第4話-④

「どーだ、ディム! すげーだろ!」

「うん、すごい。すごいけど時と場を考えろ」

 腕を組んで踏ん反り返るオズワルドにディムが言った。

 設置された救護所兼収容所は王国兵で溢れ返っていた。一気に千人も収容したのだ。テントのキャパシティ限界まで詰め込まれ、足の踏み場もない状態である。

 想像していたような血生臭い現場ではないものの、座り込んでいる人たちの表情は明らかに暗い。しかもその中で、おそらく一般兵だろう人々ががなり声を上げている。

「だから別のテントを用意しろ! 番号札ナンバーズなんてそこらへんに放っておけばいいだろうが!」

「この寒さで放り出せば間違いなく死にます。そんなに居たくないならそちらが外で待機していてくださいな。明日にでも引き渡せるよう手配しますから」

「俺たちを凍死させる気か!?」

「テントは最低限しかないのです。ご不満ならそちらが出て行けばいいでしょう」

「てめ……っ!」

 看護師に飛び掛かろうとした王国兵が、何かに強く引っ張られて尻餅をつく。捕虜になっている王国兵全員が、両手を数珠つなぎに拘束されていた。後ろ手に拘束されているから、誰かが動けば他の捕虜が引っ張られる。無理に動けば自分や仲間が脱臼する仕組みだ。

 ざっとテント内を見たディムがウェンディに言う。

「ウェンディ、ひとまず頼むわ」

「うん」

 天井に向けて手をかざす。自分の中の魔力と空気中の魔力が結びつき、救護所をすっぽり覆うほどの魔方陣が展開される。

 傷病の具合を確認するために走り回っていた看護師たちが手を止め、驚いた表情でウェンディを見る。そういえば、初日に子どもたちを治した時もシスターに同じ表情をされたなと思いながら、ウェンディは陣を完成させた。

 暖かな光の粒が、この場にいる全員を包み込む。

 ウェンディが施したのは、いつも使っている初級の治癒魔法。簡単な擦り傷や切り傷なら跡形もなく治せるため、医師や看護師たちがまず覚える基本中の基本だ。

 というか、見習いの彼女はこれしか習得していない。他にも殺菌や滅菌、病気の異変の探知など覚える魔法は山ほどある。

「おお、体が軽くなった」

 オズワルドが自分の手を見て呟く。心なしか、人々の顔に血色が戻ってきた気がした。

「おーい、団長」

 ディムが誰かを手招きで呼ぶ。駆け寄ってきたのは四十代とみられる白衣の男性だった。彼が従軍医師団の団長なのだろう。

「さっきこいつが治癒魔法をしたんだけど、どう?」

「……どうもこうも」

 団長と呼ばれた男性は、ウェンディの肩をがっしと掴んだ。

「い、今のは最上級の治癒魔法“ヒール・ブレス”だぞ!? き、きみ、どこで学んだんだい!?」

「はいっ!?」

 団長とウェンディの声がひっくり返った。

 ヒール・ブレスと言えば王家直属の騎士団に属している専任の治癒術師しか使えないはず。膨大な魔力と長い詠唱を必要とするが、その分効果も範囲も桁違いに大きい。小さな傷はもちろん、痕になってしまった古い傷ですら治してしまう威力は“癒しの息吹ヒール・ブレス”の名に相応しい。

 ここでただの基礎治癒魔法だと言っても信じてもらえない。ウェンディがおろおろと視線を彷徨わせていると、ディムがすぐに助け舟を出してくれた。

「団長、落ち着いてくれ。こいつが早便で言っていた祝福持ちギフテッドだ」

「はぇ……?」

 団長が間抜けな声を出し、ディムとウェンディを交互に見比べる。

「え、ウェンディも祝福持ちギフテッドだったのか?」

「……そうみたい」

 聞き返すオズワルドにウェンディも曖昧に頷くしかない。

「……多少盛っていると思っていました」

「それが事実なんだよなー」

 団長にディムが苦笑する。

「シスター・ケイトとリュミスが調べてくれた。慈善病院での活動も看護師たちが証言してる。間違いない」

「…………」

 団長はゆっくりとウェンディに視線を合わせ、十秒ほど凝視した。

「きみっ、他の救護所も同じようにやってくれ! こっちだ!」

「うぇ、え、は、はい!?」

 強引にウェンディの手を引いてテントを飛び出した団長を見送り、ディムは改めて中を見回す。

 突然のことに理解が追い付いていないのだろう。誰も彼もが呆然としている。

 ディムは近くにいた青年の前にしゃがみこんだ。首筋には英数字。王国軍の皮鎧を着ているが、その下はあちこちほつれた麻の長袖と長ズボンだ。

「今の時期、その格好じゃ寒いだろ。夜もまともに寝られなかったんじゃないか?」

 弾かれたように顔を上げた青年は、驚きと怯えの表情を見せた後、恥じるように目を伏せた。

「おかわりは保証できないが、出来立てのスープを全員に振る舞うだけの食材は持ってきたつもりだ。なんと具材に肉まで入ってる」

 きゅうう

 どこかで誰かの胃が悲鳴を上げた。番号札ナンバーズたちが犯人を捜して視線を交わし合う。不快な音だと難癖をつけられ、手当たり次第に殴られると容易に想像できたからだ。一人が怯えるように縮こまる。

「モーリス!」

 ディムが天幕の外に向けて声を張った。

「急いでメシ作るぞ! 凍死と飢え死にだけはさせるな!」

「お任せくださーい!」

 遠くから料理長の声が返ってくる。

 ディムは立ち上がって指示を出した。

「オズワルド、手伝え。毛布を全員に生き渡らせる」

「おう」

「衛生兵のうち三人残って傷病の確認をしろ! 他の者はこちらを手伝え。用意した毛布全部引っ張り出すぞ!」

「「「はい!」」」

 最初に医師団の看護師や衛生兵たちが動き出し、必要最低限の人数だけが残る。

 おずおずと座り込んでいた番号札ナンバーズたちも動き出そうとして、残った看護師たちに止められる。そもそも後ろ手に縛られているので、動けたとしても荷物になるだけだ。そうこうしているうちに毛布が到着し、人が一人包まれそうな大きさの毛布が配られる。いくら丈夫なテントでも寒さを完全には遮断できない。毛布に身を包んだ人たちから、ほう、と安堵の息が次々と漏れた。

 同じことは他の救護所でも行われ、捕虜……もとい保護された王国兵たちは、その日久しぶりに温かな食事にありつけたのだった。

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