新な魔法

 新たなおやつの隠し場所の選定は困難を極めた。そもそも庭という開けたスペースが、物を隠すのに向いていない。


「へっ」

「グヌヌ……」


 舐め腐った顔しやがって! このクソガキめ、本当にいつか覚えてろよ。

 怒りをグッと堪え、思考を巡らせる。

 隠し場所が無いのであれば作るしかない。だがそれに時間を掛けては本末転倒、隠し場所を自分から教えるようなものである。もっともそれらしい道具を持っていないので、どの道時間は掛かってしまう。この堂々巡りを解決するには、やはり魔法の力に頼る他無い。

 日々の水やりで水の魔法は成長を遂げ、チョロチョロからドバドバまで水の勢いを自由に変える事が出来るようになった。水量だけなら村でも一、二を争うレベルであると、コクヨウ爺さんからもお墨付きを貰っている。でも水じゃあなぁ……。おそらく隠し場所作りには使えないだろう。

 そこで俺が新しく覚えるべき属性、それは土とか地面とかそう言う方向だと思うわけよ。散々練習しておいて、マッチ以下の火花しか出せない火の魔法とは一旦お別れだ。


「モ……」

「ギ」


 あの決闘以降、何故か亀はユーマ君の家に戻らずうちの庭にいる。決闘の景品だったのだろうか?

 今もマイペースに野菜をモシャモシャと食べているこの亀、実は魔法を使えるみたいなのだ。一瞬で巣穴を掘っていたから間違いない。


「むーん……」


 亀をいくら眺めていても、一向に魔法を使ってくれないので巣穴の観察から始める。

 壁面や上部はツルツルに固められていて、やはり手足で掘ったようには見えない。叩いてみると、石のような手応えを感じる。


「うおっ⁉」


 ものは試しと地面に手をつき、魔力を流してみると簡単に成功してしまった。

 亀の掘った巣穴のように、固める工程までは到達していないものの、地面はグニョグニョと形を変えている。掘ったり盛ったりをしばらく繰り返していると、徐々に感覚が馴染んできた。

 で、ここからどうするよ?

 二重底の穴にでもするか? それともにでも隠せるようにする?


「んんん⁉」


 石まで形を変えてるじゃないか!

 これが出来るならおやつ云々言ってる場合じゃない。すぐ川に行って、大きめの石を集めなくては!


「なんだ結局チビタも来たの?」

「今日も水切り対決する? みんな上手くなってるからもう負けないよー!」


 やれやれ、愚かな子供達だ。石の変形操作を覚えた俺に勝てる筈がないだろう? 適当な石を拾って、水切りの理想形に整え投げる。今回の記録は36回か。なかなかだね。さーて、本命の作業に移ろっと。


「何今の⁉ 何回跳んだ⁉」

「バカな! オレ様の雷鳴投法より跳ねてやがるだとォ⁉」

「くっそー! 水切りキングの座はまだゴブリンから奪えないのか!」


 おっ、この石は良いね。大きさ、色艶、共に理想的だ。それじゃこいつをコネコネっと……。


「ギ、できた」

「何がー?」

「あ、ナイフだ! ずるーい!」

「へぇ、石のナイフか。結構格好いいじゃん」

「貧乏臭くてオレ様には似合わねぇが、貰ってやってもいいんだぜ?」

「ギ……」


 君達、水切りしてたんじゃないの……?


「私達の分も作ってくれるよね⁉」

「これ! この石で作って! キラキラして綺麗なナイフになると思うの!」

「こっちの黒い石の方が格好いいって!」

「青い模様の縞石も良くね?」

「ちょっ、まっ……!」


 ええい、群がるな! こっちはナイフ持ってるんだぞ! 怪我したらどうする!


「ナイフ、危なイ。親から許可貰エ」

「んだよゴブリンの癖にぃ」

「兄貴達みたいな事言うなよなー」

「でもチビタ、本当にいいの?」

「ギ?」

「私達が父様に言ったら、チビタのナイフも没収されちゃうかもよー?」

「ぬ……」


 それは……十分にあり得る。あり得るが、ここでナイフを作ってしまうと、後でこいつらが怪我した責任をとらされる可能性もあるし……。


「ダメだ! 許可貰エ!」

「ちぇー」

「ケチー」


 こっちは下手したら殺処分なんだ。こんなことで気軽に命を賭けられるかっての!

 子供達のブーイングを背に受けながら、俺は森の中へと移動した。


「ギィ……」


 まだ子供達のいる川に近いせいか、一人でいるのにいつもの小動物が襲ってこない。

 ナイフの性能を試したかったんだが、いないなら仕方がない。キノコと木の実で我慢するか。

 手頃な実を見つけてナイフで切る。うーん、見た目は整っているが、切れ味はいまいちだな。ペーパーナイフよりかは多少鋭い気がしないでもない。んでもって、突き刺す分には問題なく使えると。

 小動物の解体に使えるかもと期待したんだが、この性能じゃまだ厳しいよなぁ。

 思ったほどの成果が得られなかったので、気落ちして帰った。


「ほぁ……!」

「ギ?」


 俺の腰にぶら下げられたナイフを信じられない物を見る目で見つめるヤト君。

 ほほう? やっぱり君も欲しがるのか。でもなぁ、これはお姉さん達にだってあげなかったんだぜ? おやつ盗み食いするような悪い子には、なおさら渡せないよなぁ!


「うう……!」


 ふはははは! 唸っても無駄だ! わがまま坊っちゃんは大人しくお家に帰るんだな!


「だあ!」

「魔法は禁止デしょうガ⁉」


 これがキレる若者ってやつか。水量が増えてなかったら黒焦げになってたぜ!


「だーぶっ‼」

「まだ続けルか!」


 ママさんヘルプ! この放火魔赤ちゃんを止めてくれーッ‼


「おい……」

「んぴっ」

「んギュ」


 途端、重苦しい威圧感が全身にのし掛かる。


「随分と楽しそうにしていたが……何だ、この庭の有り様は?」

「あばばばば……」

「ギ、ギェェ……」


 ヤバいっすよヤトさん。赤ちゃんスマイルで今すぐ謝って許してもらいましょう。

 俺も謝れ? バカめ、ゴブリンの謝罪なんかに毛程の価値もないんだよ!


「んぎゃ⁉」

「オゴエ……ッ⁉」

「今すぐ元に戻せ」


 ヤト君の頭に拳骨一発、俺の鳩尾に蹴り一発を食らわせると、そう言い残しご主人様は家へと帰った。

 な? 分かったろ? こうなるからケンカ程度でむやみに魔法ブッパしちゃダメなんだって。ヤト君聞いてる?


「……」


 わぁ……気絶してるぅ。

 そりゃまだ赤ちゃんだもんな。天才でも耐久力は人並みか。

 逆に何で俺はこんなに余裕があるんだ?

 出会い頭に避けた蹴りより、今日の蹴りの方が強力だった。しかも蹴りの着弾地点は鳩尾だ。どう考えてもか弱いゴブリンは死んでないとおかしい……おお! いつの間にか身体強化出来てるじゃん! 

 うっひゃー、身体が羽のように軽いぜ!


「ハハハ! ハハハハハ……はぁ」


 一頻り喜んだ後、目の前に広がる惨状を一人で片付けなくてはならない事実に打ちひしがれるのだった。

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