ヒエラルキー

『おい、本当はわかってるんだろう?』

「だーぶ」

『赤ん坊の振りしたって無駄だ。俺には分かる、お前も転生者だって事がな! 神様的なやつからチートとか貰ったんだろ! そうなんだろ⁉』

「きゃっきゃっ、んばーぶ!」


 ちっ、なかなかしぶとい野郎だぜ。こんなに脇をくすぐっても情報を吐かねぇとはな。

 ヤト君は俺の話す日本語にも特に反応を示さない。転生者ではなく、単なる天才児なのだろうか?


「だっ!」

「ギィッ⁉」


 くっ、この俺に馬になれと? いいだろう、庭の一周や二周付き合ってやるともさ。だからその炎を引っ込めてくれ!


「あらあらヤトったら、炎はメッよ? お庭が燃えたら危ないでしょう?」

「うー……」


 助かったぜママ上様! もう少しで髪の毛チリチリの焦げ焦げになる所だった。


「はい良い子ねぇ。それにしても……チビタちゃんは子供をあやすのが妙に上手いわね。ゴブリンとは思えないわ」

「ギ、ソレホドデモ」

「毎日水浴びもしているようだし、村の男衆にも見倣って欲しいわね」

「ギ。俺、クサイ、嫌」

「そうよねー?」


 ヤト君の覚醒。過去に例をみないぶっちぎりの最速最年少での覚醒は、なんと俺の生活にも良い影響を与えてくれていた。

 まず初めに食生活の更なる改善。

 萎びた野菜だけじゃなく、芋が貰えるようになった。あいかわらず塩はないが、それでも嬉しい。炭水化物万歳!

 次に行動の制限も緩和された。もう一人で出掛けても怒られない。

 これは俺が真面目に仕事をしていたからでもある。ゴブリンなのに命令もされずに仕事してる。そう村内で噂される程度には真面目に仕事したからね。

 一人で出掛けられるなら、森に行かない手はない。そう意気揚々と森での採取に励んだ俺を待っていたのは、収得物の七割上納と言う厳しい現実だった。俺のおやつ……。

 ご主人様に持っていかれる山の幸を未練たっぷりに見つめる俺だが、その程度ではへこたれなかった。変わりにボロいバッグを貰えたしな。が、昼間出歩くようになったヤト君がおやつへ強襲。上納からなんとか死守した果物を持っていかれて、俺は膝から崩れ落ちた。また集めなきゃ……。

 不思議だ。こうして並べてみると、そこまで良い影響とも思えなくなってきた。や、改善はされてるんだよ? されてるんだけど、もっとこう……ゴブリンにも基本的人権をだな。


「そうだチビタちゃん、あなた今日も森に行くのかしら?」

「ギ? ヤトが飽キたラ、行ク」

「だー! きゃっきゃっ!」


 はいはい、もう一周ね。む、スピードアップだと? 無茶を仰る、もう俺の膝はボロボロなのよ!


「そう、ならこれを集めて来てちょうだい」

「ギ?」


 ヤト君を背中から下ろし、ママ上の手にある物を観察する。

 これ、食えなかった木の実だな。試しに口に入れたら苦いやらショワショワするやらですぐに吐き出したのを憶えている。


「ソレ、何?」

「これはね、泡の実と言うの。磨り潰して水に溶いて使うと汚れがよく落ちるのよ。備蓄が少なくなってきたから足しておきたくって」

「おオ……!」


 つまり石鹸! 食べた時に何かに似てる気がしたが、あれはシャボン液口に入れた時の感覚だったのだ。くそ、もっと早くに気付いていればもっと快適な水浴びが出来ていたのにっ!

 こうしちゃいられん、すぐに集めて来なければ!


「集めテ来ル!」

「よろしくねー」


 ボロいバッグを背負い、相棒の形の良い枝ゴブリンセイバーを手にいざ森へ!


「ちー!」

「ギ?」


 行こうとしてヤト君から呼び止められた。何かね坊っちゃん?


「んもんも」

「山桃、アッタらナ」


 俺も食べたかったから見つけたら持って帰るさ。今度は半分こで勘弁してくれよ?


「フーンフフーン」


 たしかあの実はこっちの方で見かけたから……おっ、ビンゴ。たっぷり実ってらっしゃるじゃないの。

 どの程度保存が効くか分からないので、全ては採らず半分程をバッグに詰め込む。目当ての品が早々に集め終わったので、次はおやつ採取に移りたい所だが……ッ!


『危ねぇなオイ』


 背後から襲い掛かって来た小動物を回避する。ウサギともネズミとも判断がつかない、謎生物の襲撃だ。

 やはりと言うべきか、この世界のゴブリンは生物的ヒエラルキーの下位に位置するようで、このようにゴブリンの半分の大きさもない小さな動物ですら恐れずに襲い掛かって来るのだ。双子ちゃんと来る時は襲われないので、まず間違いない。

 しかもこいつに関しては、別に肉食でもないようなので集めた物目当てでの襲撃だ。ゴブリン舐められ過ぎて草生える。


『でも残念、俺は普通のゴブリンじゃないんでね』


 良質のたんぱく質が自分から集まって来てくれるんだ、狩らねば無作法と言うものよ。脳天にゴブリンセイバーの一撃を叩き込み、気絶した所で首を踏み折って仕留める。

 せっかくの肉だが、俺は刃物を持っていない。味が落ちないようさっさと処理したいので、今日の所は採取は手短に済ませるかね。

 運が良いのか悪いのか……帰り道でも三度の襲撃に遭い、持ち帰る肉が増えた。今晩は焼き肉パラダイス確定だぜ!


「むぅ……」

「ギ、ゴメンて……」


 山桃取り忘れてたわ。

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