第34話 【黒ノ禁忌】
あれは忘れもしない8月18日のこと。
俺は一騎討ちのために箕原道場で訓練をしていた。
「先輩、では2回目いきますよ? 準備はいいですか?」
アリスはスマホのタイマー機能で時間の計測を行ってくれている。
「箕原さん、あの……がんば、です」
「こら兎亜! 何度も言うが、この人はアリスさんの師匠だぞ。生意気な口をきくんじゃない!」
兎亜さんの応援に、実の兄である鉄士が言葉遣いについて注意を入れる。
「鉄士くん、俺は全然フランクな方が話しやすいから気にしなくていいんだよ?」
「ほら、箕原さんもそう言ってくれてるわけだし……」
「いや、そういうわけには……。箕原さんっ! 兎亜を甘やかさないで下さいよっ!」
「お……おう、なんかごめん」
とんだとばっちりだ。
俺としてはずっとかしこまられても気が滅入る。
だからこそ望んだフランクさだったのだが、鉄士には納得頂けないようだ。
彼はそのガタイ通り学生時代は元ラグビー部で、上下関係にめっぽう厳しいらしいからな。
一方の兎亜はなんというか猫っぽい性格。
基本警戒心が強いが心を開くと寄ってくる、そんな感じ。
人見知りが激しくて初めこそ話しかけてもビビられてはいたが、どうも剣術に興味があるらしく、修行の合間に少し教えてやったらなぜか懐かれた。
まぁ懐かれたといっても竹刀や刀の握り方や使い方、気になることを度々質問してくるので、それに回答するくらいだが。
「ほら、ベラベラ喋ってないで! 先輩、よーいスタートッ!」
「え、ちょ……っ! マジかっ!」
思わぬ会話で止まっていた修行をアリスは無理矢理軌道修正してきた。
彼女の合図で、俺は急いで床に置いてあった赤い剣柄を握って持ち上げる。
つまりこれが修行なのだ。
決してこの剣が重いわけではない。
温泉旅行の時も話に挙がったが、この剣を持つと何らかのエネルギーを吸い取られるのだ。
こうしている間にも俺の体力が徐々に少なくなってきている。
ちなみに昨日までの最高記録は1分20秒、これを過ぎると俺自身、剣を握る力すら残っていなかった。
これじゃ戦いにすらならない。
「や……ば、い……っ!」
再び体が限界に近づいてきた。
タラタラと垂れる冷や汗、頭くらくらに目眩まで。
明らかに体の健康を保持する何かがゴッソリと抜け落ちていく感覚がする。
「先輩っ! あと10秒、今日はそこまでいきましょうっ!」
あと10秒……っ!?
そんなのいけるわけ……いや、しかしコイツらは異能対策部の仕事の合間を縫ってこの道場に足を運んでくれている。
せめてもの成果を出さないと、俺はみんなに顔向けできない。
がんばれ、あと10びょ……あ、ダメだ意識が……。
俺は膝から崩れ落ちて、誰かに抱えられる。
「先輩……1分30秒、いけましたよ、よくがんばりましたっ――」
朧げな意識の中聞こえた、そんな言葉を最後に俺の記憶は一度途絶えたのだった。
◇
戻った意識、初めに耳に届いた声はアリスでも兎亜でも鉄士でもなかった。
まるで子供のような上ずった声、まるで聞き覚えのないそれだ。
そもそも知り合いに子供なんていないのだから。
「おい貴様、意識が戻ったのは分かっておる。早く起きんか!」
子供にしちゃ偉そうな言葉遣い。
話し方も今時ではないし。
疑問は多いが、俺は頭がはっきりとしないままに体を起こす。
「なんだ、お前」
ぼんやりとしていた意識が一気に吹き飛んだ。
そりゃ目の前に、フィギュアにでもなりそうな小さな鎧兜がちょこんと腕組みをして立っているのだから。
「お前とは酷いのぉ。せっかく【黒ノ禁忌】の主人になり得るものへ挨拶に来てやったのに」
銀色の兜下の表情こそ見えないが、そう言うミニ鎧兜は心無しかムクれているように見えた。
「くろのキンキン……え、主人、何がどーなって……」
「先輩、ワタクシが少し説明を」
チンプンカンプンの俺を見かねて、ひと足先に説明を受けたアリスが一部始終を伝えてくれた。
どうやらこのミニ鎧兜、この間ダンジョンで入手した剣に宿っているエネルギー体らしい。
元々この剣にはあの鎧兜の発するエネルギーのようなものが大量に取り込まれている。
それを具現化したものだから、どうしても姿形はこうなるのだと。
にしたって小さ過ぎる気もするが。
そしてこの剣の正式名称が【黒ノ禁忌】
昔からそう呼ばれているらしい。
「で、そのミニ鎧兜様がなんの用で?」
「なんの用とは酷い……ってさっきからこの主人は何故にこんな口が悪いのだっ!?」
「先輩の口が悪いのなんて昔からですよね? 『ノロ』ちゃん、話の続きは?」
なんかアリスに軽くディスられた気がしたが、どうやらまだ話は途中だったらしい。
「あぁ、今から話す。っとそこの女、我の名はノロちゃん、などではない! 『ノロ』だ」
「えーノロちゃんの方が可愛いのに。ね、兎亜ちゃん!」
「え、えと……その、はい。後で抱っこ、いいんですよね?」
話を振られた兎亜は遠慮気味にも目を光らせている。
ありゃ女子が好きなマスコットキャラを見る眼差しだ。
「いや、誰もそんな許可を出したつもりは……」
「ノロちゃん、話の続きは?」
「お、そうだのぉ。続きだ」
アリスに急かされたノロは、後で自分がぬいぐるみの如く愛でられる未来なんて全くもって知らぬ存ぜぬまま口を開いた。
話をまとめるとこうだ。
【黒ノ禁忌】に宿るエネルギー、それ自体が戦いを欲している。
つまりノロ自身、戦闘欲求を強く抱いているらしい。
こればかりはエネルギーがそういう性質なのだから仕方ないようだ。
しかし【黒ノ禁忌】これ自体に大きな欠点があり、使用者のエネルギーを常に吸い取ってしまう。
そしてそれに唯一対応できたのが、俺達と戦ったあの鎧兜だけだったらしい。
それだけこの剣を扱うのは難しい。
なんたって普通の人間では間違いなく使いこなせる奴なんてまずいない、そういう次元の話だ。
「えっと、なんかごめん」
「いや、我はああいう戦いを望んでおった。戦いを続ければいずれ負けが訪れる、それがあの時だっただけのこと。気にすることではない。それに……新たな主人も得たことだしのぉ」
「新たな主人ってもしかして……」
なんか嫌な気がする。
というかまぁすでに確信なわけだが。
「ん? お主に決まっておろう。何をおかしなことを言う」
ノロはケラケラと声に出して笑っている。
◇
9月1日、天明中学校体育館――
という流れで今ってわけだ。
現在、俺が【黒ノ禁忌】を手に持てる時間は約2分。
実質で言えば1分30秒が限界なのだが、そこはノロのサポートで少し延長することができた。
おかげで2分は剣を振れる。
それに気を失うほどの消耗だってしなくなった。
傍からすると、なんだえらく短い時間だなんて思うだろうが、この1分30秒と言う数字、【黒の禁忌】が誕生して2000年、その秒数に辿り着いたものはあの鎧兜の他いないらしい。
さて、今向かい合っている暁斗に時間制限付きで勝てるのか?
答えはもちろん分からない、だ。
しかしこの【黒ノ禁忌】を使うことで、その答えは限りなくYESに近づく。
なんたってこの剣、《触れる異能を無効化する》能力があるのだから。
再びノロは俺の影に潜む。
(いいか燿、残りは1分半といったところだ)
(おーけー分かった)
俺は心の中で返答した。
第2ラウンド。
今も尚洗脳されているであろう虚ろな目の暁斗。
別室で捕えられているコトユミ。
奴隷のように扱われている人達。
今被害に遭っている全ての人を守るために俺はこの【黒ノ禁忌】を振るう。
……いや、綺麗事ばかりはいけねぇな。
俺は、そんなクソみたいな環境を生み出した黒幕を単純にぶっ飛ばしたいのだ。
自分勝手で独りよがりな道だけど、お前の好きな戦いってやつはたくさん転がってる。
ついてきて損はねぇはずだ、ノロ。
少しの時間、俺に道を切り拓くだけの力を貸してくれ。
「行くぞ、【黒ノ禁忌】」
俺は再び戦闘態勢に入ったのだった。
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