ドラグーン・ヴィーヴィルズ
洋傘れお
ドラグーンヴィーヴィルズ
断崖絶壁の縁に、二人の少女がいた。
落下寸前の一人を、もう一人が
周囲に大人の姿はない。幼い彼女たちを助けてくれる者はどこにもいなかった。
「絶対、絶対に放しちゃダメだよ!」
助けようとしている方――赤毛の少女が叫ぶ。
対して、落ちそうな方――金髪の少女は諦め顔だった。
「もう、無理だよぉ……」
「無理じゃない! 無理って言うなぁああ!」
体の芯から叫ぶ赤毛の少女。渾身の力を振り絞り、彼女は金髪の少女を引き上げた。
「あ、ありがとう」
「ぜぇ、はぁ……ど、どういたしまして!」
全力を出し切り地面に倒れ込んだ赤毛は、片腕を挙げてサムズアップを送る。
そんな死に体の彼女を、金髪はおどおどとしながら心配した。
「だ、大丈夫? ごめんね」
「へーき平気。ヒーローはこの程度、動じないんだから」
空元気だったが、赤毛は体を起こすと明るい笑みを金髪に見せた。
「ひーろー?」
「そう。悪い奴からみんなを守って助ける。それがヒーロー!」
不思議そうに首を傾げる金髪へ、赤毛は得意げに語る。
赤毛が天に突き上げた指の先、晴天の空に隊列を成した竜が飛んでいった。
竜の上には武装した兵士が乗っている。王国の
「わぁ、ドラゴンだ!」
目を輝かせて空を見上げる金髪の隣りで、赤毛は自分に言い聞かせるように宣言した。
「私は将来、あれに乗るんだ!」
◇
子供の頃から、ヒーローに憧れていた。
竜を駆り、空を飛ぶ魔獣から皆を守る、カッコイイ竜騎兵になりたかった。
そのために体力作りに励んできたし、猛勉強して難しい国家試験も突破した。
それでも夢はあまりにも遠く、現実は厳しい。
「アニス・ベル何をやっている! 魔力で体を固定するんだ! 何度言えばわかる!」
教官の怒声が地上から聞こえてくる。私が竜から落っこちそうになっているからだ。
飛行中に竜の背中から落下して、今は何とか足にしがみついている状態だ。
「わ、分かってはいるんですけどぉっ!」
ここから体勢を立て直すのはちょっと難しい。
竜は賢い生き物なので、私を気遣って低空飛行してくれているのだが……飛び降りるのちょっと怖いな。
この姿、傍から見るとすごい間抜けなんだろうなぁ……
「アハハ! あの子またやってる!」
嘲笑が聞こえてきた。下で見ている他の訓練生たちだ。
「ほんと、いい加減にしてよね。あんなのでも入学できたとか信じられない」
「ウチらのレベルまで低くみられるっての」
「それに比べて、リーシャ様は凄いわ」
リーシャさんの名前が出たので空を見上げる。頭上を悠々と旋回する影があった。
飛行訓練は二人ずつ飛ぶ事になっているのだが、よりによって私と飛ぶのが彼女とは……
リーシャ・ホリーブ。この訓練校始まって以来の才能と言われる女性だ。文武両道で成績は常にトップ。
竜の扱いも、私なんかとは比べるのもおこがましいくらいに上手い。
「飛行技能試験の成績、全国一位だったんでしょう?」
「もうすでに部隊への配属が決まってるって噂」
「卒業前にスカウトされたって事? さすがだわ」
みんなの視線がリーシャさんに向かっている間に、地面へ着地した。
「うわっ、やっちゃった!」
最悪な事に、着地した地点がぬかるんでいた。泥を撥ね上げて全身にかぶってしまう。
「ははっ、天地の差か……」
文字通りリーシャさんは天を舞い、底辺の私は泥まみれ。なんだか泣きそう。
教官が怒りの形相で走って来た。
「ベル候補生。さすがにこの状態が続くようならば、退学ですからね」
「はい……」
ぐうの音も出ない。
努力が足りないのか。才能が無いのか。どれだけ練習しても竜に乗るのが上手くならない。
私たち竜騎兵は別称で『魔女』とも呼ばれる存在だ。その理由は魔力で竜に乗るからである。
背中にただ乗っている訳ではなく、魔力で張り付いているのだ。
だから竜がどれほど空中でひっくり返っても、竜騎兵は振り落とされない。
そういう意味では竜騎兵の必須技能とも言えるのだが、私はこれが一向に覚えられなかった。
魔法を使うのが下手という訳でもないのに、これだけは感覚がつかめずにいた。
少し離れた場所に、リーシャさんの竜が優雅に着地する。
竜から降りる姿まで様になっているんだもんな。優等生は凡才とは何もかも違う。
ふと、リーシャさんの視線がこちらに向いているような気がした。
いや、あれは確実にこっちを見ている。
フッと、彼女が笑った。
「うっ……」
あれはどっちだ? 嘲笑された? それとも偶然そう見えただけ?
リーシャさんは興奮した訓練生の群れに囲まれて、姿が見えなくなる。
彼女とは関わりが全くないので、何を考えているかよく分からない。
良い人なのか悪い人なのか。まったく何も知らないのだ。
認知しているのはただ、人気者だという事だけ。
とりあえず今のうちに竜舎に戻ろう。どうも陰口を言われている様で、他の訓練生と一緒に居るのは気疲れする。
みんながリーシャさんに熱狂している今がチャンスだ。
「私、才能ないのかな……」
水場で泥を落としながら自問していると、どんどん惨めな気分になってきた。
諦めるべきなんじゃないか。そんな現実的な叱責が自分の中からも起こっている。
竜にも乗れないようじゃ、とてもヒーローなんて名乗れない。誰かを守るなんて、できるはずがない。
「竜に乗れないのにいつまでこの学園にいるつもりなんだろうね」
誰かの声がした。自分の事だと理解した途端、つい物陰に隠れてしまった。
同期の訓練生たちだった。
聞かれているとは思ってないのだろう。彼女たちの話はよく聞こえてきた。
「正直、ちょっと目障りだよね。なんか見ていてこっちが痛々しいって言うか」
「どうせ無理なんだから、諦めてとっとと家に帰りなさいっての」
「そんな言ったら可哀そうじゃん。自分でも才能ないの分かってるでしょ」
聞いているのが辛くて、それ以上その場にいられなかった。
無理じゃない! 無理じゃない! 無理じゃないっ!
何度もそう念じて、がむしゃらに走った。何も考えない様に必死で思考に蓋をする。
気が付いたら射撃訓練場に足が向かっていた。
いつもそう。落ち込んだらここに来る。
射撃は集中しなくちゃいけないから、気持ちも落ち着けられるのだ。
ここでは、竜騎兵の標準装備である長銃を練習する事ができる。
普通の銃と違うのは、撃ち出す弾が魔法で作った魔弾という点。
大昔、魔女は箒に乗って杖を振るった。今は箒が竜に、杖は銃に変わったという訳だ。
不規則な位置に次々と現れる
瞬発力と射撃精度が求められる訓練。
私たちが相手にする空魔は空を自在に飛ぶ魔物だ。そんな素早い相手に攻撃を当てるには、こちらも相応の速さを身につけなくてはならない。
優秀な竜騎兵は、高速飛行する竜の上から精密射撃ができると聞く。
「百発百中……しかも全て中心を射っている。相変わらず凄いわね。貴女の射撃」
全弾撃ち終えて結果が出ると、背後から声がした。
振り返るとリーシャが何故かそこにいた。今一番会いたくない相手だ。
優等生様とは交流など無かったはずなのだが、何の用だろう。
「嗤いに来たんですか?」
「嗤う? どうして?」
不思議そうに首をかしげるリーシャ。その姿は、今の私にはどうしたって白々しいとしか映らない。
「ふざけないでっ!」
つい、怒鳴ってしまった。
「貴女は成績トップで、前線の部隊にスカウトされる実力者。私とは大違い」
こんな風に彼女に当たる筋合いはないと分かっている。けれど止まる事ができない。自分がどんどん惨めになっていく。
そんな私の暗い思いなど知らず、リーシャは凛とした態度で私の前に立っている。
「あら。射撃の成績は貴女の方が上なのよ?」
「そんなの、竜に乗れなきゃ意味ないですよ。貴女もどうせ、心の中じゃ私をバカにしてるんでしょう」
そうでなければ、わざわざ私の所に来る意味が分からない。
けれど、彼女は不思議な事を口にした。
「いいえ。私は貴方を尊敬してるのよ、アニス」
「どうしてです?」
意味が分からない。私は彼女にそんな事を言われる筋合いなど無い。
リーシャは戸惑う私に、少しがっかりしたような反応を見せた。
「……そう。覚えてないのね」
悲しげにそう呟いて、彼女は私の前に来た。唐突に私の手を握る。
「なにを―――っ!」
手を振り払おうとしたが、妙な事に気づいて手が止まった。
リーシャから魔力が送られてきている。それらは私の足元、地面との接地面に収束していく。
これは竜に乗るための動作だ。触れているモノに張り付く魔法とでも言おうか。
リーシャは私にその感覚を教えてくれている。
――でも、
「どうして? なんで私にこんな事をしてくれるの?」
私とは何の関わりも無いのに。
「憐れんでるの?」
口に出して後悔するくらいなら言わなきゃいいのに。今は、善意を素直に受け止める余裕がない。
相手の意図が分からないと、なおさらだ。
「私はただ、貴女に飛んでほしいだけ」
私の悪態なんて何でもないという風に、澄ました表情でリーシャは答えた。
彼女は手を放すと、用は済んだとばかりにそのまま射撃場を出て行ってしまった。
「なんなの? いったい……」
リーシャ・ホリーブ。普段関わらないだけに、ただただよく分からない人である。
でもきっと、悪い人ではないのだ。それだけは分かった。
◇
足が滑って、私の体は地上へと落ちていく。
「うわっ!」
地面に叩きつけられる寸前で、腰に巻いたロープが助けてくれた。
ここは寮の外。時刻は深夜。
私が何をしているのかというと、竜に乗るための自主練である。
屋上の手すりにロープを括り付けて、地上から外壁を垂直に歩いて登っていく。
足の裏に魔力を集中させる事で、外壁に張り付けるのだ。
昼間リーシャさんが教えてくれた感覚を、忘れる前に身につけておきたかった。
普段は屋上に到達できない日もあるが、今日はすでに四往復できている。
失敗の回数も多いが、この記録は過去最高だ。
さすがは優等生。教え方もうまいみたいだ。
辛く当たった事を、彼女に謝らなくてはいけない。明日絶対言おう。
「よぉし! もう一回!」
集中集中! 気を取り直して、もう一度壁を登る。
謝罪と感謝を伝えるのなら、せめて彼女の前で明日はちゃんと飛んで見せる!
◇
次の日の飛行訓練は、予想もしない形で中止になった。
基地中に警報が鳴り響いている。
空魔が街に近づいている事を知らせる合図だ。
この音を聞くと無条件で不安になる。この国の人間はみんなそうだろう。
たった一匹の空魔が、街一つを地図から消してしまう事もある。あれらはそれほどの脅威なのだ。
「整列! 訓練は中止とする! 全員中に戻れ!」
屋外訓練中だったこともあり、訓練生は全員外に出ている。
教官の指示で整列し、建物の中へと避難をはじめた。
その最中、一人の訓練生が空を見上げて叫んだ。
「な、なにあれ! どうして空魔がこんな内陸に入ってきてるのよ!」
全員の視線が、彼女の指さした方角へと向いた。
歪な形をした怪物の影が、空を横切っていく。マズい、あれは街に向かっている。
「防衛線を突破してきたんだ!」
「大丈夫。この基地にだって、正規の部隊は居るんだから」
後ろにいる訓練生たちがそんな会話をしている。
この訓練校は軍の基地に併設されたものだ。僻地の小さな基地ではあるが、防衛のための部隊は存在する。
ところが、直後に教官たちの不穏な会話が耳に入って来た。
「竜騎部隊はどうした?」
「ダメだ。全員任務に出てる。戻ってくるまで三十分はかかるそうだ」
「なんだってこんな時に!」
訓練生の列がざわめいた。こんな話を聞かされては誰だって不安になる。
今この土地を守る存在はどこにもいないのだ。
基地には地上から撃つ対空兵器もある様だが、素早い空魔に当てるのは難しいと聞く。だからこその竜騎兵なのだ。
「そんな……」
最悪の状況じゃないか。こうしている間に街が燃えてしまう。
そんな不安が沸き上がった直後、それは目の前で現実のものとなった。
いきなり訓練場の一角が爆発し、私たちの方にまで爆風と熱気が押し寄せてきたのだ。
場は騒然となった。多くの訓練生が列を崩し、我先にと逃げていく。
「撃たれてる! 攻撃されてるぞ!」
「嫌だ! 死にたくない!」
空爆を前に逃げ場など無いと諦めた者たちは、その場にうずくまって泣き出す始末。
教官たちは場を収めようと必死だが、今の爆風で負傷した人もいるらしく混乱を収めるだけの余裕が彼らにも無いようだった。
最悪だ。私はただ、この状況を前に呆然と立ち尽くす事しかできない。
だって、この状況で私たちにできる事なんて何もないのだから。
ふと、同じように立ち尽くしているリーシャさんと目が合った。
「――っ!」
リーシャさんは私を見ると、急に決心したような面持ちで走り出した。
「リーシャさん?」
彼女の向かう先は避難経路ではない。あれは――まさか竜舎?
勝手に出撃するつもりなのか。無茶だ。私たちはまだ正規の兵士じゃない。ただの訓練生だ。
気づけば、私は彼女を追いかけていた。
放っておけばいいのに。私に彼女を止める理由も資格も無いというのに。どうしてか、いても立ってもいられなかった。
竜舎に入ると、案の定彼女はフル装備で竜の手綱を引いていた。
そんな彼女を止めに向かう。
「どうするつもりですか! 教官が避難しろって言ってたでしょう!」
「放ってはおけないわ。私が向かう」
決意は固いのか、彼女の返答は何の後ろめたさも感じさせない。
「命令違反です! 私たちはただの学生なんですよ!」
「今動ける竜騎兵は私たちだけよ」
「勝手に出撃したら、退学になるかもしれないんですよ! スカウトの話だって!」
リーシャの表情がわずかに嫌悪に歪んだ。
「見損なったわ。貴女は、いったい何のためにここに来たの?」
彼女の真剣な眼差しが、私に問い掛ける。
つい、視線をそらしてしまった。
そんなの、言われなくたって分かっている。私だって、飛んでいけるものなら飛んでいきたい。街を守りたい。でも―――
「貴女は、私とは違うじゃないですか……」
何とか吐き出したのはそんな言葉。こんな事しか言えない自分が情けない。
悔しいのは、リーシャさんに全てを背負わせるからだ。私がふがいないばかりに、彼女を犠牲にする。そんな自分が許せない。
「七年前。ミーク断崖」
突然、リーシャはそんな事を呟いた。
「え?」
いったい、今のは?
彼女はそれ以上何も言わず、竜の背に乗って外へ出てしまった。
……っ! そうだ。思い出した。
あれは七年前。子供の頃、崖から落ちそうになっている女の子を助けた事がある。
―――……そう。覚えてないのね。
まさか、昨日射撃場で言ってたことってそういう……あの子がリーシャさん?
「なんてこと……」
私、何をやってるんだろう……
子供の頃、空魔に遭遇してしまった事がある。その時私を助けてくれたのは、一人の竜騎兵だった。
それ以来あこがれたヒーロー。それは、まさに今のリーシャさんみたいな人の事だ。
誰かを助けるために、街を守るために、颯爽と飛んでいくあの背中に憧れる。どうして自分はああ成れないのかと、悔しさを感じる。
これでいいのか? このままで良いのか?
アニス・ベル、お前はどうしたい?
「……ああもうっ! どうなっても知らないんだから!」
私は装備の保管庫へ走った。
◆
リーシャは全速力で竜を駆り、空魔の背中を追いかけていた。
「追いついた!」
敵の背中が射程内に入る。
すぐさま長銃を構えて射撃を開始した。
空魔の背中へ真っすぐに向かう魔弾。しかし背中にも目があるのか、空魔はわずかに体を傾けて左へと逸れていく。
リーシャも銃口を追従させるが、空魔の動きの方が圧倒的に早い。
「くっ――早い! 訓練と全然違う!」
弾が一発も当たらない。
初めての実戦。現実の過酷さを前に、リーシャは激しい焦りを感じていた。
冷静になれと自分を叱責するが、その動揺は些細なミスを呼ぶ。
引き金を引いた銃が空撃ちした。
「っ! もう弾切れ! リロード、早くしないと!」
魔法の弾を作るには触媒が欠かせない。それらを内包したカートリッジの残量管理は命にもかかわる兵士の必須技能だ。
リーシャはこれまでの訓練でそれを怠った事は無い。
想像以上に自分に余裕がない事を悟り、それが余計に彼女の手元を狂わせる。
いつもなら素早くできるカートリッジの交換にも手間取ってしまう。
その隙を敵は見逃さない。
「――きゃあっ!」
いつの間にか真下に潜り込んだ空魔が、リーシャたちを突き上げる様に上昇してきた。
リーシャの命令は遅れたが、竜自身が判断して衝突寸前でそれを回避する。
「嘘でしょ……もう一匹いるの!」
体勢を立て直したリーシャが見たのは、二体に増えた空魔の姿だった。
目の前の一体に集中するあまり、下にいたもう一体に気が付かなかったのだ。
それに気づいた時には何もかも遅かった。一瞬の動揺が再び判断を狂わせる。
目の前からやって来る空魔の突進に、対処できなかった。
通常、こうした攻撃はリーシャが魔法の盾で防ぐことになっている。故に竜の回避が遅れ、リーシャと竜は空に弾き飛ばされた。
「あっ―――」
リーシャは気が付けば、空を無防備に舞っていた。彼女の竜は全く別の方向にいる。
竜が体勢を立て直すよりも早く、空魔がリーシャに迫っていた。
死を悟り、リーシャは恐怖から両眼を固く閉じる。
瞬間、声が轟いた。
「追いつけぇえええええっ!」
◇
間一髪だった。リーシャさんが空魔に衝突する寸前に、彼女を救出する事が出来た。
私の腕の中で縮こまっていた彼女は、薄っすらと目を開けて直後に見開く。
「アニス! どうして!?」
「リーシャさんの言葉で目が覚めました。私だって、人を護りたいから竜騎兵になったんです。私が目指すのは、ヒーローですから!」
リーシャさんは嬉しそうに笑った。馬鹿にされている風でも無かったが、さすがにちょっと子供っぽかったか。
「笑わないでくださいよ」
「ごめんなさい。貴女が昔と変わってなくて、なんだか嬉しくて」
「そうですか……」
リーシャさんは良い人だ。この人に八つ当たりしていた自分が、恥ずかしくて申し訳なくなるほどに。
「それにしてもすごいわ。いつの間にか竜に乗れるようになって」
「いえ、それに関してはまったく……」
「え?」
リーシャさんが目を丸くする。
彼女のおかげでここまで落ちずに乗って来れるようにはなったが、そこまでだ。
まだまだ未熟なので、そんなに長続きしない。
「これ、実は乗ってるんじゃなくて、根性でしがみついてるだけなんです」
「えぇっ!」
リーシャさんが青い顔になる。颯爽と駆けつけたは良いものの、格好はつかないんだよな。まったく私って奴は。
「そろそろ脚が限界で……変わってもらえませんか?」
「大丈夫。私が何とかする!」
リーシャさんは立ち上がると、器用に私の背後へ回り込んだ。
「私がリードするから、昨日みたいにして!」
リーシャさんの手が私の背中に触れた。
彼女の魔力が私の体に流れ込んでくる。竜との繋がりを補助してくれているおかげで、少し飛行に余裕が生まれた。
「すごい……私でも、竜に乗れている!」
けれど、これでも集中しないと難しい。竜の操作や射撃にまで意識が回せない。
「リーシャさん、すみません。未熟な私を手伝ってくれますか?」
「もちろん。一緒に戦いましょう!」
竜を旋回させて、空魔たちのいる方へと引き返す。
「酷い……」
リーシャが街を見て嘆いた。
爆撃を受けたのか街の各所から火の手が上がっている。消防の鐘の音がけたたましく鳴り響いている。
住民の悲壮な声が聞こえてくるようだ。
この惨状を、これ以上広げさせはしない!
「アニス、来た!」
リーシャの声で正面を見る。空魔が一体迫って来ていた。
もう一体の居る位置は方角がまるで違う。今なら目の前の敵に集中できる。
空魔が撃ってきた。魔法の火炎球が正面から飛んでくる。
魔法の障壁を竜の周りに展開し、防御姿勢をとった。
「そんなものっ!」
障壁にぶつかり、火炎球が爆ぜる。
大丈夫。完全に防げる程度の脅威だ。
煙が消えて視界がクリアになるのと同時に、障壁を解除して銃を撃った。
真正面。外すわけがない。一発当てて相手が怯めば、後はこちらの独壇場だ。
敵に隙を与えず、確実に一発一発当てていく。
十発の弾丸を撃ったところで、蜂の巣にされた空魔は事切れた。
空中にだらりと投げ出された死体を、竜の脚で蹴り上げる。
「やった! 倒した!」
市外の方に落下していく空魔を見届けて、リーシャが歓喜の声を上げた。
「もう一体!」
竜を旋回させて、残る一体への攻撃を開始する。
銃で狙い撃ったが、軽い回避でかわされた。
「気を付けて、あの個体は少し早いの!」
リーシャもどうやら手を焼いたらしい。
「だったら、先回りして―――」
敵の軌道を読んで引き金を撃つ。
狙い通り空魔の先端に弾が命中し、敵はぐらりとバランスを崩す。
敵の動きが止まった。
「うまい! 当たった!」
「これで、とどめだっ!」
一直線に接近しながら、空中に投げ出された敵の体にこれでもかと弾を撃ち込む。
断末魔の様な音を上げて、空魔は墜落した。
そのまま森の中へ落ちていくのを見届ける。
――終わった。
安心した途端、一気に体の力が抜ける。途端、足の支えがスッと無くなって、視界がくるりと傾いた。
「うわぁああ!」
「アニス危ない!」
リーシャが後ろで支えてくれたおかげで何とか踏ん張れた。
危なかった。危うく私まで森に真っ逆さまだ。
最後まで格好つかないなぁ、もう!
「それにしてもすごいわ! ほんとうに倒しちゃった! アニス、貴女ってやっぱりすごいのね!」
リーシャがはしゃいで私の背中に抱きついてきた。
意外だ。彼女、こんなに距離感が近い人だったんだ。
「ぜんぜん。リーシャさんがいたからだよ。二人じゃ無理だった。だから、二人で取った勝利」
「うんっ!」
私がサムズアップを作ると、リーシャも後ろから親指を立てた拳を突き出してきた。
晴れやかな勝利――なんだけど、私たちって完全にやらかしちゃってるんだよなぁ……
「あーあ、教官に怒られちゃうわね」
リーシャは呑気なもので、茶化す様に言ってくる。
けれど、私の心はとことん暗くなっていくばかりだ。
「それだけで済めばいいけどなぁ……」
命令違反に、備品の持ち出し。勝手な戦闘行為。
これ、間違いなく退学じゃない?
いや、軍法会議案件? 裁判にかけられる? 監獄行きならまだいい方で、下手したら死刑になるんじゃ……
あばばばば……このまま逃げちゃおうかなぁ……。
「大丈夫。私たちは街を救ったんだもの」
私の不安を察してか、リーシャはそんな風に励ましてくれた。
基地に戻ると、訓練生全員が手を振って出迎えてくれた。私たちが戦っていたのは、基地からでも見えていたのだろう。歓迎ムード一色だ。
その後ろに立つ教官組は、なんだかこっちを睨んでいるような気がしないでもない。空の上からだとよく表情が見えないんだよね。怖い。
不安な気持ちを何とか抑えて、竜を降下させる。
唐突に、リーシャが背後で口を開いた。
「私が竜に乗ろうと思った理由は貴女なのよ。貴女みたいなヒーローになりたくて。だから絶対あきらめないでね。私の竜騎士様!」
ぎゅっと、背後から抱きしめられた。
彼女は着地と同時に竜から飛び降りて、そのまま皆の所に行ってしまう。
「な、ななっ……!」
なんだろう。なんだかすっごく恥ずかしくて、顔が熱くなる。
でも、そうだよね。私が先に彼女に宣言したんだ。だったらもう、辞めるとか言えないよね。
よぉし! 決意が固まった。私は絶対、竜騎兵になってやる!
◇
「アニス・ベル、リーシャ・ホリーブ両名を、特別騎竜部隊『ヴィーヴィル』へ配属するものとする」
卒業証の授与と同時に、教官から通達が下る。
あの騒動から一年。私たちは厳しい罰こそ受けたものの、退学せずに済んだ。
荒療治となったのか、あの戦い以来私は少しずつコツを掴んで自力で竜に乗れるようになった。
そして今日、私はリーシャと卒業する。晴れて憧れの竜騎兵になるのだ。
「目指そうね。みんなを守れるヒーロー」
リーシャが隣で笑う。
「うん。二人でね!」
私は彼女にサムズアップして見せた。
ドラグーン・ヴィーヴィルズ 洋傘れお @koumori00
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