涙と笑顔の理由


1週間前。






「なんで!! なんで今更そんなこと言うんだ!!」


「落ち着いて。……別にあなたの事が嫌いになったんじゃないのよ。

 ただ、一緒にはいけない。そう言ってるの」


「俺が実家継ぐって……前から知ってた訳だろう!? わかってた訳だろう!? なのになんでそんなこと言うんだ!」


「私には無理よ。……今の仕事はやめられないの。遠くにはいけない」


「だからって今更……あんまりじゃないか!! 俺の気持ちはどうなるんだ!!」


「本当にごめんなさい……そうとしか言えないわ」


「…… ……違う理由があるんじゃないか……?」


「え?」


「俺と一緒に行けないんじゃなくて…… ……違う理由があるからだろう!? そうだろう!?」


「……何を言ってるの?」



…… ……




○●○


22:50分


悟のアパートの近くで美里は、異質な光景を目にした。

夜の蒸気でぼんやりと灯りが灯る街灯の下、体躯のいい大男が電柱にもたれかかって吐いている。周りには誰もいない。

黒い帽子に黒い上下、靴まで黒いので、顔と手以外は半ば夜に溶け込んでいた。


親譲りの「お節介」で悪い癖が出たのか、美里は相手が何者なのかわからず声をかけてしまった。

なぜだか自分でもわからない。強いて言うなら、大男は酔った風ではなく、(第一この辺りは住宅街なので飲み屋などなく、酔っ払った人間が歩いているのは『まれ』なことである)

本当に苦しがっているように思えたからだ。


「大丈夫ですか?」


美里が声をかけると、大男は美里を見て、「はっ」とした表情を一瞬浮かべると、その瞳は見る見るうちに大粒の涙を溜めていく。

そして……


「触るな!!」


と浮ついた声で美里を振り解いて通り過ぎていった。


美里は何がなんだか訳がわからず呆然としていると、


「馬鹿野郎が」と大男が背中で喋った気がしたので、美里は振り向いて大男の方に振り返ったが、その姿は夜に溶け込んでいた……。




美里は、このエピソードも後で悟に話そうと思った。そこでおっきい人が泣いてたよ。って。




5分後。




美里を待ち受けていたのは、人だかりと、3台ほどのパトカーだった。悟の部屋の前に警官が立ち塞がっている。


何が起きているのか、美里はパニックになり悟に電話をかけた。悟はでない。


「え……? え……?」


やがて、悟の部屋から人間が出てきた。警官二人と、血まみれの人間は一人。


その人間を見て、美里は動揺した。


「どう…… ……して……?」


血まみれの人間は、呆然と立ち尽くす美里を見つけると、哀しそうに笑った。

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