第4話 亡者の森
『亡者の森』
その森の名、俺は両親から嫌というほど聞かされている。
なんでも一人前の冒険者でさえ、任務以外で森に入ることを禁止とされているとのことだ。
A級冒険者だという父さんでさえ、あの森には極力行きたくないと言っていた。
その真意までは分からないけど、それほど危険ってことだと思う。
今4人の子供達はあろうことかそんな恐ろしい森へ向かおうとしている。
しかもみるからに怪しい女に誘われて。
ここは中身おっさんの俺が子供達に注意喚起すべき場面だ。
「おーい君達!」
俺は少し遠くから4人の子供達の背に向かって呼びかけた。
しかし反応がない。
「今、亡者の森に行くって言ってたけど、やめといた方がいいんじゃないか?」
構わず声をかけていくが、やはり振り向くどころか無反応。
まるで特定の相手を無視するという子供界隈に存在するイジメを受けている気分になったが、あの年齢の子達が打ち合わせもなく、同時に聞こえないフリってのはさすがにあり得ない。
あれはもう俺の声を認識していない、そんな感じだ。
しかし中の1人、例外が存在した。
あの不気味な女の子だ。
俺は彼女の長い前髪に隠れた目とバッチリ視線が重なった。
そしてニタニタと笑う口元からは不気味で且つ、作為的な何かを感じる。
間違いない。
あの女の子は何か企んでいる。
しかもあの目、まるで俺にも森へついて来いと言ってるようだ。
「……ねぇ。ここを通れば森まですぐだよ」
不気味な女の子が目の前に手をかざすと、そこには人1人分が通れるくらいのドア状の空間が現れた。
「なんだ、これ!? すげぇや!」
ガキ大将がまず歓喜の声をあげ、なんの疑いもなくそのドアをくぐった。
「ま、待ってよぉ〜」
と、ガリガリ君がそれに続く。
その後も順調に、とはいかず、銀髪美少女は立ち止まったまま。
どうやらそのドアについて一考しているようだ。
後先考えずにくぐったあの2人は一度置いておく。
とりあえず今、救えるあの子だけでも……っ!
そう思って俺は彼女の元へ駆け出した。
「行っちゃダメだっ!」
「ほら早く、閉じちゃうよ!」
しかしこの叫びは彼女に届かず。
俺を一瞥した不気味な女の子は銀髪美少女を背中から押し、半ば無理矢理に空間を通らせたのだった。
くそ、間に合わなかった。
今、俺の前には謎の空間がまだ残っている。
さて、本当にここを通っていいものなのか?
あの不気味な女の言うことが嘘じゃないなら、この先は亡者の森だ。
例え俺が向かったとしても今のエリアスの実力では生きて帰れる保証もない。
このまま知らないフリをして大人しく家に帰るって選択肢も……。
「……いや、ダメだっ!」
俺は頭を全力で横に振り、雑念を消し飛ばした。
仮にも元剣聖、今まで数多くの国を救ってきた男だ。
こんなことで弱気になってはいけない。
大丈夫、村の子供3人程度、救えない俺ではないわっ!
器はエリアスになれど、中身は剣聖アルベールのまま。
あの時誇りに思っていた自分の中の正義感は、たしかに今ここにあったのだ。
そんな懐かしくも暖かい安心感という感情を抱えながら、新しい生であるエリアス・アールグレイは村の子供達を守るべく、謎の空間へ飛び込んでいくのだった。
◇
森に入ると、子供達の姿がすぐに見えた。
ここからは背後で本格的に身を潜める。
元剣聖にとって気配を消すのは1つの技術、前世で染みついたそれはエリアスになった今でも容易くできた。
「ねぇ、本当に大丈夫? 森の中暗くなってきたんだけど」
しばらく進むと、ガリガリ君が見た目通りの弱音を吐く。
まぁ無理もない、中に入って数分だけど森の中は思ったより入り組んでいて、もうすでに入口が見えなくなっている。
「大丈夫よ、もうすぐ着くから」
「そうだぜ、もし何か出てきても俺が父様から教えてもらった中級魔法でやっつけてやるよ!」
不気味な女の子と共に説得するガキ大将。
しかしあの歳で魔法を使えるなんて実に珍しい。
それに中級魔法なんてきっと俺にも使えないのに。
よほどいい環境で育ったのだろう。
「わぁ、ロドスくんは頼りになるなぁ!」
ガキ大将改めロドスの強気な発言に感嘆を漏らす。
「それじゃ奥に行こ?」
「ま、待って。やっぱりおかしいよ」
改めて奥に誘導してくる不気味な女の子に対して、銀髪の美少女が止めに入る。
「何がおかしいの?」
「だって森も暗くなってきたし、なんだかこの森の魔力がザワついてる」
そう言って銀髪の彼女は自分の耳に手をあてがい、何かを聞き取ろうとしている。
魔力がザワつくとは?
あの子は一体何を言ってるんだ。
俺の頭では到底理解に及ばなかった。
もちろん他の子供達にも理解できるわけもなく、男の子2人も首を傾げて目を合わせている。
「アナタ、マリョクが視えるノネ……ッ!?」
しかしそんな中不気味な女の子から発された声、今までと比べて異質だった。
明らかに幼少期の子の声ではない。
もっと大人の女性の……いや、性別すら分からない低くて雑音の混じっている感じ。
もはや人かどうかも怪しい。
さらに見た目に関しても大きく変貌しており、不気味な長い髪は全て逆立ち、今まで隠れていたその大きく見開いた真っ黒な瞳が露わになった。
「え……っ!?」
銀髪美少女の悲鳴がしたその瞬間、 2人の距離はほぼゼロ距離になる。
そして彼女の髪全体をガッとかきあげた。
「ヤハリ、オ前、エルフダナ?」
「キャッ!!」
銀髪美少女は女の手を払い退け、後ろへ後ずさる。
「なんだ、こいつ!?」
ロドスは少し遅れて警戒し始め、その背中にガリガリ君が隠れるという陣形を取る。
「エルフはコノ先に入レナイ!」
エルフ?
たしか漫画とかでよくみる耳の尖った種族だっけ?
今、一瞬彼女の耳が見えたけど、たしかに少し尖っていたような。
「キェェェェェェェッ!!!!」
突然響き渡る大音量の奇声。
もちろん声の主はあの女だ。
ウォォォォ――ッ
すると辺りのざわめきが大きくなり、明らかに人ではない獣のような雄叫びがあがり始めた。
「この吠え方、ブラッディウルフ!?」
ロドスの後ろに隠れているガリガリ君がこの咆哮の正体らしきモンスターの名を呼ぶ。
それからあっという間に彼らはそのブラッディウルフとやらに囲まれてしまった。
その数、おそらく10は軽く越しているだろう。
「た、助けて……」
「ロドスくんっ!」
「大丈夫だ、俺がいる!」
「エルフがイルノナラバ、話は別。全員殺セ! エルフ女は確実ニダ!」
元々少女だったその存在はモンスターにそう言い残して、姿を消した。
ブラッディウルフはそれが分かったのかガル、と一斉に短い鳴き声を放つ。
「い、今のうち! 水中級魔法【ウォータースプラッシュ】」
狼が襲ってこない間に、と思ったのかロドスは手から勢いの強い水を噴射させた。
さすが中級と自称していたこともあり、1匹の狼がその威力に大きく吹き飛ばされていく。
おぉ、やるじゃないかと思ったのも束の間。
残りのブラッディウルフはそんなこと気にも止めず、一目散に3人へ襲いかかる。
「そんなにたくさん魔法撃てねぇよ……」
「……っ!」
「わぁぁぁぁ、助けて!」
「……仕方ないな」
俺はアルベールだった時のように、手刀を全力で水平に振る。
それにより起こった爆風と力に乗せた殺気がブラッディウルフの元まで飛ばされた。
前世ならあの風で全滅させていただろうが、今はどの狼もピンピンしてやがる。
エリアスの体じゃこの辺が限界って感じだろう。
しかし本来の目的のひとつである殺気を飛ばすのには成功したらしい。
おかげで皆、俺に釘付けだ。
「「「「ガルルル」」」」
『エリアス・アールグレイVSブラッディウルフ』勃発って感じだな。
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