決闘
ゴブリンキング(水切り)の朝は早い。
朝焼けの太陽が空へ顔を出すよりも早く起き、主一家の使う水を井戸から汲み上げる事から一日は始まる。何度も往復し、大瓶がいっぱいになると朝食の時間だ。
「グギギギ……!」
地味に大変な火起こしの作業、これに手間取ると無駄な体力を消耗してしまう。しかし今朝は、いつもの火起こしとは変わった方法を試していた。魔法である。
溺れたのを切っ掛けに身につけた魔法。手からチョロチョロ水が出てくるのみで、それを操ったりできるわけでもないとても弱い魔法だ。
しかしそんな魔法でも、魔力を使用する感覚ははっきりと感じられる。今はその感覚を頼りに、普段から手本として観察していた炎の魔法を再現する試みの最中である。
「ぬにににに……!」
ヤト君のような超火力はいらない。マッチやライター程度でいい、この指先に火よ灯れ……!
いくら願えども火は灯らない。やはり手本が強力過ぎるのが原因だろうか。根本的に発動のための魔力が足りていない気がするが、あれをダウングレードする方法なんて知る筈もない。次の仕事に遅れる訳にもいかないので、今日の所は諦めていつも通り手動での火起こしに切り替える。
朝食が終われば畑仕事だ。
もう雑草を食べる事も少なくなってきた。むしろまだ食べているのかと思われるかもしれないが、仕事中に口寂しくなったタイミングで食べられる雑草は、タバコやガムの役割を果たしてくれるのだ。無論、俺以外にそんなことしている人はいないのだが。
「おう、戦士長の所の。こっちにも水撒いてくれや」
「ギ、分かっタ」
畑仕事では俺のショボい魔法でも役に立つ。いちいち井戸まで水を組み直しに行かなくていいからな。おかげで村中の畑に水を撒く役目も追加されてしまったのだが、魔法の練習だと思って割りきる。意外な事に、俺の魔力が最後まで持つと分かったのが今日の収穫かな?
はぁやれやれ、ゴブリン使いの荒い村だぜ。そう言えば俺以外のゴブリンが働いている所を見たことないんだが、仕事をさせないのなら何の為に飼っているんだろうか?
「他のゴブリンの仕事?」
「ギ。気にナる」
「ああ……まあ、時期がまだだからな。そのうち分かるさ」
休憩を終えた隣家のおじさんは、そう曖昧な答えを残して野菜の収穫作業に戻っていった。そういやコイツはどうするんだろう的な表情を浮かべていたのが非常に気になる。いったい、何をさせられるんだ……。
モヤモヤとした思いを抱えながら、午後へ突入。午後の予定は主に、ヤト君の遊び相手、双子ちゃんの襲来、魔法の修行、森へおやつ集めの何れかになる。本日はヤト君が馬をご所望だ。
「だあ」
「ギ、ヒヒン」
ヤト君は両手に枝を装備し、足の力だけで体を俺の背に固定している。ヤト君は今、ゴブリンライダーに……否、ゴブリンキング(水切り)ライダーになったのだ!
「フンス……」
力強い鼻息を漏らし、彼が見据える先にいるのはヤト君のライバル。一つ歳上のユーマ君が、相棒の陸亀に跨がり待ち構えている。
そう、決闘の時間である。
「だあぶ……」
「ゆーがかつ」
この争いは、ユーマ君ママさんがユーマ君の目の前でヤト君をベタ褒めした事に端を発する。史上類をみない早さで覚醒を果たしたヤト君は、普段から村の大人達にちやほやされがちなので然もありなん。当然の権利として大いに褒められる。が、それがユーマ君の怒りに火を着けた。
ヤト君の頭上に振り下ろされるぷにぷにお手手。ユーマ君の突然の凶行に、しかしヤト君は即座に対応してみせた。
甘いぜ僕ちゃん。年下が生意気な! そんな心のやり取りがあったとかなかったとか。
その日はママさん達の手で引き離され、戦いには至らなかった。故に両者は後日の決着を約束した。言葉は喋れずとも、目線のみでそう定めたのだ。
「モシャモシャ……」
「ギ……」
なっ、あの亀野郎! これから決闘だってのに何をモシャモシャ食っているのかと思えば……俺も貰えないような新鮮な野菜じゃねぇか⁉
ゆ、許せん……俺の方が絶対働いてるのに!
「ギィ……」
「あい」
俺にも戦う理由が出来てしまった以上、手は抜けん。亀野郎、お前を倒して俺はゴブリンの地位向上を果たす!
「やーっ!」
「だーぶっ!」
一陣の風が吹きすさび、それを合図に両者が激突する。
「むむむ……!」
「ぐうう……!」
枝のつばぜり合いはほぼ互角、体格分ヤト君が若干不利と言った所だろう。亀野郎の体重も見た目通り重く、俺も押しきれずにいた。
「ゆーがつよいの!」
「うがう!」
徐々に押し込まれるが、ヤト君は魔法を使うつもりはないらしい。あくまで同じ条件で勝ちをもぎ取る気だ。
このままでは力で劣るヤト君の敗北は必至。ならばここは俺が、騎獣の差で勝負を撹乱してみせよう!
「ギ!」
「わわっ⁉」
押し合いを止め、亀野郎の側面へと回り込む。力が逸れた事でユーマ君は慌てて体制を立て直そうとするが、その隙をヤト君は見逃さない。
「うーあぅ!」
「ぎゃん!」
ヤト君の放つ鋭い一撃がユーマ君の背中を捉えた。
「ひっぐ、ぐす……」
「ばぶ……」
痛みで泣きそうになるも、口を一文字にキツく結び我慢するユーマ君。その目には涙が浮かぶも戦意はまだ折れてはいない。
ヤト君から、このまま側面をとり続けるようにとの指示が。勝つまで油断はしない、か。
それからは終始ヤト君のペースで戦いが続いた。亀に足で勝る俺のスピードを生かし、着かず離れず、防御の隙をついて軽い一撃を入れては離脱を繰り返した。その時だ。
「ま、まけないもん!」
「にゅ……!」
乾坤一擲、防御を廃した捨て身のカウンターをユーマ君が放つ!
ヤト君は持ち前の反射神経でなんとか回避に成功した。が、代償に両手の枝を弾き飛ばされてしまう。ついでに俺の肩に攻撃がクリーンヒット! くっ、地味に痛いぜ!
「ふふん!」
「だぁーぶ……」
泣き虫が、調子に乗りやがって。そんな声が聞こえて来そうな表情でユーマ君を睨むヤト君。攻撃が直撃した哀れなゴブリンの心配はしてくれないの? ねえ? ヤトくーん?
「モ……?」
か、亀野郎⁉ まさかお前が俺の心配をしてくれるなんて……! くぅっ、見かけによらず良い奴じゃないか!
騎獣が友情に目覚めかけている中、戦いは最終局面に突入する。
「むーっ!」
「んばっ……!」
振り下ろされる枝をヤト君が白刃取り! ダメージは避けるも、元の力比べへと引き戻された形だ。
「ふ、ふふふ……」
「ふにゅう……!」
勝利を確信し、笑みを浮かべながら前のめりになるユーマ君。そこへヤト君が仕掛けた。
「あぶ!」
腹に蹴りが入り、驚いた俺は咄嗟に起き上がっていた。
「ふぇ?」
その結果、枝で繋がったユーマ君が引き寄せられ亀から落下。何が起きたのか理解できていないユーマ君の頭を、ヤト君が軽く枝で小突く。決着である。
「う、うう……ふぐぅ!」
「だっ」
自分が負けた事を理解し、泣く寸前のユーマ君にヤト君は手を差しのべた。
「あくしゅ?」
「ん」
良い戦いだった、またやろう。そんな顔をしている。
戦いが終われば彼らは友達だ。遺恨を忘れ、おやつを食べながらお互いの戦い振りを称えあう。
ええ話や。
でもちょっと待とうか。
ヤト君よ、そのおやつってどこから持って来たんだい? ラインナップが俺の隠しておいた物と完全に一致してるんだけど⁉ いつの間に隠し場所をみつけやがったこのクソガキ!
「モ……」
「亀……!」
怒りに震える俺を慰めるように差し出されるトマトっぽい野菜。
半分に割って亀と分け合ったそれは、今まで食べたどの野菜よりも優しい味がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます