って無理にでも脳を活性化させよう。

 そう思い、洗面所へとヨロヨロと移動する。


 一説によると、夢ってのは脳が記憶を整理するために見るものらしい。でも、どうせなら嫌な記憶ではなく良い記憶を整理したい。


 例えばほら、二階堂さんと付き合えた日とかさ。

 好きな人に偶然出会えた俺は、本当に幸せ者だと思う。


 その理由として、昔はイマイチ信用できないと言われていたマッチングアプリが、令和の世では恋愛手段としてオーソドックスになっていることが挙げられる。


 何故か。


 普通に生活していて、良いなと思った異性に恋人がいないなんて可能性は低いからだ。

 魅力的な人に恋人がいる。当たり前の話だ。


 自然に恋をして結婚する。そんなご都合主義な展開、創作物の中でだけで起こるものだ。


 この問題を、マッチングアプリは最初から解決している。

 あの手のサービスに登録している人は、表向きはフリーしかいないから。友達からとか面倒な過程を省いて、最初から付き合う前提で話を進められる。


 なんてコスパが良いんだ! マッチングアプリ、バンザイ!

 ‥‥‥怖がらなくて良いよ。俺はマッチングアプリの回し者ではないから。


 俺が言いたいのは好きな人と結ばれるのは難しいってこと。


 今から2年前。

 大学2年生で出会った二階堂さんには、恋人がいた。

 しかし、愚かな俺はどんどん二階堂さんに惹かれていった。

 彼女らの絆を見せつけられ続ける日々。

 故に、俺の出る幕はないと思っていた。


 半年前までは。


「早乙女くん? どこ?」


 そんな高嶺の花が、不安そうな声で俺を探している。

 2年前までは、もっと自信に溢れた人だったが、今は俺がどこにいるか分からないと不安定になる精神状態だ。


「ここ。洗面所にいるよ」


 トタトタと足音が聞こえる。


「‥‥‥いた。良かった。早乙女くんまでいなくなったかと、おもっ、おもっっっ‥‥‥おもってッ」


 涙を流すのを堪えている。

 泣いても良いのに。

 今だったら、優しく抱きしめてあげられるのに。

 女性の身体に触れられるようになったのは、貴女のおかげなのに。


「俺はいなくならないよ。ずっと二階堂さんの味方だよ」


「うん‥‥‥うん」


 小さいが、懸命に返事をしてくれる。

 愛おしい。

 ただ、愛おしい。

 弱っている二階堂さんには申し訳ないが、今の俺は幸せだ。

\



 しかし、人を幸せにするには働かなければならない。


 そのために、二階堂さんから離れて電車で面接会場へと向かう。

 外の景色を眺める。

 すると、一瞬だが二階堂さんと初めて喋った本屋が見えた。


 今、思い出しても変な出会いだった。

 あの時は、こんな関係性になるとは夢にも思わなかったな。


 ふと、こうなるに至った経緯を整理したくなる。

 頭の中の整理をするのは、何も夢の中だけじゃなくても良いはずだ。


 今度は、楽しい記憶をいじってみよう。

 

 

 

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