勇者が悪役令嬢を討伐するまで

沼津平成

第1話 伝説・初老の勇者という前世

 その勇者は、パーティを持たず、一匹狼で暮らしていた。

 決して若いとはいえなかった。今は一週間に二度か三度、洞窟にいって、スライムを何体か倒して、街の平和を守っていた。

 勇者は、ある日、現代に転生した。前よりは少し若くなっていたが、それでも中年世代という印象イメージを持った。現代では武装は必要ない。悪とみなされるからだ。しかし勇者は争いの他に何の取り柄もなかったので、「悪魔が棲んでいる」とうわさされている場所を回っていった。

 たいていは誇張表現や、迷信だった。しかし、勇者は飽きなかった。

 

 ある日の午後。午前中にアスレチックを回った勇者・北洞陽太きたどうようたは、タクシーに乗って、あるビルにやってきた。エレベーターで地下まで下り、ドアを開けると、初老の案内人が顔をのぞかせた。


「エレン・スピートといいます」と老人はいった。「――失礼、これは異世界でのなまえでした。あなたは現代人ですよね?」


 北洞は答えを迷った。たしかに異世界でエレン・スピートという名前は聞いたことがある。

(しかし、この老人が異世界とつながっているわけでなく、知人がエレン・スピートという可能性もあるし、現代でも話題になっているエレンの話をだして、僕の興味を引いているということも考えられる。どうしようかな……)

 迷った末、北洞は作り笑顔を保ちながら返した。


「エレンさんこんにちは。僕は、ウィージア・トランスティーニです」


 ウィージア・トランスティーニと聞いた途端に老人が笑った。「なんと! あなたも元異世界住民でしたか」

 北洞は「恥ずかしながら……」と顔を赤らめた。そして、この老人が真実を話しているということを確かめた。

 老人の顔に、噓はなかった。

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