シロヘビ少女〜白蛇と白い少女〜

深村美奈緒

〈プロローグ〉白い少女……

───俺はその日、"白い"少女と出会った。


 輪廻転生、生まれ変わり。


 言い方は色々あるが、人間誰でも、もし生まれ変われるのならと、1度くらいは考えた事があるだろう。

 

  例えば、『次はお金持ちに生まれ変わりたい』や『次はアイドルに生まれ変わりたい』とか人それぞれに"もし生まれ変われるなら"がある。でもそれは、俺達人間だけじゃなく、動物、昆虫、もっと言ってしまえば、地球上の万物の数だけ"もし生まれ変われるなら"があるのかもしれない。


 そう、それはたとえ、神聖な"神様の遣い"であっても……。


 そう考えている俺自信も、ずっとずっと昔に"もし生まれ変われるなら"と願っていて今此処に居るのかもしれない。


 "もし生まれ変われるのなら、今度は貴女と……"とか───。


~>゜~~


 8月17日白崎高校・校長室─────


 「さ、てと。これで『君』は我が校の生徒となった訳だけど、この学校の……、ん〜、第一印象というか、何か感想とか質問なんかはあるかな?」

 

 白崎高等学校の校長室隣室の応接室で諸々の転校手続きの書類を書き終えた俺に、校長の白河正臣しらかわ まさおみが、今し方まで他校の生徒だった者から見た学校の印象を聞いてくる。


 「……はぁ、別に。ただ、初めての転校でどうしたらいいのか……。としか」

 俺は白河校長の質問に対して、当たり障りの無い回答をしてみせた。

 そして、俺が回答したと同時くらいに、授業終了の鐘が、学校中に鳴り響く。


 (こういった転校手続きは親がするもの、或いは親も同伴するものじゃないのかね……)

  俺はそう思いながら、小さなため息をつく。

 両親はいつも多忙で、この日もどうしても都合がつかず、俺1人で転校手続きをしに来ていた。


 というか、本来どこの学校でもそうだと思うのだが、転校等の手続きはその学校の事務室でするものだろう。

 だが、俺が白崎高校の事務室を訪ねると、何故か校長直々に転校手続きの受付をすると言われたそうで、高そうな来客用のソファがある応接室に通された。

 理由は不明。


 「そうかそうか……。それにしても君の名前は古風でいい名前だね。佐々木小次郎ささき こじろう君か、君がここに引っ越してきたのは、ある意味"縁"なのかもしれないね」

 転校書類に目を通していた白河校長が、俺の名前を見てそう言ってくる。


 「"縁"って……、小説なんかで出てくる佐々木小次郎は岩国市の出身とされていますけど、実際の出自は福岡県らしいじゃないですか」

 そう、俺はこの度、親の仕事の都合で、山口県の岩国市に引っ越してきた。初めての引越し、初めての転校、初めて来た土地。だが、初めて来たにしては、俺の心と頭の中にはこの岩国って土地に対して、なんて言ったらいいか分からない、妙な"懐かしさ"があった。それは、俺の名前が佐々木小次郎だから……、ではないと思いたい。


 「ははは、私が言っているのは、小説に出てくる剣豪の佐々木小次郎の事じゃないよ。まぁ、でも佐々木小次郎の出身がここっていうのも何かの"縁"なのかな。それにしても、佐々木小次郎の出自が福岡県ってよく知っていたね」

 俺の返答に白河校長が転校書類から顔を上げ、俺の顔を見て優しい微笑みを浮かべる。

  小説に出てくる佐々木小次郎の事では無いと言われ、剣豪の佐々木小次郎の事を言っているのかと思い込んでいた俺は、少し恥ずかしくなった。

 それと、何故かこの人はやたらと"縁"と言う言葉を使ってくる。


 「まぁ、こんな名前なんで昔から、からかわれる事が多かったので、どんな人物か少し調べてた時期がありますから」

 小学校の高学年くらいからだっただろうか、"名前が古臭い"だとか"剣術が出来ない佐々木小次郎"だとか色々言われてきた。中学と前の高校に上がると、これも名前のせいか、剣道部の勧誘がやたらしつこかった。

 名前はこんなでも、からかわれるだけで、イジメは無かったし仲のいい友達もそれなりに居た。

 それと、幸か不幸かこの名前のおかげで、クラス替えがあっても、顔と名前はすぐに覚えてもらえていた。

 昔からといえば、気のせいなのか、考え過ぎなのか、俺は子供の頃から何故か"蛇" に好かれる事が多かった。と、不意にその事を思い出す。


 「なるほどね。ところで、佐々木君は……」


 コンコン。

 

  白河校長が俺に何か問いかけようとしたとき、応接室の扉がノックされる。


 「どうぞ」

 白河校長が、扉をノックしてきた人物に、短く返す。

 ガチャッと応接室のドアノブが回り、扉が開く。

 「失礼します」と一礼し、長い髪を後ろで纏めた若い女性教諭が入室して来る。おそらく年齢は二十代前半だろうか。


 「あぁ、篠崎先生。夏期講習は終わりましたか?」

 白河校長が入室してきた女性教諭に声をかけた。


 「はい。先程」

 篠原と呼ばれた女性教諭は、白河校長の質問に答え、白河校長の座っている椅子へ歩いて行く。その際、俺の横を通り過ぎる時に、俺に一礼し、笑顔を向けてきた。

 白河校長の脇に立つと、俺の方へ向き直る。


 「紹介しよう。君の担任になる篠原美沙しのはらみさ先生だよ」

 そう言って自分の横に立つ女性教諭の紹介をする。


 「初めまして、佐々木君。アナタの担任になる篠原です。よろしくね」

  俺の方へ向き直った美沙が、笑顔で軽い自己紹介と挨拶してくる。


 「初めまして、佐々木です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 俺も彼女に習い、同じ感じで挨拶を返す。


 「篠原先生は美人だろ?私自慢の姪っ子なんだよ」

 「ちょっと!叔父さん!」

 白河校長の美人と言う言葉に、恥ずかしさのあまり、美沙が顔を赤く染め、動揺していたのか、白河校長の事を『叔父さん』と呼んでしまう。その美沙の反応に、白河校長は満足した様に笑う。

  美人……か。確かに美沙は美人だ。男だったら、こんな美人に笑顔で話しかけられると、おそらくイチコロだろう。


 「そう……、ですね。って姪っ子?」

 白河校長の問いは適当に返したが、ついつい姪っ子と言う言葉を拾ってしまった。


 「そう、姪っ子。彼女の母親が私の妹でね」

 それを聞いた俺は「あぁ、なるほど」と、白河校長に納得して見せた。


 「あと、もう1人姪っ子がこの学校に居てね。篠原先生の妹で、学年は君と同じ二年生、クラスも……、同じだったかな?」

 白河校長はもう1人の姪っ子が、居ることを話題に出すが、クラスがうろ覚えで自信がなかったのか、隣に立っている美沙に顔を向ける。


 「そうですね。同じA組です」

 クラスをド忘れした白河校長の代わりに、篠原が応える。


 「そうですか」

  美沙の妹だから、姉に似てさぞ美人で可愛いのだろうが、あまり興味がわかなかった俺は、素っ気ない反応を返した。つもりなのだが……。


 「名前は篠原白愛しのはらはくあと言うんだが。まぁ、仲良くしてやってくれ」


白河校長の口から出た美沙の妹の名を聞いた瞬間、俺の心臓がドクンッ!と大きく脈打った。それと同時に、この土地を踏みしめた際の妙な懐かしさが、津波の様に頭の中に押し寄せてきた感覚がした。


 はく……あ…………。


 白愛……白愛……白愛…………。

 

 白愛という名前が俺の頭の中で反響している。

 なんだろう、俺はこの名前を生まれる前から知っている気がする……。


 「……ん、……き君、佐々木君?大丈夫か?」

 そんな考えが頭の中を巡っている間、少しぼーっとしていた様で、反応がなくなった俺を白河校長と美沙が心配そうに顔を覗き込んでくる。


 「あ、あぁ、すいません……。大丈夫です」

 先程の思考を払拭する様に、俺は平静を取り繕う。


 「大丈夫ならいいが……。ま、初めての引越しやら何やらで疲れが溜まっているのかもしれない。長々と悪かったね。転校の手続きは全部終わったから、もう帰って休みなさい」

 白河校長が急にぼーっとしてしまった俺を気遣ってか、帰宅して休むよう言ってくる。

 確かに白河校長の言うように、知らず知らずに疲れが溜まっていたのかもしれない。


 「はい。そうさせてもらいます」

 俺は手続き時に購入した白崎高校指定の鞄に、荷物を詰め込み、その場を立ち上がり応接室から退室しようとした。


 「あ、佐々木君。初登校は夏休み明けの9月1日だから、登校したら職員室の私のところまで来てね。始業式には出なくていいから、HRが始まる時間に私と教室まで行きましょう」

  応接室の扉の前で、白河校長達のいる方へ向き直った俺に、美沙が登校後の指示を出す。


 「はい。わかりました。それでは、今日はこれで失礼します。ありがとうございました」

 白河校長と美沙に一礼した俺は、応接室を出て帰路に着いた。


 「どうでした?」

 俺の出て行ったドアを見つめていた美沙が白河校長に問いかける。


 「さぁ……。どうなんだろうね……。まぁ、あの反応を見た限りじゃ"そうなんだろうね"」

  白河校長が美沙の問に、穏やかな表情で答える。


 「そうですか……。それじゃ、やっと二人は出逢えるんですね……」

 そう言って美沙は、優しく微笑む。


~>゜~〜〜


 白崎高校を後にした俺は、アパートに向かって自転車を押しながら足を動かすのだが、どうにも"白愛"という名前が頭から離れない。その名前が頭に何度も思い浮かぶ度に、動悸も激しくなる気がする。


 (どうしたんだろ、俺……)

 未だに頭がぼーっとする。だが、ぼーっとするのはこの真夏の茹だるような暑さのせいでは無いだろう。

 なんというか、頭の中に霞がかかっているような、そんな感覚が。


 (あれ、ていうか……。ここどこだ!?)

 アパートに向かって歩いていたはずだったのだが、ふと、気がつくと知らない道を歩いていた。初めての土地で、土地感の無い俺は、凄く焦っていた。

  焦る気持ちで周りを見回していると、石造りの鳥居が目に入ってきた。その奥には、社殿も見える。

 どうやら俺は今、神社の前にいるようだ。


 「……。白天比女神社はくてんひめじんじゃ?」

 石造りの鳥居に社名が刻まれている。

  俺は自転車を邪魔にならない脇の方に停める。

 そして、俺の足は無意識に境内へと動き出し、境内の奥へ吸い込まれる様に進んでいく。まるで社殿に導かれるように……。


 (なんでだろう……。凄く懐かしい感じがする)

  知っている……。何故か分からないけど、俺はこの神社を知っている……。


 「あれ……?」

  掃除が行き届いた綺麗な境内を進んでいると、社殿の前に誰かが佇んで居た。


 (誰だろう……?)

  先程まで動いていた足を止め、距離を取って社殿の前にいる人物の後ろ姿を観察する。

 小柄な体格からその人物は女性だと分かる。


 (おばぁさん……かな?巫女さんなのかな……。でも巫女装束は着てないな)

  後ろ姿からおばぁさんの巫女さんかとも思った。だが、白い着物を着てはいるが、巫女さんが着ている白衣と緋袴じゃないことに気づく。


 (すごい……。白髪?銀髪?どっちにしても綺麗な髪だな……)

 肩辺りまである、真っ白で綺麗なストレートの髪に目を奪われる。

 真っ白な髪に目を奪われていると、社殿前の女性が俺の気配に気づいたのか、ゆっくりとこちらに振り返り、視線が合った。

 お婆さんかと思った女性は若く、中学生くらいの少女だったことに俺は驚いた。

 その少女は美人な顔立ちで、真夏の昼過ぎだと言うのに、着物を着ていても汗一つかいていないように見える。

 肌も白かった。透き通る程に綺麗な白い肌とはこの事を言うのかな、なんて考えが浮かんできた。

 だが、ただ一点色彩を放つ箇所があった。

 光の加減なのかもしれないが、眼の虹彩だけが紅く見える。

 その少女の紅い瞳から目が離せない。

 俺が"白い"少女に見惚れていると、"白い"少女が笑顔を浮かべる。

 その笑顔を見た瞬間、俺の心臓が大きく脈動する。


 そして─────


 「やっと会えたね。小太郎」

 少女が満面の笑みを俺に向けてくる。


 これが、俺と"白い少女"の出会いだった。

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