亜人と共に

 すごい。

 痛みも忘れて、その姿を見ていた。ラッシュベア相手に一歩も退かない。どころか見たこともない魔法で、上回ってみせた。


「さて。そっちは大丈夫か?」


 振り返って尋ねてくる彼。その真剣な瞳に少しドキリとしてしまう。


「お、おかげさまで」


 もらったポーションと回復魔法のおかげで痛みも動けないほどではなくなっていた。


「そうか。良かった」


 笑みを浮かべながら、彼がこちらに歩いてくる。

 助けてもらったのに、まだ名乗ってもないや。ボクはそう思って口を開く。


「……ボクはディアナ。Dランクの冒険者。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。オレはリオ。ビギナーだ」

「ビギナー……!?」


 ボクより下のランクでラッシュベアを倒したの? この子、実力だけで言えば明らかにC以上あるのに。戦う前のあの棒読み、もしかしてラッシュベアが脅威じゃないって把握してたのかな。


「1週間前に始めたばかりでな」


 それで、そんな強いんだ。凄い。


「立ち上がれるならギルドに戻るぞ。適切な治療を受けたほうがいい」


 手を差し出される。ボクはその手を掴んで、立ち上がった。


「さ、行くぞ」


 何も気にせず帰ろうとするリオ。ボクはラッシュベアを見る。


「……素材はいいの?」


 ラッシュベアの素材は売れるはずだ。ランクと実績のせいで討伐の証明まではできないだろうが、素材の換金でもプラスになる。


「手間だ。どの素材が売れるかも知らない」


 それは……ボクもだった。


「でも牙とか爪とか」

「キミのほうが優先事項だ」

「ボク……?」

「怪我人なのだから、当たり前だろう」


 きょとんとしながらリオが言ってくれる。


「亜人だよ?」

「それが?」


 人のなり損ないだと言われることもある。姿を見て、冷たい目を向けてくる人だっているのに、リオは全く知らないとばかりに首を傾げる。


「ギルドに治療者ヒーラーが常駐しているのだろう? 早く戻るぞ。先導する」

「う、うん。ありがと」


 歩き始めるリオの背中に、ついていく。


「……あ」


 少し歩いてから、リオは思い出したように振り返る。


「礼はしてもらうからな」


 笑みを浮かべながら、リオが言ってくる。その言葉で、過去の下卑た男有象無象の言葉を思い出す。


 まぁ、命を助けられたのだから何を要求されても文句は言えない、か。


「何をすればいいの」

「ビギナーからさっさと脱却したくてな。手伝ってくれ」


 てっきりもっと過度な要求をされるのかと思ったけど、ボクじゃなくてもできそうな簡単な要求だった。


「さっきの通りラッシュベアまでなら倒せる。ディアナさんが戦えなくとも知識を教えてくれるだけでもいい。魔法ばかりに知識が偏っているしな。体に問題ない範囲でサポートしてもらえると助かるんだが」

「そのくらいならいくらでも」

「ありがとう。なら今度こそ行こう」







 幸運だ。

 何のコネも使えないからビギナーの期間が長引くと思っていたが、Dランクの冒険者と知り合えたうえに恩を売れたというのは大きい。


 何せ、働きぶりを報告してもらったり、推薦してもらえればビギナーの期間がぐっと縮まる。魔物は後でいくらでも倒せるようになる。素材など捨ててもいい。どうせ金には困らんし、しばらく装備を整える気はない。


 回復魔法もしっかり効果を発揮したようだし、ウルフスピリットの実戦もできた。今日は素晴らしい成果だ。


 しかし、ディアナの反応はどこかズレている気がするな。亜人の迫害はなくなっていたはずだが、差別思想とやらが残っているのだろうか。


 馬鹿な人間どもだ。基本、亜人のほう優れているというのに。


「ねえ。君のことはなんて呼べばいい?」

「好きにしていい。呼び捨てでも気にしない」

「じゃあリオって呼ぶよ。ボクのこともディアナで良いから」

「そうか、よろしくディアナ」


 短い縁かもしれないが、この時ばかりはあの変態アスモデウスに感謝しておこう。







 翌日。

 オレがギルドに着くと、ディアナが待っていた。


「こんにちは」


 手をあげて、ディアナが声をかけてくる。オレも手をあげて返す。


「コンニチハ。体はどうだ?」

「おかげさまで。今すぐ討伐に出かけても問題ないよ、リオ」


 微笑みかけられる。なぜか顔が赤い気がしたが、熱があるようには見えなかった。


「そうか、好都合だ」


 体が健康であるに越したことはない。教わることも多いしな。


「最近できたダンジョンの探索に行こうと思う」


 ディアナの提案に頷く。


「事前調査したパーティの情報によると植物系の魔物が多いらしい。一層はDランクでも許可が降りている」


 ビギナーでもDランクの付き添いであれば攻略に参加することを許される。


 ダンジョンは地下にできる。魔界の悪魔が種を送りこみ、それが育つと核となり、ダンジョンと魔物を形成し始める。ある程度成長すれば眷属である低級悪魔は現界が可能になる。基本そのダンジョンで1番強力な魔物か、眷属の悪魔がボスとなり、種の主が顕現できるまで耐える形となる。


 種の質にもよるがダンジョンは広大だ。攻略しきるにはある程度の日数が必要になるだろう。


 ダンジョンを攻略しきるまでが冒険者の稼ぎ時、なのかもしれない。


「今すぐ行けるか?」


 オレが問いかけると、ディアナは肯首した。







 ダンジョンから主の悪魔が顕現できる可能性はゼロに近い。冒険者をはじめとする人間どものせいだ。


 ダンジョンの種を送り込める悪魔は決まっている。悪魔にも階級があり、頂点の魔王、次点の君主、あとはその他貴族。こいつらが種を送り込める悪魔になる。

 他にも上級、中級、下級悪魔もいるがこいつらに種をつくる力はない。


 ディアナと共にたどり着いた森の中。ぽっかりと口をあけた枝まみれの洞窟の前で立ち止まる。


 ダンジョンへの入口だ。


 ディアナと並んで、そのダンジョンを見る。


「ダンジョンに来るのは初めてでしょ? ボクが先導する」

「頼んだ」

「じゃ、行くよ」


 ディアナを追い、ダンジョンに入っていく。


 る立場ではあったが、攻略する立場は初めてだな。どこの貴族か知らないが、このダンジョンはオレの糧になってもらう。


 悪いな。


 いや、本当に。

 苦労して作り上げたダンジョンだろうに、オレのためみたいになってしまって。


 ククッ、悪いな。

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