第4話-①

 アントニオ=セシル=ド・ランプレーシュは、ランプレーシュ王国唯一の王子だ。

 彼が生まれた当時は側室の子である第一王子と第二王子が生きていたため、肩書は第三王子だった。しかし、国王と王妃との間にようやく生まれた子であったため、王位継承順位は第一位を授けられていた。

 血と立場に相応しい聡明さを幼いころから発揮し、大人の話に混ざって周りを驚かせたのは今でも語り草になっている。

 第一王子と第二王子も彼に引けを取らないほど優秀で、三人のハンデはほとんどないものだった。この三人が力を合わせれば、国の未来は明るい。立場に関係なく、大人たちは王子たちに期待を寄せた。

 そこでランプレーシュ王は、子どもたちが皆成人するまでは誰も王太子にしないと宣言した。これで兄弟三人が研鑽し、競い合うことでより王族としての能力を高めてくれると思っていた。

 しかしその目論見は早くも潰える。

 何を勘違いしたのか、アントニオは弱冠六歳にして兄たちを暗殺した。それも自ら発案し、部下と計画を練って実行したのだ。気付いた時には第一王子は馬車ごと川底に沈み、第二王子は会食の場で泡を吹いて死んでいた。

 話を聞いた国王は顔を青くし、王妃は寝込んだ。二人の王子の母親である側室にいたっては心を病んだ末に自ら命を絶ってしまった。

 さらに悪いことに、アントニオは兄たちを殺すことにまったく罪悪感を持っていなかった。

めかけの子がいるから、父上はぼくを王太子にしてくれないのでしょう? だったら子どもがぼく一人だけになるようにしたらいいじゃないですか」

 まっすぐに見つめながらそう語る我が子が、王は恐ろしい怪物に見えた。

 繰り返すが、この時のアントニオはまだ六歳。上の王子たちもまだ十に満たない年齢で、第二王子とアントニオにいたっては年子だった。

 このまま無条件に王位を継がせたら、国が滅びる。そんな予感さえした。

 王はなんとかアントニオを説き伏せ、様々な分野の家庭教師を呼んで勉強漬けにした。

 他のことに夢中になれば、他人を傷付けずに済む。

 そんな甘い考えもまた、彼自身によって潰される。

 成人して王太子になったアントニオは、なんでもそつなくこなすようになった。父と肩を並べて政策を議論し、国の発展に尽力する様は為政者のもの。彼が王になれば、ランプレーシュ王国はさらに繁栄するだろう。

 それでも、その心根までは変えられなかった。

 犬や猫はもちろん、番号札ナンバーズ、果ては平民ですら、残酷に殺し合わせて楽しむアントニオを――。


◆    ◆    ◆


「え……えー……」

 前線へ向かう途中、馬の疲労回復目的で休憩していたウェンディは、何とも言えない声を上げた。

「噂は、かねがね聞いていましたけど……。思った以上に酷いですね」

「そんくらいの感想で済んでんのは幸せだよ」

 なんとか絞り出した感想を、ディムのため息が上書きする。

「あのサイコパスのせいで死んだ人の数は計り知れない。表に出てないし、出たとしても事故死や不審死として片付けられる」

 しかもそうして出回るのは一般市民。番号札ナンバーズは数にも入っていないだろう。

「ちなみにあいつ、先々代が死んだ後に次のクィエル領主になる予定だったんだよ」

「っえ!?」

 思わず変な声が出る。話に聞いただけでもとんでもないのに、領主としてここに来られたら今よりも酷いことになっていたのではないだろうか。

「事実上の幽閉だ。それだけ恐れられているってのを本人が気付いていたかどうかは知らないけど、こういうのには敏感らしくてな。拒否って別の領主を用意してきた」

「そう、ですか……」

 思わず敬語になってしまう。その結果、ディムが怒って追い出すほどの圧政を敷いたのだ。責任の一端は王子にもある。

「俺としては結果オーライだったけどな」

 肩をすくめてディムは言った。

「王子が来たらさすがに手出しができなかった。それこそ領民全員を人質に取られて嬲り殺しの刑だ」

 やりかねない、と背筋が凍る。

「王家があいつを寄越したのは、口封じと名義貸しだ。ついでにいい玩具が手に入れば一石二鳥って感じだろ」

 さらっと告げられた地獄に、ウェンディは口を覆って吐き気をこらえた。

 貴族はもちろん、王族なんて雲の上の存在だった。彼らとは一生縁のない生活をしていくのだとばかり思っていたのに、そうした人々とこれから命のやりとりをするのだ。

 だけど怯えているのはウェンディだけ。第一部隊をはじめとする志願者やリュミスたちは、皆その顔に強い決意をたたえていた。

「知っての通り、アントニオ王子は頭が切れる。ただの飾りではなく何かしらの策を仕掛けてくるはずだ。他の部隊と合流してからが本番だ、気を抜くなよ」

「「「はいっ!」」」

 力強く頷く兵士たち。シェルターを護るために残した人を除いて、ここにいるのは私有軍と志願者たち。総勢千人の大所帯だ。さらにかき集めた食料なども運んでいるから、どうしても大荷物になるし歩みも遅くなる。逸る気持ちで乱れそうになる隊列を、ディムやフレノールが何度も正してきた。

「領主さま!」

 前線に到着してからの行動の再確認に移っていたディムのもとに、肩に鳥を乗せた男が駆け寄ってきた。

「前線からの速報です」

「読み上げろ」

「はい」

 男は丸められた小さな紙を広げた。

「第二、第三部隊が王国軍と接触。開戦したそうです!」

 ざわり、と空気が揺れた。

「わかった」

 ディムは一つ頷くと、立ち上がって周囲を見回した。

「みんな聞いたな? 全速力で馬を飛ばせば、今日中には第二、第三部隊と合流できる! 多少の隊列の乱れは構わん。各々、出発の準備に入れ!」

「「「はいっ!!」」」

 にわかに周囲があわただしくなる。

「でぃ、ディムさん」

 隊長たちと作戦を詰めるディムに、隙を見てウェンディは声をかける。

「第三部隊って、オズワルドがいる?」

「ああ」

 頷いたディムの顔には焦りはない。

「まずは、どこまで番号札ナンバーズを保護できるかが焦点だな」

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