第33話 力の差


 

「……バースト」


 冷酷なほど冷たく、淡々とした口調。

 暁斗はそう言い放つと同時に手をかざし、ほんの一瞬、視線が俺の右足へ集まった。


 何かが起こる――


 そんな違和感が脳によぎる前に、俺は無意識に大きく1歩後退していた。

 その感覚、第6感とも言える俺の直感はまさしく正解、飛び退いた瞬間、その場は小さな爆炎に包まれたのだった。


 さすがに避けたといえど、発生した爆風にバランスをとられた俺は、数メートル後方へ勢いのまま転がり飛ばされる。


 あそこで退かなかったとすれば、被害に遭ったのはちょうど俺の右足にあたる場所。

 つまりさっき感じた視線は技の誘発場所を指定したということになる。


 崩したバランスを一瞬で整えて正面を向き直すが、すでに暁斗の姿はない。


「暁斗、どこだ……っ!?」


 左右見渡しても目に入らない。

 こういう時のテンプレは……。


「上だっ!」


 ビンゴ。

 暁斗は宙を舞っていた。

 それも体育館のほぼ天井付近。

 異能者の身体能力とは相も変わらず規格外だ。


 空中の暁斗がちょうど逆さ向きになった時、次は両掌を俺にかざしてきた。


 また爆発か、とも思ったがどうやら違った。


 あれは……デカい火の球、それは今までに暁斗が創り上げてきたものとは比較できないほどの大きさ。

 それこそ両手で抱えるには難しいくらいの球体に仕上がっている。

 燃え上がるその炎はまるで地球中心に存在する超高温のコアのよう。

 実際見たことはないが、その球体は火や炎という単語では言い表せない、そんな輝きを放っていた。


「……プロミネンス」


 赤い球は、暁斗の手元から解放された。

 放たれたそれは地上で構える俺に向かってゆっくりと迫ってくる。


「おいおい……ヤベェって」


 思わずそう漏らしたが、さすがに人智を超えすぎてて草すぎるぞ。

 いくらちょっと武道を嗜んでいるとはいえ、あんなのどうしようもない。


 それに技の規模がデカすぎて、2階席の観客も少しざわつき始めた。


 そして近づくにつれて球は大きく鮮明となっていく。

 見かけの大きさは距離に反比例するなんて聞いたことがあるような気がするが、これがそういうことか。

 実際に物体の大きさが変わるわけではなく、距離が近いほど大きく見えるというあれだ。


 今、明確な危機というものに遭遇しているはずなのに、頭の中は妙に鮮明。

 これがいわゆる走馬灯、これまでの人生を振り返って……って俺そんな比例反比例なんて考えたことねぇよ。


「……輩っ! 先輩っ!」


 そんな中、ふと聞こえたアリスの声に俺は正気を取り戻した。

 迫ってくる球に俺の本能が半ば諦めていたのか、思考がおかしな方向へと向かっていた気がする。


 直径2メートルほどの火球が降りかかる。

 あれが爆発でもしたらさすがに木っ端微塵。

 どうにか避けないと。


 そう思ってから、約5秒……いや、あくまで体感時間なので明確には分からないがそんなもんだろう。

 火の球は見事、床への接触を果たし、そのままいとも簡単に構造物を溶かしつつめり込んでいく。


 そして全体が床へ埋まり切った後、行き場の無くしたエネルギーが爆発という形で全て解き放たれた。

 幸い火球は地中で起爆したため、大きな被害はなく、周囲の床や壁を少し消し飛ばした程度。

 体育館のフローリングはもうすでに見る影もなく、床下の土や岩肌、壁を貫いて所々外の景色が剥き出しになっている。

「……消し、飛びましたか?」


 爆発後、どうやら詩ってやつのバリアで身の安全を保証していた先生が2階周回廊から顔を覗かせている。


「生きてるわ、バカタレ」


 実は爆発が起こった瞬間、咄嗟に部屋の端に存在していた体育倉庫の中で身を隠していた。

 ガッシリした倉庫の扉こそ壊れてしまったが、なんとか自分の身は守ることができたみたいだ。


 俺はひょこっと床を失った体育館へ舞い戻り、言葉を返した。


「そうですか。では暁斗くん、しっかりトドメを刺してあげなさい」


「……はい、先生」


 暁斗は体育倉庫から出てきた俺と目が合ったと思えば、すかさず手をかざしてきた。


「バースト」


 唱えたその異能、俺の見立て通りなら狙った場所を起爆させることができるはず。

 今回暁斗の視線はまっすぐ逸らすことなく俺を見つめていた。

 ってことは俺の上半身ごとぶっ飛ばすつもりか?


 そう思った俺は、を手に持ち、を、胸の前で斜めに構えた。


 ものの数秒経過してから、


「……バースト」


 暁斗の口から同じ言葉が発される。

 それに何度も手をかざし直すところ、上手く発動できていないということだろう。


「バースト、バースト……プロミネンスッ!」


 するとかざしなおした両手に再び火球が生み出された。

 次はさっきの半分ほどの大きさ、より巨大にするには溜めの時間みたいなものが必要らしい。


 そして放った火の球体は一直線にブレることなく飛んでくる。


 ザッ――


 俺は握った剣【黒ノ禁忌】を無遠慮に振った。

 するとその球は見事真ッ二つ。

 その二手に分かれた球体は、左右に俺の体を横切って背後に小さな爆発を起こしたのだった。


「……斬、斬っただと? そんな、こと……」


 2階周回廊に目をやると、今まで見たことないほどに動揺した先生の姿。

 まさか俺が異能者の攻撃を防ぐとは思いもしなかったのだろう。

 それに暁斗、彼にしても予想外の出来事が起きたからか、かざしていた手を下ろして黒目を泳がせている。


「ほれ燿、お主がもっと早く【黒ノ禁忌】を使っておけば、この体育館とやらの被害ももう少し少なく済んだのにのぉ」


 いきなり俺の足元から甲高い子供のような声が聞こえてきた。

 静かなこの空間には少し目立ちやすい声だったため、2階周回廊にいる観客全員の視線が一斉に集まる。


「いや、だって2分だぜ? いきなり様子見せずに使ったら倒れちまうって」


 俺は自分の影に向かって言葉を返す。

 傍から見れば奇妙な行動、しかし物事としては正しい……そうここの全員に周知してもらえたのは、それからすぐのことだった。


 ニュイッと俺の影から、俺の膝下程度の身長のミニ鎧兜が姿を現したのだ。


「つべこべうるさい奴じゃ。グチグチ言っとらんで、さっさと倒してこいっ!」


「……へいへい」


 コイツの言う事には一理ある。

 何せこの【黒ノ禁忌】、使える時間に制限があるのだから。



 そんな謎多き武器【黒ノ禁忌】と俺の影から現れたチビ鎧兜、この二つを知るためには今から2週間前もの時間を遡らなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る