可愛いお姫様①

「娘を守ってください!一日百万円で!」

「……マジで来るのねぇ、依頼。」

「……マジですね。」


東京、表参道、大家台おおやだい邸。

百尼は資産家の大家台みつるからの依頼を受け、千尋を連れて自宅にお邪魔していた。四階建てで、国の迎賓館かと思えるほどの広さがある。


「明日から三日間、家に仕事関係者を招いてパーティを開くのですが、その間娘を守っていただきたく……!最近は異能事件も多いですし、どうも心配で……!」

「襲われる心当たりが?」

「えぇ、前前から脅迫の手紙や電話がたびたび……内容は『仕事から手を引け』『家族がどうなってもいいのか』というものです。」

「お仕事は何を?」

「ぼ、貿易商です。」

「パーティ、中止にできないものなのぉ?」

「ダメです!」


満が声を張り上げる。


「今度も大きな取引が控えているんです。パーティも取引を円滑にするためで、今仕事で手を抜くわけにはいきません……!」

「全く、お仕事熱心で偉いわねぇ。」

「それで、娘さんを守るというのは?」

「三日間娘のそばにいてもらって、不審者を近づけないようにしてください。私は三日目の朝から翌朝まで仕事に行きますから、そこまでお願いします。」

「あなたは大丈夫なんですか?襲撃の可能性は?」

「もちろん、私は十分な警備を引き連れていきます。それよりも留守が心配で……」

「娘ちゃんを仕事に連れていくのはぁ?」

「ダメです!娘に余計な心配をさせてしまいます……とにかく、お願いします!」


満が深々と頭を下げる。


「どうします?百さん。」

「まぁ、いいんじゃなぁい?襲撃無ければボロ儲けだしぃ。」

「そうですね。お引き受けしますよ。」

「ありがとうございます!では娘を呼んできますので、少々お待ちください。」


十分後。


「お待たせしました。ちょっと恥ずかしがり屋なもので……さ、ご挨拶して。」


満に隠れてちょこんと顔を出したのは、金髪で目がくりくりとした小さな子。


「あらまぁ可愛らしい。」

「私は千尋、こっちのお姉さんは百って言います。お嬢ちゃん、お名前は?」

「……」

「聞かれてるぞ?」

「……玲奈れな。」


ふてくされた顔で答える。


「玲奈ちゃんかぁ、何歳ですか?」

「……八歳。」

「そっかぁ。これから三日間、玲奈ちゃんに危ないことが起こらないよう、お姉ちゃんたちが近くにいさせてもらうね。よろしくね。」

「……別に、いい。」

「え?」


玲奈は部屋を飛び出していった。


「おい、玲奈!」

「敏感なお年頃ねぇ。」

「すみません、よく言っておきます!お二人の部屋は用意してあります。メイドに案内させますので……」


その後部屋に案内してもらってから、玲奈に会いに行くことに。


「お嬢様は気の強いお方で……私どもにも落ち込んでいるところを見せないんです。」

「まだ小さいのに、立派ですね。」

「ママはいないのぉ?」

「奥様はお嬢様をお産みになってからすぐ病気でお亡くなりに……ですから母親というものを知らないのです。」

「そう、なんですね……」

「最近の子ってどこもヘビーねぇ。」

「……着きました、こちらがお嬢様のお部屋です。」


四階の隅、一回り大きな扉の部屋。


「お嬢様?護衛の方々がいらしてますよ?いらっしゃいますよね?」


中から返事は無い。


「部屋の鍵も閉めてる……お待ちください、今開けますから。」


メイドが鍵束をガチャガチャさせる。


「玲奈ちゃ〜ん?美人のお姉さんよぉ〜。とって食べたりしないからぁ〜。安心してぇ〜。」

「安心しますか?その声がけで。」

「開きました。どうぞ。」


部屋に入る。広い室内には天幕がかかった大きなベッド、巨大な学習机、豪勢なタンスに、床には高級なラグが敷いてある。玲奈はベッドに突っ伏していた。


「お嬢様……?」


玲奈に近寄った途端、ベッドから飛び跳ね、


「来るなぁぁぁ!」


小さなナイフを両手でしっかり握りしめていた。


「そんな!お嬢様?!」

「ありゃりゃ危なぁい。」

「玲奈ちゃん?ちょっとお話を……」

「うるっさい!近寄るな!」


涙目で言い放つ。鼻息が荒い。


「自分のことは自分で守る!お前らなんていらない!帰れ!」

「なんて志が高いんでしょ。でもぉ、別に今じゃなくていいんじゃなぁい?いいのよぉ、お姉さんに甘えてぇ。」


百尼が無遠慮に玲奈に近づく。


「来るなって!刺すぞ!刺しちゃうぞ?!」


玲奈の手がガタガタ震える。


「いいわよぉ。刺してぇ。」


百尼が手の平をナイフの先に突きつける。皮膚が切れて、プッと血が出る。


「あ……」


玲奈の手から力が抜け、ナイフが落ちそうになる。


「刺すってこんな感じよぉ。」


百尼がナイフをキャッチし、そのまま手の平に突き刺す。手の甲まで貫通する。


「びぇぇぇ?!……うぅっ、ぐすっ、怖いよぉ〜〜〜、あ〜〜〜ん!」


玲奈は仰天し、泣き出した。


「百さん!泣かせないで!」

「おぉよちよち、大丈夫よぉ。治るから、ほらぁ。」


百尼がナイフを抜く。みるみる穴が塞がっていき、血も止まった。


「ほぉら元通りぃ。」


手をグパグパさせる。それを見た玲奈は、


「……治るのもそれはそれで怖いよぉ〜〜〜、あ〜〜〜ん!」


変わらず泣き出した。


「百さん?!」

「むぅ、上手くいかないのねぇ。」


百尼は頭を掻いた。

しばらくして、


「なんで治ったの?マジック?」

「アタシくらい美人になると勝手に治るのよぉ。」

「嘘?本当?」

「本当本当。玲奈ちゃんも将来はこうなるわぁ。」

「……ちょっと嫌かも。」

「何でよぉ?」


落ち着いた玲奈は百尼に懐いていた。


「パパが悪い人に脅されてるの知ってる。だから自分も強くならなきゃって……」

「利口な子ねぇ。でもナイフはダメよぉ。お姉さんに任せなさぁい。」

「うん。それでお姉ちゃんたち……千尋と百?は、パーティにも出るんでしょ?」

「うん、玲奈ちゃんのそばにいるからね。」

「ドレス、持ってるの?」

「……へ?」


千尋が固まる。


「パーティはドレス、基本でしょ。偉い人もたくさん来るんだし。玲奈についてくるんなら着てないと。」

「あぁドレスのことなら旦那様から仰せつかっております。お二人に合うものを用意するようにと……こちらです。」


衣装部屋に案内された。豪華絢爛なドレス、靴、アクセサリーまでずらりと並ぶ。


「この中から好きにご使用ください。よろしければ私たちがお選びしますが……」

「アタシは大丈夫よぉ。」


百尼はさっさと吟味を始める。


「それより千尋お願いするわぁ。どうせ一人じゃ選べないでしょうからぁ。」

「じゃあ玲奈が選ぶ。行こ、千尋。」

「え、ちょっと玲奈ちゃん?!」


玲奈に手を引かれ、言われるがままに着せ替え人形になる。


「お嬢様、楽しそう……護衛がこの方々で良かったですねぇ。」


メイドが目に涙を浮かべた。


翌日、夜も更けたころ。

大家台主催のパーティ、初日の幕が開いた。百人は入れそうなパーティルームに大勢詰めかけている。男性はきっちりとしたスーツ、女性は大胆なドレスをみんな身にまとっている。誰もかれも上流階級のオーラをプンプンさせていた。立食パーティで談笑が続く。その雰囲気の中、会場の端で、恥ずかしげに手をいじいじさせるばかりの少女がいた。


「うぅ……私には場違いというか……派手過ぎるというか……いたたまれないです……」


千尋は肩が出る白のドレスに身を包み、イヤリングと化粧まで施されていた。


「千尋も似合ってるから。堂々としてなよ。」


落ち着いている玲奈は黒のフリフリのドレスを着ていた。


「ありがとう玲奈ちゃん……あれ、百さんは?」

「あそこ。」


玲奈が指差す方を見ると、二十人弱の男性陣の人だかり。その中心に、長い銀髪を綺麗にまとめ、赤い口紅を引き、背中が大きく開いた深紅のドレスを着た女性の姿があった。一人の中年が話しかける。


「いや実にお美しい……以前のパーティではお見かけしませんでしたが、どこのご令嬢ですかな?」

「いえそんな、名乗るほどの者ではございませんわぁ。」

「またまたご冗談を……」


男性陣を適当にいなしていた。


「百、似合ってるね、すっごく。」

「似合ってるというか、目立ち過ぎですよ……護衛の目的、忘れてないですよね……?」


百尼の取り巻きは廊下にもついてきた。


「今夜は何の目的でこのパーティに?」

「そうねぇ、意中の相手を見つけにかしらぁ。」

「意中の相手?!そ、それは見つかりました……?」

「……いいや、まだねぇ。」

「そ、そうですか、良かった……あ、いや、ゲボンゴホン、なんでもありません、うん。」


百尼の目線はどこか違うところを向いていた。

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