無題
かもめ7440
第1話
既に午後五時。
喩えようもない焔を燃やして動いている、柘榴の実。
日没を控えた、夕陽が見え始めている。
きらり、と彼女の顔で何かが光ったような気が、した。
薔薇色の頬は、
傍を通る天使の光が濡らした―――もの・・。
硝子のように、放心した表情。
見れば彼女の服に太陽の光が反射して、耀いている。
僕はそんな彼女に、しばし見惚れていた。
エイリアンだった頃だよ、
(社会の口ぎたなくののしる言葉、
親でさえ、コマーシャリズムのきれいごと、)
僕等が天使で悪魔で、
善悪が本当に微妙だった境の頃、
すごい鳴き声の蝉。
(放任や放棄や、無関心、
愛想をつかされるのかも知れないけど、
愛想をつかされるのも、つかす方も、
そもそも、どっちも下らないけどね、)
まあ、でも『愛する人』が見つかるよ。
狂ってるのも、頭のネジが外れてるのはみんなの方。
見つかるよ、家出少女にも・・・・・・。
駅前には丸型郵便ポストとログハウス調の電話ボックスがある。
駅前は選挙公示期間中に多くの候補者等が演説をする。
バスターミナル、
午前中に通って来た商店街を、遅い速度で、歩く。
商店街の衰退と買い物難民、郊外型大型店舗。
元々彼女の歩く速度が遅く、僕がそれに合わせている。
道路沿いの目立つところにある傾向がある銀行や交番。
南近江に伝わる俵藤太伝説や小野猿丸系の語り部伝説や、
木地師伝説にことよせながら、近世近代の近江商人の発生。
高級ブティックやカラオケボックス、眼鏡店、布団屋、呉服屋。
居酒屋やファーストフード、消費者金融。
富の発生とは、欠損と回復というシステムが、
稼働したときにおこっていたのではないかという仮説がある。
パチンコ屋、英会話教室。
毎日ポイント出してるだけで十分なくせに特別感出すのやめろ、
クレイジーなドラッグストア。
おそらく、街を、見ているのだろう。一軒一軒の店を、
眼に焼きつけるようにして見ている。
ゆっくり、ゆっくり。
―――最後の時が、終わっていく。
横顔になってみると、鼻筋や顎にかけてのラインが優美だ。
声よりも麗しい、姿も婀娜とし・・・・・・。
焔で染まった爆心地のような光を反射する、
意に反して形もなく、どんな欠陥も身に帯びていない、
彼女の髪が茶色がかって見え―――る。
人には見えていないのだろうが、
けれどそれはやっぱり、彼女がそこにいる証拠だ。
ゆっくりと、ゆっくりと。
僕はさらに歩幅を緩め、彼女の後ろに回る。
穢れや異質なものをタブーとし、
不衛生を回避しようとする遺伝子的回路。
泥ぶかい沼の底の魚の眼ように山の上部と、
高速道路が見える。
「(―――今の内に・・)」
彼女がいる景色を、彼女がそうしているように、
眼に焼き付けておきたいと思った。
顔全体に現われている処 女らしい含羞が、
葉先の水滴のように揺れている。
商店街を抜け、いつも登下校している道に差し掛かる。
スツールが三、四脚置かれた駄菓子屋。
アーケード筐体。
過疎化と老齢化と自家用車とドーナツ化現象。
共同墓地という静かな嘘になり果てた、小さな町。
春になれば絢爛豪華な桜並木も価値のない緑柱石が、
たわわに詰まっている。
手足の先までぐんと伸びるような解放感と、
自然なリズムで流れる快い会話。
けれど速度は先程から変わっていない。
彼女は辺りを見回しているし、僕はその彼女を後ろから見ている。
もう何分歩いているだろう、いつのまにか―――足の疲れは、
群れから離れ迷子になった蟻のように、
人間は「人間である(と認められる)ため」という理由から、
集団を形成する(=「お互いを認めあう」)
―――でも消えていた。
疲れを感じる余裕がなくなったのかも知れない。
『格付けチェック』だったら画面からもっと早く消えてる。
それでも、ママレードみたいにぐしゃぐしゃな感情。
ぐらぐらの乳歯のような格好でサッカーをする子供。
道路標識、区画線、斜路、防護柵、
それから立体横断施設。
夕焼けが昼の空を少しずつ追い払うように、
遠く深いところへと階段を降りてゆくような気がして、
愛情の欠片のようなものが花や深海魚のようになりながら、
この街の通奏低音に紛れ込む、空飛ぶ自転車。
言いたいのに―――言えない。
伝えたいのに―――伝えてはいけない。
そんな矛盾を抱えて、狙撃兵のように身を隠し・・・・・・。
街燈が、偶然見えた車の助手席のぬいぐるみ、
法定制限速度内、
装飾されべきはずの顔が、
自車位置のレーンまで把握して案内図上に表示する、
高精度な自車位置情報、
ハンドルと速度表示が。
日常的な惰性から脱却し、自己を対象化して初めて、
自分をとりまく様々に交錯するつながりが認識でき、
その認識に基づいて選択的につながりを切断する、
つまり能動的な自己破壊が可能になる。
ベンヤミンにとってのパサージュとは移行者で、街路者で、
それから通過者で、つまるところ境界を跨ぐ者。
(消えるヒッチハイカーや口裂け女を思い出す、)
口承説話が流布され、都市化もされ近代化もされた地域で、
流布される口承説話は都市伝説と呼ばれている・・・・・・。
その言葉を理解するのにたっぷり三十秒、噛み砕いて、
赤ん坊でもわかるくらいまでに噛み砕いて、再度理解するのに一分。
彼女は、分かっている、分かっていて僕に何も言わない。
―――僕だって、分かっている。
言い訳を混ぜたくなる。
好きな気持ちを叩き潰されないだけの理由を一緒に並べておきたくなる。
別れが、近い。
風景が徐々に変化した、瞬きした。
幻覚と鐘の音に満たされながら火花が乱れ、鏤められている。
情報はメガやビット、
iPhoneのあかりをのこして骸骨になっている女子高生とバス停。
暗紫色の雌花の集まる肉のような果実の顔をしている。
アンダーグラウンドからハッピーエンディングまでこなすアップル社製品で、
不純異性交遊も純粋異性交遊もこなすインスタグラム脳御用達のアイテム。
会話やニュースや音楽や漫画もゲームも、
ファッションやヘアースタイルやフードや、
スポーツになっているアップデートな知識。
別れがすぐ傍に、差し掛かって、
もう家の窓の何処にも光が溢れている、
電光の照明に応じて空間に絢爛な線を引き垂れ、
重々しい重量を示しながら崩れた砲塔のように影像を蓄えてのめり出す。
足音のないきらびやかな踊りみたいに。
(―――僕の、願い事、
それが、どうなるかによって・・・・・・・)
今が夕暮れ時でよかった。絶対に。隠すことが不可能なくらいに、
僕は赤面しているだろう。
いまだに彼女は手を引っ張って来るので僕は彼女と同じぐらいの歩幅で、
歩き始めた。
マンションで引っ越し業者か、遺品整理なのか、
それらしき人達が荷台に段ボールを運んでいる。
四角い箱の中に人間の個性を形成しているものが詰まっている。
ベーシックインカム、
生活保護業務や年金支給業務が縮小出来る・・・・・・。
遊園地禁止! 妄想で、行きたかった場所禁止! 心理学禁止!
快楽と悦楽のネオンを卑猥に輝かせている。
『時間的な知/空間的な知』『聖なる知/不浄なる知』
『人格にまとまっていく知/集合的な表象になる知』
それら、知識にひそむ集団的心性による、
―――『知識の共有された時空』
リードに繋がれた犬が散歩している、
夜になった途端に増殖する影を知らないみたいに・・・・・・。
それから、ふと気付く。
彼女はもう手を引っ張ってきてはいないが、
その手は、繋がれたままだった。
バスケット選手に、子供が花輪をつけてあげるような、
頭の中、お花畑の光景。
光を灯す、
と言うと、
『ランプ』とか、
『照明器具』を連想する。
それが―――ね・・
いざ、心の中のことになると、
『抽象的』になって、
エレキギターのディストーションみたいな、延長戦。
(へ、)
絡まってくる手。それは陳腐ではあるけれど、
―――柔らかくて、温かくて。
眠っては眼ざめ、夜が明けては日が暮れ、月が光るように、
彼女は、確かにそこにいた。
疾風のように地面を掠め去る鳥の影、
芝居の中の出来事のような他愛ない過去。
蛍がにわかに光り始める。
森の緑の暗がりから小鹿の眼が覗くように、
雨の雫にも似た、いくつもの青酸い星がやさしく現れている。
ゆっくりと僕等は帰り道を歩く。
―――顔を合わさず、
手をつないだまま・・・・・・。
無題 かもめ7440 @kamome7440
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