第5話-⑤

「双方、止まれ!!」

 振りかぶったオズワルドの前に人が割り込む。

「おっ?」

 振り下ろす直前でなんとか留まったオズワルドは、目の前の人物を見やる。

 動きやすさと防御力のバランスの取れた鉄の鎧。兜の下から覗く顔は軍人らしい厳ついもの。

「し、将軍!?」

「なんだ、やるのか?」

 王国兵とオズワルドが同時に声を上げる。血に酔ってハイになっているオズワルドが槍の切っ先を向けると、軍人――ホーヴィルは「そうだな」と応えた。

「だがその前に訊きたいことがある」

「おう」

「貴様、投降する気はないか」

 成り行きを見守っていた兵らが息を呑んだ。

「ない!」

 そして、即答したオズワルドに絶句した。

「なぜだ?」

「俺はもう死んだらしいからな。死人を雇うなんてできないだろ?」

 にやりとオズワルドは笑う。

 彼にとって、国への忠誠心はあくまでもついで。向こうが縁を切ったのだから、好きにするのは当然のことだった。

「……そうか」

 ホーヴィルはため息をついた。

 おかしいとは思っていた。成人したばかりの子どもを潜入調査へ派遣したことも。その彼らが死んだと聞いて、国が嬉々として仇討ちのために軍を編成したことも。

 政に介入できないもどかしさ。何もできない無力さ。

 すべては国王と王太子の掌の上。

「ならば、決闘を申し込もう」

 手袋を外し、ホーヴィルはオズワルドに向けて投げた。

「我はジェームズ・ホーヴィル中将! ホーヴィル家が五男にして、ランプレーシュ王国軍第二師団団長!」

 それを聞いたオズワルドが目を見開く。

 軍の中でも飛び抜けて騎士道精神に篤く、それゆえに鼻つまみ扱いされていた人物。オズワルドのように武勲を立てたいと思う志願者にとっては憧れの的だった。

 いずれは彼の下で働きたいと思っていたが、まさかこんなところで出会うなんて。

「そちらの名は?」

 ホーヴィルに促され、オズワルドはやっと我に返って手袋を拾う。

「オズワルド! 元ランプレーシュ王国軍所属、現クィエル私有軍所属! コルットの息子ジル、ナーハムの娘ビアンカの子!」

 貴族なら家名と何番目の息子あるいは娘と名乗るが、平民の場合は両祖父と両親の名を告げる。それが苗字の代わりになるからだ。

「獲物は互いにこれでいいな?」

「はい」

 互いに持っていた槍を軽く掲げて確認する。

 地に伏せていた兵士たちが、敵味方に関係なく互いの肩を借りて二人から離れる。その様子にフレノールは一瞬指示を迷ったが、地雷群のそばにいる兵士の対処に専念した。風精霊シルフも翼を畳んで見守る。

 勝とうが負けようが、オズワルドにとってもホーヴィルにとっても悔いのない一戦とする。不思議なことに、二人ともその意気込みだけは一致していた。

 誰も立ち入れない、神聖で異様な空気が場を包む。

「いざ!」

 ホーヴィルの声が合図になった。

 二人が同時に駆け出し、槍を振るう。

「い……っ!?」

 音を立てて折れたのはオズワルドの槍だった。

「オズワルド!?」

 クィエル兵が息を呑む。

 彼の槍が王国兵を圧倒したのは、風精霊シルフの加護によるもの。その追い風がなくなった今、経験と膂力で勝るホーヴィルの方が圧倒的に有利だった。

「っとお!?」

 突き出される槍をなんとか躱しながら、折れた槍を掴む。

 今までの練習試合とは訳が違う。どちらかが死ぬまで終わらない。

 だからこそ、“その先”を考えられる。

 オズワルドは自然と口角が上がるのを抑えられなかった。

 まだ戦える。そう言ってもルールだからと相手にされなかった。同じ新人兵士たちも、ディムもそうだった。

 兵士も人間だ。怪我をすれば治療しなければならないし、練習で死ぬなんてあってはならない。

 だけど、オズワルドはそれが我慢ならなかった。

 一人で練習し、実戦でどのような行動を取れば勝てるのか。それを考え、実行するには、今の時代は平和すぎた。

 机上の空論でしかなかったことを実践できる。命のやりとり、そして目の前にいるのが将軍であることも忘れそうになりながら、オズワルドはホーヴィルへ突っ込んだ。

 その視界が、唐突に黒で塗りつぶされる。

「はっ!?」

「むっ」

「なんだ!?」

 思わず足を止めたオズワルドはもちろん、ホーヴィルも、周りの兵士たちもどよめく。

 夜よりも暗い、自分の足元すら見えない空間で、しかしオズワルドはすぐに頭を切り替える。

《あー……》

 暗闇の中、風精霊シルフが呆れたようにこぼした。

闇精霊シャドウがブチ切れちゃってる。何があったんだろ》

 とばっちりを危惧する大きめの独り言。彼女の声は今、オズワルドにしか聞こえない。それを聞き流し、目を閉じて集中する。

「誰か! 誰かいないのか!?」

「おい押すな!」

「ヤバイヤバイヤバイ、神の怒りに触れたんだ……!」

 兵士たちの阿鼻叫喚の中、ホーヴィルの声が飛び込む。

「狼狽えるな! 全員その場で目を十秒閉じろ! まずは暗闇に慣れろ!」

 その声は、意外と近くで聞こえた。

 声の方角からあたりを付け、駆け出す。

 一歩、二歩、三歩。

 ここだ!

「ぐっ……!」

 突き出した槍に確かな手応えを感じる。ダメ押しで右に振り抜けば、肉を裂く感触が伝わった。

 目を開けると、ぼんやりとだが周りの景色が見えてきた。

 首から血を流しているホーヴィルが倒れる。

「おっと」

 後ろに下がってそれを避ける。どさりと重い音がした。

「……え?」

 同じように目を開けた兵士が呆然とした声を出す。

 目を瞑った十秒の間に将軍が殺されたのだ。思考が停止しても無理はない。

 オズワルドははっきりしてきた視界の中、槍を突き上げた。

「敵将、討ち取ったり――!!」

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