第2話 人の皮を被ったバケモノ
とりあえず俺は道場目の前の細い路地を走り抜けている。
ここを抜けた先に商店街があるのだ。
俺が生まれ育った町、お世話になった昔ながらの八百屋や本屋。
そこにはいつものおっちゃんやおばちゃんがいる。
どれも大切な思い出であり、繋がりだ。
ようやく到着した商店街。
行き着いたその場所、それはいつも目に映る光景……ではなかった。
1本の電柱が無惨にも倒れ、行きつけの小さな八百屋にめり込んでいる。
本来倒れるはずがないもの。
しかしその電柱、下から数センチ付近が球状に抉り取られ、そこを起点に傾いている。
「……なんだよ、これ」
あまりの惨状にこれ以上言葉にならなかった。
「うわぁ――っ!」
「きゃあぁぁぁっ!」
そして間もなく、人々の悲鳴がこの場を支配した。
なんなんだ?
そう思って喚き声のあった地を目で探す。
そこには慌てふためく人々。
この場から一目散に逃げていくもの、足をすくんで佇むもの、腰を抜かし、その場でへたり込むものと様々だ。
そしてその原因となるものが地に転がっていた。
そう、血を流し倒れこむ男性の姿にすぐ傍で転がる左腕。
そしてそれがその男性の腕だと気づくのに時間は要さなかった。
彼の左半身を見れば一目瞭然だったから。
「はーい、動かないよーっ!! 今いるところでじっとしてて!」
「ちょっとリーダー、何してんすか? ひ、人なんて殺して、う、うえぇぇ……」
そこには学生服を着た2人の男子高校生。
その内の1人はその場でうずくまり、思わず上がってきたものを吐き出した。
「まぁ初めは吐くも無理ないか。少ししたら慣れてくるから大丈夫だ」
そのリーダーとやらは仲間の男子学生の背中をさすって気持ちを落ち着かせようとする。
「ひ、ひぃ……」
そんな時、隙を見てゆっくり後ずさっていく女性の姿が俺の目に入る。
そしてそれは俺の探していた人物と完全に特徴が一致した。
「ちょっと! 動くなっつったでしょ!」
時を同じくしてリーダーの視界にも入ったようだ。
彼は手を前にかざした。
するとその中心に何か丸い球のようなものが紡がれていく。
大きさにしてバレーボール大にまで膨れ上がったそれは、角という角を取り去った滑らかでキレイな透明の球。
しかしその中は、外見とは逆に流れ動く空気が不規則な方向へ乱流している。
「いけっ!」
そんな非現実的な物体は、リーダーの発した合図で勢いよく放たれた。
「っ……!?」
彼女は声にならない声を出し、その場で目を瞑った。
その球は確かな速度で迫り続ける。
このままじゃいけない……っ!
「心菜っ!」
もうすでに眼前までさし迫り、直撃する瞬間、俺は彼女の手を引いて球の軌道からズラしてみせた。
そしてその空気の球は通り過ぎて、背後にあった店の看板を貫いていったのだ。
「燿、ちゃん?」
「……ったく心配かけやがって。ヒヤヒヤしたわ」
よかった。
心菜が無事で。
「なんだ、お前? 異能者か?」
攻撃を邪魔したからか、学生のリーダーは不機嫌そうに呼びかけてくる。
「普通の人間だ。それにしてもなんだあの球、あんなの普通に危ないでしょーよ」
「ふん、普通の人間に興味ないな。お前ら人間はこれから俺の放つ【空気弾】の的になり続けるんだ。今に見てろ、異能者がこの世界の頂点、お前ら普通の人間が奴隷に成り下がる世の中になっていくからよ!」
そう言って彼は、ははは、と高笑いしている。
当初の心菜と合流するという目的は達成した。
俺としてはこのまま帰って箕原道場の今後について心菜と話し合いたいところ。
しかしこの異能者、あろうことか俺の愛すべき地元の1つであるこの商店街をめちゃくちゃにしやがった。
正直言って頭にきている。
それにこんな未知の力に浸っているクソ野郎が他にもいるってことを考えると、今ここで異能者の実力を図るってのも悪くないだろう。
「よし。決めた。お前をブタ箱にぶち込んでやるよ」
俺はそう言って鞘から刀を引き抜く。
「……燿ちゃんっ! 危ないって!」
心菜が俺の進行を阻むように背後から服の裾を引っ張ってくる。
「心菜、危ねぇのはアイツだ。商店街をこんなにしやがって。どっちにせよ、このまま放っておいたら道場だって破壊されかねないだろ」
「でも……」
「お前は、ここで道場のマーケティング方法でも考えててくれよ」
俺の声が届いたのか、心菜の手の力がフッと抜けた。
「プ……ッ! 人間ごときが! 俺が今日この商店街に来るまでに何人殺したか知ってるか?」
そう問うてきたリーダーは、そのまま間髪入れずに答えを口から出す。
「正解は、10人から数えてねぇ、だ。途中で数えるのもバカバカしくなってきてよぉ」
俺はあまりに普通の学生姿だから勘違いしていた。
テレビの報道に出ていたあの中学生も然り、力に目覚めた異能者はもう俺の知る人間ではない。
異能者全員がそうではないのかもしれないが、少なくとも今目の前にいるコイツはすでに人間を捨てている。
そう、人の皮を被ったバケモノだ。
そう思った瞬間、何かが吹っ切れた。
「そうか、なら遠慮はいらねぇな」
俺はこの学生服を着た化け物にゆっくりと歩みを寄せていくのだった。
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