母の勘


 急に目の前が明るくなって、私は目をぎゅっと閉じた。リビングの電気が点いたのだ。目を開けようとしたが、眩しくて開けられない。


「なんだ、いるんじゃない」


 ドアの方からお母さんの声が聞こえた。


「どうしたの? 明かりも点けないで。具合でも悪いの?」


 私は起き上がりながら首を横に振り、まだ開けられないまぶたをこすった。


「おかえり……」


「ただいま。遅くなってごめんね。ご飯食べた?」


「まだ」


「うどんでいい?」


「いいよ、私やるから」


 お母さんは家を空けていることが多く、私が寝ている間に帰宅し、私が起きる前に出勤する。今日だって、顔を合わせるのは3日ぶりだ。でも、我が家にとってはよくあること。だから、私たちは会えたときは必ず一緒にご飯を食べる。一緒にいられる短い時間を大切に過ごす。


「高校はどう?」


 うどんをすすりながら、お母さんが尋ねる。同じ質問を何度されたか分からない。高校に上がる前は「中学はどう?」だった。


「楽しいよ。花歩とまた一緒のクラスだし」


「そう」


 お母さんは安心したように微笑む。そんなお母さんを見て、私も安心する。


「ところで陽葵、彼氏でもできた?」


 今までされたことのない母の質問に、私はうどんを吹き出しそうになった。


「最近、声が明るいし、なんかキラキラしてるから」


「キラキラ? 私が?」


「恋をすると、女の子は誰でもそうなるの」


「それって医学的に立証されてるの?」


「そういうむずかしいことは置いといて。どうなの?」


「どうって……彼氏なんていないよ」


「じゃ、好きな人でもできた?」


「そんなんじゃないよ」


「ふぅん……」


 お母さんは何もかもを見透かすように、にんまりと笑う。


「いないって言わないってことは、思い浮かべた人がいるんだ?」


 鋭い母の勘に、ドキリとする。


「誰? 同じクラスの子?」


 どう言おうか迷った。まさか、思い浮かべたのが先生だなんて言えるわけがない。


「同じクラス、ではない」


 同じクラスの人だといい加減に嘘を吐いても、母の観察眼には見破られてしまう。私はごくんと唾を飲み込んでから、意を決して告げた。


「恭介くんに似てる人」


 私の言葉に、お母さんは一瞬目を見開いた。そして、「そう」と静かに頷いた。


「恭介に似てるって、どこが? 顔?」


「うん、まぁ」


 似てるというか、そっくりだけど。


「でも中身は……あんまり似てない。ちょっと変な人だし。優しいところは似てるけど」


「優しい人なんだ」


 嬉しそうにお母さんが笑う。私の頬がほんのりと熱くなる。


「彼氏ができたらちゃんと紹介してね?」


「だから、そういうんじゃないんだってば」


 ふふふ、と悪戯っぽく笑いながら、お母さんはうどんをすすった。


 キャビネットの上の写真立てをチラリと見る。恭介くんはこちらに笑いかけている。でも、どんなに話しかけても返事はしてくれない。恭介くんが行方不明になって、もう3年が経つ。



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