俺の妹の優先順位は、まちがっている。




 沢越彩華さわごえいろはは美少女である。それも完全無欠のS級美少女だ。


 それが同じ学校に通う俺―――沢越冬也さわごえとうやの妹である、周りからのあいつの評価だ。正直、兄の俺からすれば思い違いにもほどがあるがな。


 まぁ、兄目線じゃなくて客観的に見て評価をするなら、彩華は容姿端麗で成績優秀。運動神経も抜群。そんな三拍子が揃った上に、人当たりも良くて誰とだって仲良くなれる完璧人間。


 そのせいもあってか、彩華に告白する男どもは後を絶たない。同じ学年の男子だけでなく、全学年の男どもから好意の目を向けられている。ほとんどの男があいつの虜になっているだろう。


 そしてつい最近、あいつの魅力は学校の枠を超え、他校の生徒にまで知れ渡ることになった。放課後になればそういった手合いが周辺でうろついており、下校中に声を掛けられることもしばしばあるくらいだ。


 その度にあいつは断ってはいるが、それでもなお諦めずにアタックしてくる奴は多く、しかも日に日に増えているような気がする。まさに入れ食い状態だ。


 ……ただ、それだけだったらまだマシだったかもしれない。いや、これだけでも十分迷惑なんだが……それ以上に面倒なことが起きてしまったからこそ、そう思ってしまう。


 何が起きたのかといえば、それは―――


「は? 学校帰りにスカウトされた?」


「うん。そうなんだよねー」


 ある日の夜。夕食を食べ終えてリビングでくつろいでいた時、妹から不意にそんなことを告げられた俺は怪訝な表情を浮かべた。


 向かい側に座る彩華は特に変わった様子もなく、スマホをいじりながらいつも通りの調子で返答してきた。


「……ナンパとかの方便じゃなくて?」


「ううん、ちゃんとした人だったよ。名刺もらったし」


 そう言って彩華は一枚の名刺を取り出して見せてくる。名刺に書かれている事務所の名前は良く分からないが、名刺を渡している時点でナンパの線は無いだろう。


「……マジか」


 俺はそれを見て、驚きの声を漏らす。こいつに人を魅了する才能があることは分かっていたが、まさかスカウトされるレベルだったとは。


 まぁ、ただ、当然と言えば当然か。あれだけ周りからモテているわけだしな。だったら、スカウトされても不思議じゃないか。


「で、何のスカウトだったんだ? モデルか?」


「うーん、モデルではないみたい。アイドルにならないかって誘われたかな」


「アイドルぅ?」


 予想外の単語が出てきたことで、俺は素っ頓狂な声を上げた。いや、だってそうだろう。妹がスカウトされた上にアイドルだなんて、そんなの驚くに決まってるだろうが。


 しかし……アイドルか。目の前のこいつがフリフリのアイドル衣装に袖を通し、歌ったり踊ったりしている姿を想像してみる。……案外と様になるかもな。というか、適材適所なのかもしれない。


 内面的にはともかく、外面は完全無欠のS級美少女な妹のことだ。きっと人気が出るに違いない。そうなったら、それこそ今以上に引っ張りだこになるだろうな。まぁ、あくまで仮定の話だが。


「なんかね。その人的には、私ならトップアイドルも夢じゃないって言ってたよ。夢のような話だよねー」


「ふーん」


「あ、ちゃんと聞いてないでしょ?」


「聞いてるよ。で、どうしたんだ?」


「なにが?」


「そのスカウトになんて返事したんだ?」


 キョトンとする妹を一瞥したあと、俺はそう尋ねた。それに対して彩華は笑みを浮かべながら答えてくれる。


「そんなの決まってるじゃん。『嫌です』ってきっぱりと断ったよ」


「……だろうな」


 彩華が口にしたその言葉に、俺はため息交じりにそう呟いた。正直、予想通り過ぎる反応だったので、それを聞いても特に驚きはなかった。


「アイドル活動なんて微塵も興味が無いし、知らない誰かの為に何かをするなんて、絶対に嫌だからね」


「まぁ、お前はそういう奴だよな」


「当たり前じゃん。私は自分がやりたいことしかやらない主義だからね」


 自信満々に胸を張る彩華に対し、俺は苦笑いを浮かべた。昔からこいつは変わらない。周りの期待や要望に応えることはあっても、決して自分というものを見失わない。我を通す強さを持っている。


 ……ただ、その我の強さが変な方向性に振り切っている点については否定できないのだが。特に俺に向けての態度や行動については顕著であり、もはや末期的と言えるだろう。


「ちなみにだけどお兄ちゃん。どう思う?」


「どうって、何がだ?」


「私がアイドルになったら嬉しい?」


「別に。何とも思わないな」


 即答で返す。すると、彩華はムッとした表情を浮かべる。いや、そんな顔されてもな。というか、アイドルに微塵も興味が無いないんだろ。何が不満なんだ?


「ちょっと、即答しなくてもいいじゃん」


「思ったことを口にしたまでだ」


「むー。お兄ちゃんのいけず。別に私は……お兄ちゃんが望むなら、アイドルになってもいいのに。それも……お兄ちゃんだけの専属アイドルに」


「はぁ?」


「お兄ちゃんの為だけのファンサや握手会、ツーショット写真の撮影会とか、色々やってあげるよ? そ・れ・と……秘密の枕営業とかも。なんでもご奉仕してあげるから♡」


 ……なんだ、こいつ。気でも狂ったのか? いや、それは元からか。飼い犬が俺の顔を舐めたら、自分も舐めたいとか言う奴だもんな。考えるだけ無駄だったか。


「アホなこと言ってないで、さっさと風呂でも入ってこい」


「あ、アホって酷い! 私は本気で言っているのに!!」


「はいはい」


 俺は適当に相槌を打ちつつ、話を切り上げる為に席を立つ。これ以上付き合う必要はないと判断したからだ。しかし、その瞬間、後ろから声が掛けられる。


「ま、待って! お兄ちゃん!」


 妹はそう言うと、すがりつくように俺の服の袖を掴んできた。そのせいで足が止まり、必然的に振り返ることになる。


「なんだよ」


「え、えっと……アイドルのことはもうどうでもいいから、せめて一緒にお風呂にでも……」


「却下」


「そ、そんなぁ~!! なんでぇ!?」


「やかましい」


 まったく。そんなもなんでも無いだろ。俺は泣き言を言う彩華を引き剥がすと、そのまま自室へと向かうことにした。背後からはまだ声が聞こえてくるが、全て無視しておく。


 ―――と、まぁ……こんな感じで。妹がアイドルにスカウトされたという事件が起こったわけだが、それを利用した上で俺に迫ろうとしてきやがったわけだ。全くもって油断ならない妹である。


 ちなみに説明するまでも無いが、うちの妹は極度のブラコンである。だからこそ、周りから告白されようが断るし、スカウトされても嫌だと拒否する。あいつの思考回路は常に俺優先なのだ。


 完全無欠の美少女のくせして、どうして一番重要な部分だけ残念なのか理解に苦しむ。早く兄離れしてくれと思うが、あの感じではおそらく難しいだろう。


 とにかく、そういうわけで。今日も今日とて、そして明日以降もあいつは俺に迫ってくるのである。勘弁してくれ。




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