悟と美里


1日と15時間前。



「明日の夜、会えない?」


悟からの電話に美里は高揚していた。

悟から誘ってくれたのなんて、いつ以来だろう?


「もちろん平気だよ!」


「そ。よかった。じゃあ俺ん家で待ってるから」


「あ、この間食べたお店の料理、私作ってみようかな!」


「あはは。じゃあ、お腹空かせて待ってまーす」


幸せな句読点までをしっかりと聞き終えた後、美里は電話を切った。


「お腹空かせて待ってまーす」


ついつい、悟の真似をしてしまった。


こんなに楽しいのはいつぶりだろう。それも朝、連絡が来て嬉しい人から、嬉しいニュースが告げられた。

こんなことで、今日はいい日だと思える。

安いJpopの歌詞に出てきそうな感情だが、それは実際のことなのだ。


「お腹空かせて待ってまーす」


美里は再び悟の真似をした。







○●○


22:50分


悟のアパートの近くで美里は、異質な光景を目にした。

夜の蒸気でぼんやりと灯りが灯る街灯の下、体躯のいい大男が電柱にもたれかかって吐いている。周りには誰もいない。

黒い帽子に黒い上下、靴まで黒いので、顔と手以外は半ば夜に溶け込んでいた。


親譲りの「お節介」で悪い癖が出たのか、美里は相手が何者なのかわからず声をかけてしまった。

なぜだか自分でもわからない。強いて言うなら、大男は酔った風ではなく、(第一この辺りは住宅街なので飲み屋などなく、酔っ払った人間が歩いているのは『まれ』なことである)

本当に苦しがっているように思えたからだ。


「大丈夫ですか?」


美里が声をかけると、大男は美里を見て、「はっ」とした表情を一瞬浮かべると、その瞳は見る見るうちに大粒の涙を溜めていく。

そして……


「触るな!!」


と浮ついた声で美里を振り解いて通り過ぎていった。


美里は何がなんだか訳がわからず呆然としていると、


「馬鹿野郎が」と大男が背中で喋った気がしたので、美里は振り向いて大男の方に振り返ったが、その姿は夜に溶け込んでいた……。

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