俺の妹の発想は、まちがっている。
******
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
休日の夕方。部活も終わって家に帰り、我が家の愛犬ペロ(チャウチャウ)の散歩にでも行こうかと準備しているところに、騒がしい声が聞こえてきた。
声は俺の後ろから聞こえてくるし、段々と近付いてきている。やれやれと思いつつ振り返ると、そこには妹の姿があった。
「お兄ちゃーん!」
そして俺に抱き着こうと、飛び掛かってくる妹。その勢いは例えるなら、エドモンド本田のスーパー頭突きみたいな感じだ。なんだよ、それ。勢いが良すぎる。
そんな妹による危険行為を目にし、俺は正直なところ避けたいという気持ちで一杯なのだが、それをすると彩華が大変なことに成りかねない。まぁ、そうなったとしても自業自得なのだが。
しかし、そんなことになれば妹を溺愛するうちの親父が黙っちゃいないだろうし、下手したら母さんからも制裁を受ける羽目になる。つまり、そういうことだ。
だから、ここは自己犠牲という名の自己防衛を選ぶしかない。つまり、甘んじて妹による突撃を受け止めるしかないのだ。
「ぐふっ……!」
そして俺は呻き声を上げつつも、愚妹を受け止め耐えることに成功した。いや、マジで痛いんだが。もう少し加減しろよ、このバカ。
「えへへ♪ お兄ちゃ~ん♪」
だが、当の本人は幸せいっぱいの笑顔全開だ。いや、ほんと元気だなこいつ。どれだけ俺のことが好きなんだよ。そんなに好かれても妹だから、面倒なだけなんだがな。
……というか、いい加減離れてくれないか。普通に重いんだよ、お前の体重。お前の好意並に重いわ、これ。あと、匂いを嗅ぐな。鬱陶しいからやめろ。
「おい、くっつくな。さっさと離れろ」
「えー? お兄ちゃんの温もりを、もうちょっと味わいたいんだけどなぁ」
「馬鹿なこと言ってないで、いいから離れろって」
俺はそう言いつつ、コアラのようにしがみついてくる妹をなんとか引き剥がす。その際、かなりの抵抗を受けたものの何とかやり遂げた。
「もう、酷いよお兄ちゃん! 私の愛の抱擁を拒否するなんて!!」
「うるさい、黙れ。で、何の用だ?」
「あっ、そうそう。実はお兄ちゃんに……お願いがあって来たんだ」
「……ほう、お願い」
もう何度目か分からない、こいつからのお願い。いつもいつも、変なことを頼み込んでくるんだが、今回は一体どんな内容だろうか。
少し身構えつつ、言葉の続きを待つ。すると、妹はこう言ってきた。
「えっとね、お兄ちゃん。今から、その……おさんぽにいこうよ」
「は?」
いきなり何を言い出すかと思えば、散歩だと? ……というか、今から行こうとしていたところだったんだがな。こいつの邪魔が入ったから、立ち止まったままだが。
もしかすると、あれか? ペロとの散歩を一緒に行くことで、デート気分に浸りたいとか思っているのか? だとしたら、相変わらずの残念思考だな。
「どう……かな? 私と一緒に、いってくれる?」
「……」
さて、どうしたもんか。いつもだったら即決で断るんだが……頼みが頼みだしな。微妙に断りづらい感じがしてしまう。
ただ……何かしら考えているだろうが、今回に関しては別に普通のお願いだし、たまには叶えてやるか。ちょっと癪ではあるが、付き合ってやるとしよう。
「……まぁ、いいだろう」
俺は二つ返事で了承した。それを聞いた彩華はパァっと表情を明るくさせ、嬉しそうな声を上げる。
「本当!? やったー!」
子供みたいにはしゃぐ彩華を見て、思わずため息が出そうになる。どんだけ喜ぶんだよ、こいつは。たかが散歩をするだけでここまで喜ぶか? まぁ、こいつが単純なだけなのかもしれないが。
「じゃあ、早速行こっか!」
「へいへい」
適当に相槌をうちつつ、俺は途中になっていた散歩の準備を進める。そしてリードを取り出してから、家のどこかにいるであろうペロに呼び掛けると、程なくしてこちらへやって来た。
やってきたペロはリードを見るなり、散歩に行けると察したのか楽しそうに尻尾を振り始める。その様子を見て思わず苦笑しつつ、俺はペロの首輪にリードを付けた。
「あれ? お兄ちゃん、何してるの?」
「何って、見れば分かるだろ。ペロの散歩の準備だよ」
玄関前で待機していた彩華が不思議そうに尋ねてきたので、俺は淡々とそう答えた。対する妹は納得していないようで、首を傾げている。
「……私とおさんぽにいってくれるって話だったよね?」
「成り行きでそうなったが、元から俺はペロと散歩に行く予定だったからな。お前はついでだよ」
「むー。ついでって酷くない? 私はお兄ちゃんと二人きりでおさんぽにいきたかったのに」
唇を尖らせながら文句を言う彩華。それに対して俺は呆れた視線を向ける。
「あまり変なことばかり言ってると、連れて行かないぞ」
「うっ……! そ、それはやだ……」
俺の言葉に、彩華は一瞬言葉に詰まりながらも反論する。
「だったら文句言うな」
「……わ、わかった」
渋々といった様子で引き下がる彩華。それを見て軽くため息を吐くと、俺は改めて外へ出る準備を整えた。
「ほら、行くぞ」
「あっ、お兄ちゃん。ちょっと待って。忘れ物してるから」
「忘れ物?」
「うん。ちょっと取ってくるから待ってて」
妹はそう言うと、慌てた様子で自分の部屋に向かって行った。一体何を取りに行ったというのか。
そしてしばらくすると、戻ってきた妹は後ろ手に何かを持っていた。それが何なのかは俺のいる場所からは見えないので、全く分からない。
「お待たせー」
「おう。で、何を忘れてたんだ?」
「ふっふっふ。それはねぇ……これだよー!」
彩華はそう言いながら、後ろに隠していたものを俺に見せつけてきた。その手に握られていたのは―――ピンク色の首輪とリードだった。
「首輪とリード……?」
「うん。そうだよ」
「……ペロにはもう付けてあるが」
「そうだね」
「じゃあ、なんでそんなもん持ってきたんだ?」
「もちろん、お兄ちゃんとおさんぽするためだよ」
「……意味が分からん」
俺は首を捻った。本当に意味が分からなかったからだ。もしかしたらペロに新しい首輪とリードを買ってきたかと思ったんだが、その感じでも無さそうだし。
というか、ペロはオスだからな。ピンク色をしたその二つがペロ用だとは思えない。となると……?
「はい、お兄ちゃん」
そして俺が思案していると、彩華がニコニコしながら二つのアイテムを差し出してきた。
「これをどうしろと?」
「えっ? 付けてほしいなーって」
「……誰にだ?」
「決まってるじゃん。私にだよ」
……どうやらこの妹は、また気が狂ってしまったようだ。いや、こうした狂言や奇行はいつものことなのだが。それにしても今日は一段と酷かった。
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