ダンジョン探索

 ダンジョンの中を進む。ダンジョンの中は光源がないように見えて実はある。壁や苔など淡い光を帯びるようになっているのだ。視認性が確保されないと動けないのは魔物も同じだからだ。


「リオは武器を使わないの」


 周りを警戒しつつ、ディアナが聞いてくる。


「持っていたほうがいいか」


 オレが聞き返すとディアナは頬をふくらませた。


「当たり前。魔力は尽きれば命に関わるんだから。温存する術はあったほうがいい。杖すら持ってないのはどうかと思うよ」


 肉体があってもなくとも、魔力が尽きればその生物は死ぬ。魔石で生成される生命エネルギーだからな。とはいえ、完全に尽きる現象は稀だ。先に意識を失い、休眠状態に入る。


 そういえば魔力が尽きかけるという事態に遭遇したことがなかったな。以前ならともかく、この貧弱な体だ。懸念はしておいたほうがいいかもしれない。


「資金に余裕がないのなら稼ぐしかないけど。今回はボクの剣を貸すよ」


 ディアナは片手に持っている剣をオレに差し出す。資金自体困っているわけではない。後回しにしているだけだ。


「ディアナは双剣使いだろ。戦力を落とす必要はない」

「解体用のナイフもある。戦闘向きじゃないけれど、今回だけの代用にはなるはず」


 オレは剣を見る。普段はディアナの腰に下げているもので、抜きやすいように長さは控えめだ。片手でも容易に振るえるであろう。拳を守れるようにガードが柄頭まである。


「いや、ディアナはいつも通り戦ってくれ」

「でも……」

「魔力を節約する術はある。問題ない」

「そこまでいうなら」


 渋々ながらも剣が降ろされる。


 ……ふむ。

 気遣ってもらった手前、何も言わないのは印象が悪いか。

 リオの記憶を少し辿る。こういう場合、妹のリーンに対してなんと言っていたか。


「……心配してくれたのだな。ありがとう」


 オレが微笑んでみると、ディアナは顔をそらした。


「そ、それは恩人に怪我してほしくないし。強いといっても限度があるだろうから」


 ――うん? 不正解だったか?


 声音からして不快だったわけではないな。

 基本的にリオの記憶を頼りにコミュニケーションを取っているからな。フランクな間柄は妹とのやりとりを参考にするしかない。


 今のところ問題なさそうだが……冒険者相手と血族では違うだろうからな。気をつけよう。


「意外と魔物を見かけないな」

「先行している冒険者がいるのかも」


 魔物も有限だ。ダンジョンがあれば生み出されはするが、排出する量に比べて討伐数が多ければスカスカにもなる。


 ダンジョンは人間側からすれば資源にもなるだろうからな。魔物を狩りたい冒険者も多いだろう。


「困るな」

「わざわざ残滅していくわけないから、地道に探そう」


 ダンジョンは広大だ。より深い層に行くための正解ルート、寄り道ルートがある。単純に最深部まで行くことにも時間がかかるが、このルートのマッピングにも時間がかかる。攻略が数日〜数カ月になるのはこのせいだ。


 適当に脇道にそれていけば魔物と当たるだろう。


「リオはどうして冒険者になろうと思ったの」

「……うん?」

「ボクは、有名になりたいんだ」


 オレはディアナの顔を見る。思い詰めた表情だった。


「ボクは亜人だから」

「それが何か問題なのか」

「知らないの? 亜人って人のなり損ないだとか、魔物もどきとか言われるんだよ」


 顎に手を当てる。まぁ、アスモデウスが人間のような知的生命体と魔物のような扱いやすさ、強靭さの両立を目指した結果だろうからな。なり損ないでも、もどきでもないがそう捉えられることもあるか。


 悪魔からすれば等しく下だ。気にすることではない。


「それは亜人なのが問題なのではない」


 立場が下であろうが、下であるなりの役割がある。悪魔が現界が難しく、ダンジョンから始めるように。


「聞くにそれはただの罵倒だろう? 聞くに値しない言葉を投げる知能の問題だ」


 事実として下の立場であることと、見下すことはイコールにはならない。区別のつかないことが愚かなのだ。


 悪魔なのだから見下すことに関してはむしろ推奨するが、相手の力量や有用性も把握せずに行うのであれば愚行だ。


「随分ばっさり言うんだね」

「事実だ。それで? 有名になってどうしたいんだ」

「冒険者として名を上げれば、亜人への偏見も少しはマシになると思って。ボクの立場じゃ冒険者が一番可能性あったから」

「なるほど。であれば強くなったほうがいいな」


 冒険者として名を上げるのであれば、やはりダンジョンを攻略することだろう。


「そうだね。なかなかうまくいかないけど」


 静かに微笑むディアナ。


「それで、リオは?」


 問いを改めて投げられる。


「強くなるためだ」

「強くなって、どうするの」

「強くなることに意義がある。それだけだ」


 悪魔の本能的な欲求を満たすのに、強くあることほど単純な解決方法は存在しない。

 圧倒的な強さを持って有象無象を平伏させる。支配欲を満たすには手っ取り早い。


「過程も楽しいがな」

「それだけ、なの」

「それだけだ」


 メイザース家の事情を話すわけにもいかない。オレ個人の欲求を考えると、結論は変わらない。最終的に魔王を倒せれば万々歳ではある。


 しかしまぁ、今は元の強さに戻ることだな。


 そんな話をしていると、カサカサと物音が聞こえた。ふたりで足を止めて周りを警戒する。


 正面から木の根を人型にしたような魔物が現れた。大きさは人の半分程度だ。


 ディアナは素早く双剣を構える。


「ジンメンコンだね。大した事無いから、ボクがやる」

「承知した」


 とはいいつつも、オレは右手に魔力を集め、戦闘体勢に入った。

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