第1話 嘘だらけの関係

 二階堂ののという人間を、1言で表すとしたら「美女」が適切だろう。


 テレビで過剰に「綺麗だ」「可愛い」とチヤホヤされているアイドルや女優を圧倒するほどの美を、彼女は持ってる。


 黒髪ロングに、大きな目。そして、ただの丸い脂肪の塊のくせに男を狂わせる半球体、つまりおっぱいの大きさで男子共を魅了した。


 現在大学2年生。


 ウチの大学の男共はもちろん、学外からもファンは多い。 


 向こうから話しかけることはないが、こちらから話しかければ笑顔で答えてくれるので「もしかしたら俺にも可能性があるかも‥‥‥」と無駄な希望を抱かせてしまう、罪な女だ。


「よし。今日は頭を撫でてみようか」


 そんな女性の提案に、俺の手は震える。やはり、リアルの女性に触れるとなると、あの人を思い出してしまう。


「大丈夫。怖くないよ」


 漫画喫茶の1室の出来事である。

 心臓の鼓動がうるさい。でも、本人が言っている通り、二階堂さんが怖くないことはもう知っているのだ。


 ゆっくり手を彼女の後頭部に近づける。


「な、撫でますよ」


「ばっちこい」


 間違っても痛い思いをさせないように、優しく撫でる。


 この感想は失礼かもしれないが、子供の頃に妹と可愛がっていたクマのぬいぐるみを撫でている時と似たような安心感があった。


 2分は撫でただろうか。これ以上は二階堂さんも疲れるだろうと判断し、手を離す。


「ん‥‥‥もう終わり?」

「は、はい」


 なんだよ。

 そんな可愛いことを言われたら、もっと俺に撫でて欲しかったのかと勘違いしてしまうじゃないか。


 そんなわけない。だって俺達は‥‥‥。


「そっか。じゃあ、明日の作戦会議をしようか。テニスサークルの溜口って奴なんだけど、しつこくLINEが送られてくるの」


 仕事モードに入る二階堂さん。


「そろそろウザいから、偽彼氏である早乙女くんに登場してもらおうと思ってるんだけど」


 それから、スラスラと自分に惚れた男を諦めさせる作戦をプレゼンする。


 そう、俺達は本物のカップルではない。

 互いが互いを利用しあっている、嘘だらけの関係だ。


 何故、こんなことになったのか。

 話は、さらに3ヶ月前に遡る。

\



 その日、俺は本屋にいた。


 一般文芸や漫画はもちろん、専門書や写真集まで揃えている大きな本屋だ。中でもラノベや漫画の品揃えは素晴らしく、すっかり常連になってしまった。


 好きな作品の新刊の表紙を見ながら、改めて思う。


(やっぱり、美男美女ばっかりなんだよなぁ)


 人は顔じゃないと優しいことを言ってくれるこのご時世でも、売れる作品は美男美女が活躍する物語が圧倒的に多い。

 何故かは説明するまでもない。みんな顔が良いキャラクターが好きなのだ。


 格好良くて強くて優しいキャラクターが、大好きなのだ。


 かくいう俺も、そんなキャラが活躍する話ばかり読んでいる。物語の中でくらい、美しいものを見たいじゃないか。


 そんなことを考えながら、俺はいつの間にか18禁コーナーに迷い込んでしまった。


 嘘だ。本当は真っ直ぐここに歩いていた。

 俗に言う、エロ漫画。


 今、眉をひそめたそこのあなた、少し待って欲しい。


 現実の女性を否定しているわけではない。しかし、フィクションだからこそ、現実ではあり得ないプロポーションをした女性キャラクターが愛を育んでいる二次元作品に俺は惹かれるのだ。


 作者の理想の身体と顔。

 それを実際に絵として表現できるエロ漫画家さんは偉大だ。


 さらに、エロければ良いだろうとストーリーを疎かにしているわけではない。行為に及ぶまでを丁寧に描いている作品は恋愛ものと言っても過言ではない。


 参考までに、俺のお気に入りのエロ漫画『学校1エロい黒ギャルと、お友達から始めるつもりが‥‥‥』のあらすじを紹介しよう。


[冴えないオタクの主人公の男子校生が、学校1の黒ギャル、カヤとコミケで出会う。彼女は深夜アニメガチ勢だが、ギャル友とは自分の趣味を語り合えなく同士を欲しているとのこと。


 好きな作品について語り合っているうちに、主人公の家で、お互いが好きなアニメの鑑賞会をすることに。しかし、やたらとエロいシーンが多い回が巡ってくる。


 見かけによらずに気まずそうにしているカヤが可愛くてたまらなくなり、思わず押し倒してしまい‥‥‥]


 みたいな作品だ。


 もちろん興奮した。しかし、この興奮はエロいシーンだけが原因ではない。序盤で、ヒロインの見た目以外の魅力を描いているからこそだ。


 ただエロいだけではなく、そういうエモい気持ちにさせてくれるから、俺はエロ漫画が好きなのだ。


 嘘じゃないよ。

 ‥‥‥嘘じゃないって。

 ‥‥‥しつこいな。嘘じゃないって!


 とにかく、俺はそんな高尚な考えを持って18禁コーナーに向かった。


「‥‥‥」


 入った瞬間、自分の目を疑う。


 そんなわけがない。

 そんな、それこそエロ漫画のような展開が俺の人生に訪れるはずがない。


 目を擦り、もう1度見る。

 しかし、そこには同じ光景が広がっていた。


 我が校のマドンナである二階堂さんが、平積みされたエロ漫画を真剣な目で吟味していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒロイン全員を幸せにするラブコメ ガビ @adatitosimamura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画