ホントは思ってないけど、僕だけ快適でスミマセン と言っておきます

しょうわな人

第1話 容疑者、少年A

 その日もいつものごとく始まった。


「おい、用無し! お前に俺様の昼飯を奢る権利を今日もくれてやるよ!」


「用無し〜、僕、喉が渇いたから自販機でペプイコーラ買ってきて、あっ、勿論だけど君の奢りだよ」


「用無しっ! キモい目でアーシの胸を見んなよっ!!」


「用無しくーん、これ職員室まで持って行ってねー!」


「用無しくん、ゴミ出しといてって頼んだわよね? 何でまだしてないの?」


 僕の名前は家無威いえない洋名視ようなし、冗談みたいな名前だけどちゃんと戸籍謄本に記載されている本名だ。

 名前の通りに家も無いし、人に高圧的な態度を取られると何も言えない気の弱い男子高校生だ。


 家が無いのは産まれた時に親から捨てられたから。その時に僕の側にあった手紙には名前が書かれていて、そこに書かれていた名前で施設長が登録したらしい。


 そして僕の名前は決まってしまった……


 それから小中しょうちゅう学生の頃は名前の所為で揶揄われて過ごし、勉強して入学する事が出来た県立の用命高校ではイジメを受けていた。

 けれども僕はそんな事イジメでイジケたり挫けたりする事なく、僕が高校に進学したいと言った時に後押ししてくれた施設長にいつか恩返し出来るようにと勉強を日々頑張っていたんだ。実はそれももう叶わない夢となってしまったけれど……

 それでもまだ新しい夢が出来たから、僕はまだまだ頑張ろうと思っていたんだ。


 あの日までは……


 僕だけが感じているようだったけど、その日は何だか朝から空気がおかしかった。

 でもみんなの様子はいつもと同じで、僕は男子にも女子にも洋名視ようなしという名前なのに用事を言いつけられて忙しくしていたんだ。

 そしていつものように隣のクラスのかまち太輔たいすけくんに言われて学校の外の自動販売機にペプイコーラを買いに行ったんだ。


 で、いつもより時間をかけて学校に戻ってみたら……


「おいっ!! 一人だけ居るぞ! この生徒は何年生だ?」


 制服を着たお巡りさんが一年生の教室に向かう僕を見つけてそう叫んだんだ。


「おお、家無威くん! 君は何処に居たんだ? 他の一年生は何処だ? 知ってるなら早く言うんだ!!」


 お巡りさんに問われた学年主任をしている内倒ないとう先生が凄い形相で僕に迫ってくる。


「えっ! いや、あの、ぼ、僕は何も知りません! ぼ、僕はコーラを買いに出ていて……」


 この内倒先生は僕がイジメを受けていることを知っているけど見て見ぬふりをしている先生だ。


「何っ! コーラを買いに学校の外に出ていただとっ!!」


 内倒先生がそう言って僕を怒ろうとしたけどお巡りさんに止められた。


「まあ、待って下さい、先生。それよりも今は他の一年生や先生方が何処に行ったのかを調べる事が先です。君は家無威くんと言うのかな? 君以外の一年生全員と授業を担当していた先生の行方が分からないんだ。何か知ってる事はないかな?」


 お巡りさんにそう聞かれるけれども僕にはみんなが居なくなった理由については何も答えられなかった。

 ペプイコーラを売ってる自動販売機までは学校から歩いて七〜八分の場所にある事を伝えて、僕が今日はわざとゆっくりと歩いていき十分かかった事も伝え、それからその自動販売機の側で更に十分ほど考え事をしながら立っていた事も伝えた。


 そうしてその日は行方不明事件が起こった事により学校は休校となり僕は施設に戻ったんだ。


 まさか翌日、僕が容疑者として疑われる事になるとは思っても見なかった……


 朝から何か騒がしいと思ったら現施設長の番内ばんないさんが誰かと言い争いをしていた。


「うちのようくんがそんな事をするわけがありません! もっとちゃんと調べて下さい!!」


「いや、そう言われてもですね、私らも上からの命令でここに来ておりますし、逮捕状もこの通りありますので、まあ執行させていただくしかないんですわ」


 うん、どうやら僕の事らしいけど出た方が良いかな? そう思い施設の玄関に向かうと番内さんが二人の男性と揉めていた。そして、僕を見た二人の男性は何やら紙を広げて僕に見せてから言った。


家無威いえない洋名視ようなしだな! 用命高校一年生行方不明事件の容疑者として逮捕する! 大人しくしろっ!!」


 聞いた時に僕はこう思ったよ。貴方がたの脳内でどういう決着をつけたのか分かりませんが頭の中は狂ってませんか? ってね。

 考えたら分かると思うんだけどね。施設で暮らす何の縁も力も無い僕がどうやって一年生三クラス僕を除く合計百五十九人と、授業をしていた三人の先生方を行方不明にさせる事が出来るのか? 無理だと分かっていても誰かを犠牲にして国民やマスコミに叩かれるのを防ぎたいだけなんだろうと思う。


「洋くん! 逃げてっ!!」


 番内さんがそう言って刑事さん二人を足止めしようとしてるから僕は素直に刑事さんのところまで行ったんだ。番内さんまで逮捕させる訳にはいかないからね。


「番内さん、大丈夫だよ。僕が出来る事じゃないって直ぐに分かって釈放されるよ。ちょっとだけ行って来るよ」


 この時の僕は番内さんに迷惑をかけてはいけないと必死だったから忘れていたんだ。自分の特徴を……


 刑事さん二人に連れられて僕は取調室に入れられた。本来なら少年事案という事で取調べも刑事さんじゃないはずなんだけど、事が大きいからって強引に刑事さんたちが取調べするって事になったらしい。


 それで僕は今、目の前で威圧されて何も言えなくなってしまっていた……


「おいおい、ガキが一丁前いっちょまえに黙秘権を行使しますってかっ!! 大人を舐めんじゃねえぞっ、小僧っ!!」


 黙秘権を行使してるんじゃなくて威圧されると喋れなくなるだけなんですって事も言えない僕は、その後、三時間通して取調べという名の脅迫を受けていた。


「おいっ、今日は留置所に入れて明日の早朝から再開しろ!!」


 扉が急に開いて刑事さん二人にそう言ってその人は出ていった。 


「ケッ、強情なガキめっ! 絶対にお前がヤッたって認めさせてやるからなっ!!」


 僕はその時は知らなかったけど、世間では既に行方不明となったみんなは既に殺されていて、僕がイジメの復讐として何らかの手段を用いて実行したって事を信じていたらしい。

 そして番内さんの居る施設にもかなりの人たちが押し寄せていたそうなんだ。幸い、施設にいたのは僕だけで、その僕が逮捕されていたから番内さんも自宅に居たので難を逃れたらしいんだけどね。


 その夜、留置所の中で僕はやけに周りが静かになった事に気がついたんだ。


『あら、凄い! 気がつくなんてやっぱり君は凄い才能を持ってるんだね!』


 僕の脳内に直接響く声が聞こえてきたのもその時だったよ。


「誰ですか?」


 僕が声に出して答えると、


『うん、君には申し訳ないことをしてしまったようだね。僕は君たちが言うところの神様っていう存在になるかな? 姿を現してもいいかな?』


 そんな言葉が聞こえたから僕は頷いた。すると僕の目の前に番内さんと比べても遜色ないレベルの美少女が現れたんだ。


『おお、驚いてくれて有難う。あ、僕っ娘って君の好みに合ってるだろう? だからこの姿にしたんだけどどうかな? ってそんな事を言ってる場合じゃないや。このままだと君は不当に容疑者、いいや犯人として断罪されて、君の好きなあの番内という女性もとんでもない目に合う事になってしまうんだ。だからさ、遅れ馳せながら君と君の大切な番内くんを転移させて上げようと思ってね』


 何だか恩着せがましいけど…… 僕はこの自称神様にカマをかけてみることにしたんだよ。

 

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