第7話 醜い復讐心

「まあ、今日の所は私の部屋で夜ご飯食べていきなさい。あんたに貸してあげた部屋の冷蔵庫には食材が入ってないしね。というより明日からも私の部屋で食べればいいよ。私が作ってあげるし」


「え?天音さんって料理できたの?」


「失礼ね。できるわよそれくらい。一人暮らししてるんだしできないと困るでしょう?」


「確かに困りそうだけど」


 てっきり料理はできないもんだと思ってたんだけどな。

 お嬢様だし。


「それに一人分の食事を作るのと二人分の食事を作ることの手間って変わらないからね。あんたアレルギーとかある?好き嫌いは聞かないけど」


「特にないよ。それと人様に作ってもらうのに好き嫌いをする気はないから」


「それは結構。じゃあ今日は冷蔵庫の中にあるもので適当に作るから待っていて頂戴。リビングでくつろいでくれていいから」


「いやいや、何か手伝うよ」


 さすがにここまでよくしてもらって俺一人だけくつろげるほど俺の心臓は強くなかった。

 居心地が悪すぎる。


「別にいいわよ無理しなくて。居心地が悪い気持ちはわかるけど今日はいろいろあったんだしゆっくりしてなさい。そうね、これから先どうするかとかゆっくり考えるといいわ」


「でも、」


「でもじゃない。じゃあ、主人命令で」


「そういわれると言い返せないな。お言葉に甘えてそうさせてもらうよ」


 主人命令か。

 確かに今の俺と天音さんの関係は主従にも似た関係なのかもしれない。

 まあ、形だけで俺だけが一方的に恩恵にあやかっているわけだけどさ。


「これからどうするか、か」


 まず、家には帰れない。

 俺が未成年である以上バイトができるかどうかも怪しい。

 だから、卒業するまで天音さんのお世話になるしかないわけだけどそもそも両親が学費とかを払ってくれるのかという疑問もある。

 天音さんが報酬として払ってくれている100万をためれば学費に補填することもできる。

 将来やりたいことは決まってないけど俺は天音さんにできるだけ恩を返したいな。

 美空にももう一度会いたい。

 あいつは違う学校に通ってるから噂を聞いてないかもしれないけど、どうせ母さんが話すんだろうな。

 あいつは結構俺になついてくれてたからもしあいつも俺を糾弾してきたらさすがにキツイな。


「柳。できたわよ」


「え、もう?」


「もうってあれから30分くらいたってるんだけど。相当深く考え込んでたみたいね」


「あ、ああ。そうなのかもしれない。すまん」


「謝ることじゃないでしょ。さっさと食べましょ。今日はもう遅いから食べたらもう寝なさい。明日の朝にもう一度私の部屋を訪ねてきなさい。朝ごはんも用意しておくから」


 天音さんはお盆に料理を載せながらそう語りかけていた。

 お盆の上にはとても美味しそうな生姜焼きと白米。

 サラダに味噌汁が乗っていた。

 正直言ってとてもおいしそうだった。


「わかった。何から何まですまない」


「謝るところじゃないでしょう。こういう時はお礼を言うのよ?」


「ありがとう」


 今日一日で天音さんがどういう人間なのか少しわかった気がする。

 みんなが思うような清楚で完全無欠ってわけじゃないんだろうけどそれでも気遣いができて人のことをよく見ている女の子だなと思う。


「ふふっ、それでいいのよ。じゃあ冷めないうちに食べましょうか」


「うん」


「「いただきます」」


 二人で手を合わせて

 天音さんが作ってくれた夕食を食べる。

 とても美味しくてすさんだ心にしみるような気がした。

 正直今まで食べたどんなものよりもおいしかったと思う。


「本当においしい」


「そう?ならよかったけど。今日は早く食べて寝なさい。自分で気が付いてないだけできっとあんたはもう限界なんだから」


「そういうもんかな?」


「そういうもんよ。今日は早く寝なさい?明日からあなたはもう一度針の筵にさらされるんだから」


「そうだね。ありがとう」


 明日、俺はもう一度あの場所に向かうことになる。

 今日と違って味方が一人増えたけど完全にアウェーであることに違いない。

 もしかしたら今日よりもひどい罵詈雑言を浴びせられるかもしれない。

 それでも俺は立ち向かわないといけない。

 ここで立ち止まったら俺は一生前に進めなくなりそうだから。


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした。じゃあ、あなたは部屋に戻って寝ていいわよ。さっき言った通り明日の朝に私の部屋に来るのよ?」


「まって、食器くらいは俺が洗うから」


「え?別にそれくらい気にしなくていいんだけど」


「いや、これくらいはやらせてくれ。もちろんこの程度で恩を返せるなんて思ってないから。それに作ってもらってるんだから食器洗いくらいは本当にやらせてくれ」


 女の子に料理を作ってもらって後片付けまでさせるなんてできない。

 男としての沽券にかかわるなんて大層なことじゃないけどこれくらいはやらしてほしい。


「そこまで言うならお願いしようかな?ありがとう」


「いや、お礼を言うのは俺のほうなんだけどな」


「ふふっ、気にしなくていいってずっと言ってるんだけどな~まあいいや。じゃあ私はくつろいどくから終わったら教えてね~」


「はいよ」


 俺はそう返答をしてさっそく食器を洗い始める。

 昔から食器洗いとかはやっていたから自分でも手際よくこなせていると思う。

 まあ、少し食器を洗うのが速い程度では自慢にもならないんだけどな。


「よしっ。こんな感じかな。終わったよ」


「ん。早かったね。ありがとう。じゃあ、あんたはもう帰って休みなさい」


「そうさせてもらうよ。何から何までありがとう。お休み」


「ええ。おやすみなさい」


 こうして俺は天音さんの部屋を出てすぐ隣に貸してもらった部屋に入る。

 少し前にも内装は見たけどかなり綺麗だったし家具や家電はとてもいいものが置いていて住む世界が違うようで少し落ち着かない。


「天音さんに言われた通りとっとと寝るかな」


 まあ、寝れるかどうかはわかんないけどな。

 ベッドの上にゴロンと転がる。

 今まで感じたことが無いくらいにふかふかなベッドで先ほどまでの不安が払拭された。

 これはすぐに寝れそうだ。

 確かに天音さんに言われた通り体は限界なのか、も


 ◇


 夢を見る。

 いや、今見ている光景が夢だと俺は理解した。


「もう、空のこと興味ないんだよね」


「らしいぜ空。なんだかごめんな?」


 これはあのクリスマスの出来事のフラッシュバックだろう。

 でも、正確に再現されているわけではなく所々光景や発言が違う気がする。

 俺が夢だと判断できたのはきっとその光景を見てもすでに俺が何も感じなかったからだろう。

 きっと何かの線が切れてしまったのだ。

 だからこれを見ても何も感じない。

 いや、感じることを諦めているといったほうが正しいのかもしれない。


「ははっ、俺は案外冷めてるタイプだと思っていたんだけどそうじゃなかったらしい」


 ついこの間まで本当に大切だった2人。

 その二人が付き合うのなら俺は納得できると思っていた。

 納得して、裏切られたことも消化して再び前を向けると思っていたんだ。

 でも、そうじゃなかった。

 今日は居場所が無くなったりこれからやるべきことを考えたりすることで頭がいっぱいだったけど、こうしてこいつらの顔を見て思った。


「許せない」


 俺は何もしてないのに友人を失い、恋人を失い、親友を失い、家を失い、母親にも信用されず辛い思いをしたのにあいつらは自分たちが被害者なのだとそうのたまっている。

 そしてこれからものうのうと生きていくと考えると虫唾が走る。

 ああ、本当に許せない。

 昔抱いていた感情は全て消え去って今の俺に芽生えてる感情は醜い復讐心だけだった。

 前までは復讐することなんて意味のないことだと思ってた。

 誰かを常に憎み続けるのはしんどいからって。

 でも、違った。

 理性ではそう思っていても感情が抑えられない。

 あいつらが許せなくて仕方がない。

 あいつらが幸せを謳歌するのが許せない。


「俺って案外醜い人間だったみたいだ」


 初めて自覚した。

 でも、なんだか心地いい。

 無理して取り繕っていい人振るよりもよほど気が楽だ。


 ◇


「はっ!?」


 夢か、いや夢だってわかってたけどね。

 今みた夢のおかげで俺がこれから何をしたいのか定まった気がする。


「問題はこれを天音さんに言うかどうかなんだけど、やめとくか」


 自分の復讐に彼女を巻き込みたくないし、こういうのは変に人に言うべきことではないとも思うから。


「さて、準備して天音さんの部屋に行くか」


 朝から目標が決まってなんだか清々しい気分だ。

 ああ、本当に。


「これからどうするかな」


 俺はこれから何をするか考えながら頬を緩ませるのだった。






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